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魔人がいるなら。

 赤毛の勇者の故郷の町、サークリーフまであと少しのところまでやってきました。

「いるかな、勇者の子孫」

 歩きながらぽつりとエドワードさんが呟きました。

 この国に来てから、どこかの街に勇者の子孫が確かに暮らしているという話は聞いていません。

 自分は勇者やその仲間の子孫だ、などと名乗る人は少なからずいますが、勇者たちに子供がいたかどうかもあやしいものです。勇者たちは魔王を倒した後、行方がわからなくなりました。勇者たちがどうなったかについては、それぞれの故郷へ帰った、魔物が激減して平和になった世界を見て回る旅に出た、魔王との戦いでできた傷が原因ですぐに死んでしまった、など様々な説があります。

 ちなみに私が借りた本では、勇者は今はもう無い国の王女と、賢者はひまわり帝国の皇帝と、勇者の幼馴染エレックはソフィアと結婚しました。アーロンは一人で旅に出ました。

 もし勇者たちに子供がいて、今、子孫がいるとしても先祖が暮らしていた所に暮らしているとは限りませんし、いない可能性がかなり高いでしょう。

「……いたら、その人は……」

 ジークさんが何かを言いかけてやめました。

 これから行く所に勇者の子孫がいるとすれば、その人は彼にとってどんな存在なのでしょうか。彼の髪が真っ赤な理由が何かわかるでしょうか。

 ……それにしても、さっきから、

「レイちゃん、顔まで赤いよ?」

 とても注目されているような気が……って、え、顔“まで”? ということは、今日はこの世界の人には私の髪と目が赤く見えているのですね。

「……なんていうか……今日は違う感じがして……」

 私が答えると、エドワードさんは少しだけ首を傾げました。

「何が?」

「視線が……」

 旅に出てから、嫉妬のような視線にも珍しいものを見るような視線にもそこそこ慣れました。ついでに、こちらを見ながらこそこそと話す人たちにも。と言っても数が多いともう駄目ですが……旅に出たばかりの頃に比べればだいぶましになりました。

 今日は、通行人はそれなりにいますが、普段はこれくらいなら、髪と目がこの世界の人に赤く見えていようと、エドワードさんに「顔まで赤い」と言われることはありません。慣れたので顔が赤くならないのです。

 それなのに、今は、誰かに言われなくても、鏡を見なくても自分の顔が赤いであろうことがわかります。そう、見られているのがとても恥ずかしいです。お願いだからそんなに見ないで!

「……期待がこもってる気がする」

 ぼそっとジークさんが呟きました。

 期待? それがいつもと違うものの正体なのでしょうか。

 ジークさんの呟きを聞いたエドワードさんが少し考えるような素振りで言いました。

「期待か……しょうがないかもな、最近は魔人が現れるし、二人とも髪の毛が真っ赤で勇者の故郷はすぐそこだし」

 私たちは勇者のような感じで期待されている、と?

「あと、見られてる時間がいつもより少し長くて、話題にしてる人が多いと思う」

「そうか。レイちゃんがこんなに恥ずかしがるわけだ」

 うう、エドワードさん、いくら納得したからってそういうこと言わないでください……余計恥ずかしく思えてきます……。

「あはは。レイちゃん顔真っ赤」

 うあああああ……!

「……あんまり……と…………か」

 ジークさんが何かを言いましたが小声だったので私にはよく聞こえませんでした。エドワードさんにはちゃんと聞こえたようで、彼は「大丈夫」と言いました。ジークさんは何と言ったのでしょう、そしてエドワードさんは何が大丈夫だと言うのでしょう。

 二人の会話のことを考えて少しだけ冷静になれたところで、エドワードさんが、

「レイちゃんは恥ずかしがってるところもかわいいと思うよ」

 おうわあああああああ!?

 うー、エドワードさんにからかわれているとわかっているのに……。

 恥ずかしくて俯いたまましばらく歩いていると、

「ん?」

 エドワードさんが何かに気が付いたような声を出しました。

 顔をあげてみれば、前方にちょっとした人だかりができていました。なんだか戦っているような音も聞こえました。

 近付いてみると人だかりのさらに前方で戦っている人たちがいるのがわかりました。そのすこし離れた所には倒れている人と折れた槍がありました。

 剣を持った三人を相手に同じく剣を持った黒髪の人が、って、あああ! 魔人!

 エドワードさんとジークさんが魔人たちに向かって走りだしました。

 魔人と戦っている三人は、一人が蹴り飛ばされ、もう一人が殴り飛ばされ、最後の一人は剣を弾き飛ばされて蹴られて地面に倒れ込んでしまいました。

 魔人が剣を振り上げたので、

【止まれーっ!】

 気が付けば私は叫んでいました。

 剣を少し振り降ろした格好で固まった魔人は、エドワードさんに頭を剣で殴られてバタッと倒れ、すぐさま上体を起こしたところでもう一度エドワードさんに殴られました。

 再び倒れた魔人から黒いものが出て、集まってライオンのような魔物になりました。魔物はすぐにジークさんに斬られて空気に溶けていきました。

 ずいぶんあっさりと魔人を倒すことができましたね。きっと戦っていた三人が、いえ、倒れている人を含めた四人が、エドワードさんが魔人を殴る前にそれなりのダメージを魔人に与えていたのでしょう。

 戦いの様子を見守っていた人々の中の一人が、倒れたまま動かない人に向かって名前を呼びながら駆け出しました。

 私がエドワードさんたちに駆け寄ると、エドワードさんはにっこり笑って迎えてくれました。

「レイちゃんが魔法使ってくれてよかったよ。ありがとう」

「……ちゃんと、魔法が効いて、よかったです……」

「そうだね」

 エドワードさんは私の頭を軽く撫でると、屈んで剣を弾き飛ばされた人に声をかけました。

「起きられますか?」

「いてて……ありがとう。助かったよ。もう駄目かと思った」

 剣を弾き飛ばされた人は、蹴られたところが痛むのでしょう、顔をしかめながら起き上がり、エドワードさんにお礼を言いました。

「お礼ならこの子に。僕もあいつも間に合いそうにありませんでしたから」

 お礼を言われたエドワードさんは、まず私を、次に蹴り飛ばされた人を助け起こしているジークさんを指差しました。

 剣を弾き飛ばされた人は、私を見て目を丸くし、ジークさんを見て「え……」と間の抜けたような声を出して数秒動かず、ゆっくりと視線を私に戻してから「ありがとう」と言いました。

 私が「どういたしまして」と返したところで、殴り飛ばされた人が少しふらふらしながら近寄ってきました。

「倒してくれてありがとう。――ところで、この人どうする?」

 彼女は魔人だった人を見て言いました。

「すぐには起きないわよね?」

「とりあえず町まで連れていって、警察にでも任せますよ」

 魔人だった人はエドワードさんがサークリーフまで担いでいくことになりました。

 サークリーフに向かって歩きだしてすぐに、

「今きっと僕らの中で一番注目されてるのレイちゃんじゃないかな」

 とエドワードさんが言いました。

 一番は違う気がしますが、注目されていることは確かです。叫んだのだから当然です。恥ずかしいです。今すぐどこかに隠れたいです。この場からいなくなりたいです。

「街中じゃなくてよかったな」

 とジークさんが呟きました。

 もしも街中だったら……例えばもうすぐそこのサークリーフで叫んで注目されていたら……ああ、なんて恐ろしい。

「こっそり魔法使うのも今ならいいと思うよ」

 ……え? 今、エドワードさんが悪魔の囁き的なことを口にした気が……。

「人の命を救ったんだから、罰は当たらないよ、たぶん」

 え、いいんですか、使っちゃって、いえ、駄目でしょう。別に何か危害を加えてきたわけでもない人たちに魔法を使うなんて、そんな魔法の乱用みたいなこと……いや、まあ、もう何回かしてしまってはいるのですが……やっぱり駄目だと思います。

「……別のこと、考えます……」

 日本のことでも考えて、視線は気にしないようにしようと思います。

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