女性で
翌日、勇者の妹の子孫を訪ねようと思っていたら、なんと向こうから来てくれました。ポニーテールの女性に教えてもらった、騎士で支団長であるキース・フォスターさんとその息子のライナスさんがそろって宿まで来たのです。
キースさんは少し薄めの青い髪と目で、ライナスさんはお父さんと同じ色の髪と明るいオレンジ色の目をもっています。
彼らとは宿の食堂の隅の席に座って話をすることになりました。
彼らは、魔人だった人が今朝目を覚ましたことを教えてくれ、魔人を倒した時のことを聞いてきました。魔人がどれくらいの強さでどうやったら倒すことができたのか、実際に戦った人から聞いておこうということらしいです。
私たち――といってもほとんどエドワードさん――から話を一通り聞いた支団長さんは「話は変わるが」という前置きと共にジークさんをまっすぐ見ました。
「君は、ローズの、勇者の血を引いてるのか?」
ローズ? それは、男性の名前というより、女性の名前のように思えるのですが。
「生みの親のことは何も知りません」
ジークさんのキッパリとした答えを聞いた支団長さんはただ「そうか」とだけ呟きました。
「すみません、『ローズ』というのは勇者の名前ですか?」
エドワードさんの支団長さんへの質問に、ライナスさんは驚いたようでした。
「知らないんですか?」
「だいたいの人は『勇者』か『アール』って言ってると思うんだけど」
「……はっ、そういえば……」
どうやら息子さんはたった今、周りの人の勇者の呼び方に気が付いたようです。そんな彼に、
「馬鹿かお前は」
「痛っ」
お父さんがデコピンしました。
「でも、『ローズ』が全くいないわけではないはずですが」
「この辺りでならそうかもしれないけど、そんな多くの人と話してないし。で、それが勇者の?」
「そうです。勇者の本名は『ローズ・ハイネ』です」
そうですか、「ローズ」ですか。うーん……「アール」よりしっくりくる、ような気もする、かも?
「じゃあ、どうして『アール』と?」
「女性だと思われないためにです」
……えっ? それはつまり、
「……勇者は女だった?」
「はい。驚きましたか?」
エドワードさんは黙って頷きました。
「魔王を倒した時は十九歳だったらしいですよ」
ライナスさんは勇者に関する、多くの人が知らないであろうことを教えてくれました。
昔、まだここが小さいながらもそれなりに豊かで平和な村だった頃のことです。ある日、村の新婚の夫婦が家にいると、誰もいないはずの寝室から泣き声らしきものが聞こえました。何事かと様子を見に行くと、ベッドの上で生後半年にも満たないような赤毛の赤ちゃんが泣いていました。赤ちゃんのそばには質の良い紙と木でできた剣が置いてありました。紙には、赤ちゃんの名前や誕生日などの他に「育ててほしい。なるべく強く」と書かれていました。
赤ちゃんはどこからきたのか、親は誰か、何故自分たちに育ててほしいのかなどいろいろとわかりませんでしたが、夫婦は赤毛の赤ちゃん――ローズを育てることにしました。
ローズが二歳の時に、夫婦に女の子が生まれました。その子がマリーです。
ローズは、素晴らしい剣の腕の持ち主だった義父に鍛えられてとても強くなりました。マリーもそこそこにはなりましたが彼女は編み物や縫い物の方が得意でした。
十六歳のある日、自分がどこまで通用するのか知るため、さらに強くなるため、そして好奇心のためにローズは旅に出ました。愛用の木でできた剣を持ち、幼馴染のエレックと共に。
当時は、女性が力試しをしようとすると高確率で手加減されたり相手にされなかったりしかねなかったので、ローズはできるだけ男性のふりをして旅をしました。それでも男性にしては細身なのでなめられることが多かったようですが。
旅をするうちにローズは、とても強くて魔物の王と呼ぶにふさわしい存在がこの世に現れることを知り、その存在、つまり魔王を倒すことを目標にしました。
そして、ローズとその仲間たちは魔王を倒して超有名人になり、特に活躍したローズは「勇者」と呼ばれるようになりました。
超有名人になってからはいろいろと困ったことが起きたので、ローズは男性のふりをやめ、髪を染め、彼女が勇者だとはわからないようにして、故郷から離れた街で暮らすことにしました。そして、旅の間に恋仲になったエレックと結婚しました。故郷にはたまに帰りました。
「ローズとエレックとアーロンとソフィアは別人のふりをして、見事に行方をくらますことに成功したんですよ。ジーンと――あ、神使は知っていますか?」
エドワードさんが頷くと、ライナスさんは続けました。
「ジーンと神使は、遠い遠い故郷に帰ったそうです。神使はまあ、神様の御許が故郷でしょうけど、ジーンはどこの人なんでしょうね。はい、何か質問は?」
「いくつかあるんだけど……まずは、勇者は誰の子?」
「わかりません。ローズは知ったようですが、親がどこの誰か話さなかったんです。でも、仲間たちなら知っていたかもしれません」
「じゃあ、髪の毛が赤い理由は?」
「さっぱりです。これもローズは理由を知ったようですが……」
髪が赤い理由を話さなかったとすると、あまりいい理由ではなかったかもしれませんね。誰からどのようにどんな理由を聞かされたのかは知りませんが、ただの遺伝とか突然変異なら話したのではないかと思うのです。魔法のあるこの世界なら……呪いとかかもしれません。
「神使の名前は?」
その質問にライナスさんは、エドワードさんから私に視線を移し、ふっと微笑んで言いました。
「あなたと同じですよ、レイさん」
あらまあ。なんだか嬉しいような、ちょっとくすぐったいような感じがします。……いや、ちょっと待て。
「とってもかわいかったそうですよ」
「そうなんですか」
……名前負けしてやいませんか、これは。神使の名前を知らない人は何も思わないかもしれませんが、知っている人からすれば……。
「神使はどうして知らない人が多いんだい?」
「いつもローズたちと一緒にいたわけではないらしいです。この大陸では一緒にいるところをたまたま目撃されなかっただけかもしれません」
「どうして勇者の仲間に?」
「はっきりとはわかりませんが、勇者たちの導き役だったのではないかと。神様のご慈悲って感じで」
それならやっぱりあの神様(たぶん)は親切ですね。
「じゃあ次。勇者に子供は?」
「一人いたようです。人数はわかりませんが、孫も。後はわかりません」
「子供と孫の髪の毛とか目の色は?」
「孫はわかりません。子供は、髪はエレック譲りで瞳はローズ譲りだったようです。みかんと青のどこにでもいる組み合わせですね」
「そろそろここ混んでくるだろうから、これで最後にするけど……その知識はどこから?」
「マリーが書いた日記が我が家にあるんです。もうボロボロになっていてもおかしくないと思うんですが、まだ結構綺麗なんですよね。読みますか? 一冊持ってきてみたんですが」
ライナスさんはかばんから、色あせたB5のノートを取り出しました……って、あ。
「どうぞ」
「ありがとう」
エドワードさんは受け取ったノートをすぐには開かずに、表紙と裏表紙をよく見ました。
ノートの表紙には、紙の枚数、行の数、一行の幅、日本の有名な会社の名前などが書かれています。裏表紙には隅っこに小さく「MADE IN JAPAN」。
エドワードさんがノートを開いてみれば、薄い線が横に何本も引かれていて、線と線の間に丸っこい字が書かれています。
どうやら勇者の妹であるマリーは、日本製の大学ノートを日記帳にしたようです。どうやって入手したのでしょうか。
ライナスさんに説明を任せてずっと黙っていた支団長さんが口を開きました。
「興味があるのならもっと持ってくるが」
「ぜひ見せてください」
エドワードさんは即答しました。
マリーの日記は後でライナスさんが持ってきてくれることになりました。
そろそろお昼ということで帰る親子を見送ってから、
「レイちゃん、さっきからずっと気になってることがあるんだけど」
エドワードさんが私にちょっぴりいたずらっ子の顔を向けてきました。
「左手で右手の指握ってるのは何で?」
わかっているのではありませんか、その顔は。
「……慣れない挨拶をされたので……」
あの親子ときたら、私が名乗っておじぎをしたら私の手を取って……まさか本の中の騎士やら高貴な人々やらがするようなことを実際にされるとは……イギリスとかでも現代ではふりだけだと聞いていたのですが……そりゃあ、国が違えば事情はいろいろと変わってくるでしょうけど……手の甲でなかっただけでもまし? でも指でもそんな変わらない気も……うわあああぁぁぁ……。
「ドキドキした?」
ドキドキというかバクバク? どう反応したらいいかまったくわかりませんでしたし、何より、その…………はっ、ここで顔を赤くしてしどろもどろに答えたらきっとエドワードさんの思うつぼ。ならば。
「ひええええ、ってなりました」
なるべく普通を装って答えると、エドワードさんが小刻みに震え始めました。
「そんな、棒読みみたいな、ふふっ」
……ああ……これも駄目だった……。
ふっ、やっぱり、混乱した頭で何か考える時点で負けなのですね……。




