やっぱり
とうとうというか、やっとというか……赤毛の勇者の故郷に着きました。
エドワードさんは勇者に選ばれた人で、この町は昔の勇者の故郷とはいえ、ここには特に用事はありません。御大層な名前の道具や重要な建物などは特にないのです。でもただ通り過ぎるわけにはいかないでしょう。もしかしたら、何か新しいことを知ることができるかもしれません。
魔人だった人は、この町のとあるパン屋の二日前から行方不明になっていた息子らしいです。が、いまはそんなことどうでもいいです。それよりも、
「ねえ、見てよあの三人! もういろいろすごいよ」
「え、嘘、勇者様?」
う、うう……うー、恥ずかしい。はーずーかーしーいー! 何で、何でそんなに見るんだっ。
ただ歩いているだけだというのにやたらと多くの町の人に観察されているように思えてきます。全校の前で何かを発表しなければならなくなった時のような感じもします。今私が何か話そうとしたら、間違いなく小さくて震えていて情けない声が出ることでしょう。
「……なんか、ちょっとレイちゃんの気持ちが少しわかる、気がする……いくら勇者の故郷だからって、これは……」
いつもは向けられるたくさんの視線など平然と受け止めるようなエドワードさんでさえなんだか気まずそうにしています。ジークさんは俯き気味です。
全然落ち着けないで歩いていると、女性のものと思われる声が聞こえました。
「あ! そこの三人、ちょっと待って!」
三人? というと私たちでしょうか。
声のした方に目を向けてみれば、そこには、大きな袋を肩に担いだポニーテールの女性がいました。彼女は……この前、ミミズもどきが出た時に会った人?……うん、そうだ、あの時の二人組の一人だ。
彼女は腰の剣を除けばごく普通の町娘に見えないこともありません。この町の住人なのでしょうか。
彼女はにこにこしながら近寄ってきました。
「あなたたち歩きでしょ? 早いね。どこ行くの?」
「宿に」
エドワードさんがやや素っ気なく答えました。今のエドワードさんは爽やかさがちょっと足りないです。
「晩ご飯は? この時間ならたぶんまだだよね?」
エドワードさんが首を縦に振ると、ポニーテールの女性はにっこり笑いました。
「じゃあ私の職場の店に来ない?」
「職場?」
「そう。結構人気なんだよ。材料が足りなくなりそうで買いにきてたところ」
そう言って彼女は担いでいる袋を開け、中から立派なじゃがいもを一つ取り出しました。りんごくらいの大きさで、あまりごつごつしていなくて皮が剥きやすそうです。
「これ、この辺りでよく獲れる、きぞくっていうのなんだけど、あらゆるおいもの中で一番いいと思うよ。ま、他の食べたことあんまりないけどね」
きぞく?……もしかして日本語の「貴族」? 男爵いも的な?
「この辺りでおいも食べた?」
「じゃがいもなら前の町で揚げたの食べたけど、特に美味しいとは思わなかった」
「それどんな色だった? これ、濃い黄色してるんだけど。金色って言う人もいるよ」
「それならたぶん違うんだろうな」
「じゃあやっぱり店に来ない? 美味しいのたくさん食べさせてあげられるよ。この道をずっと行って坂を上ったとこにあるよ」
ポニーテールの女性は私たちが向かっていた方向を指差しました。
「まだ用があるから私は行くね。よかったら来てね」
ポニーテールの女性は町の人々の好奇の視線などまるで気にせず、重そうな袋などなんでもないかのように軽い足取りで去っていきました。すごい、あの人すごい。
「……どうする?」
「どこでもいい」
「わ、私も、どこでも、いいです……」
うわ、やっぱり情けない声が出ました……。
宿で部屋をとってから、町の中心から少し離れた所にある緩やかな坂を上っていくと、ちょっとおしゃれな造りの建物がありました。
建物には「食堂ミーナ」と書かれた看板が付けられています。「ミーナ」は誰かの名前でしょうか。
「ここかな」
エドワードさんが看板を見ながら呟きました。
たぶんそうでしょう。他にそれらしきものは見当たりませんし。
店内に入ると、
「いらっしゃいませー!」
ポニーテールの女性が上機嫌で迎えてくれました。
「来てくれてありがとう。嬉しいよ。店名伝え忘れてたの後悔してたよ」
私たちは店名を聞き忘れていたことを宿に行くまで気が付きませんでしたよ。
店内には、夕食には少し時間が早いからか、お客さんは私たちの他には二組しかいません。
席に着いて食べたいと思ったものとポニーテールの女性のおすすめを頼んでしばらく待っていると、
「あ……」
料理が二人の女性の店員によって運ばれてきたのですが、その一人はポニーテールで、もう一人は彼女と一緒にいた魔法使いでした。
テーブルの上の料理はパン以外はじゃがいもを使ったものばかり……と思っていたら、ポニーテールの女性が言うには、パンにも使われているそうです。
店員二人は料理を並べると、ポニーテールの女性は残りの料理を取りに厨房へ戻り、魔法使いの女性は私に顔を向けました。
「さっきの反応、僕のこと覚えてるね? どう、あれから魔法使った?」
「少し……」
「何言ってるんだい、レイちゃん」
エドワードさんに、やや呆れたように言われてしまいました。
「あれから何度も使ったじゃないか。今日だって僕もジークも一度しか剣抜いてないし」
あれ、そうでしたっけ?……ああ、そうかも。
エドワードさんの言葉を聞いた魔法使いの女性は、さらに尋ねてきました。
「どうして今日はこの二人は剣を抜いたのかな?」
「……魔人がいて、私はびっくりして動けないでいたら、走りだしてて……」
「魔人……ああ、やっぱり、きみたちだったんだね。『赤毛の剣士たちが魔人を倒した』って、ちょっと噂になってるよ。明日になったらすごいことになってたりして」
え、すごいことって何。
「……俺は何もしてない」
ジークさんがぼそっと呟きました。
そうですね。確かにジークさんは今日の魔人に対しては何もしていません。
「最近旅の人たちから魔人がどうこうって聞くけど、見てないせいかあんまり実感ないんだよね……魔王が復活するかもってのも……魔物が急に強くなったような気がしなくもないけど」
魔法使いの女性が少し困ったような顔をした時、ポニーテールの女性が料理を運んできました。
じゃがいもを使った料理がまた一つ増え……あ、この煮物は……このじゃがいもとお肉とたまねぎのこの料理は……!
「お待たせ。これが私のおすすめ、にくじゃが」
……やっぱり。
「名前の意味は知らないけど、おいしいのはよく知ってる。この店のは牛肉使ってるよ」
パンとかポタージュとか洋食の中に肉じゃが……お米と食べたい。
「もっと広まっていいと思うんだけど、しょーゆがなかなか手に入らないからなあ……」
お醤油……せんべいぶりのお醤油……ふふふ。
「さて、あんまり話してるわけにもいかないからこれくらいで。ごゆっくり」
女性二人は厨房へと引っ込みました。
「なんだか嬉しそうだね、レイちゃん」
「肉じゃががあって嬉しいです。……人参が入ってないのは残念ですけど……」
「……これ、ニホンにも?」
さすがエドワードさん、察しがいいですね。
私たちが食べ終わる頃、お店が混んできました。確かになかなか人気のようです。
帰り際、ポニーテールの女性から、勇者の妹の子孫がこの町に住んでいることを聞きました。
「奥さんは編み物が得意で、旦那さんは騎士で支団長で、たまにこの店に来るよ。息子さんも騎士」
「一応聞くけど、髪の毛の色は?」
と、エドワードさんが聞くと、「みんな青」と返ってきました。
「赤い人なんてこの前まで見たこともなかったよ」
「やっぱりそうか。ありがとう」
「どういたしまして。また来てね」
肉じゃががすごく美味しかったのでまた来たいです。




