魔物が出たなら
ミミズもどきの群れが出てきたところからまたしばらく歩いていると、
「おっと」
「わっ」
体が浮いたと思った次の瞬間、
「ガアアアアアア!」
茂みの陰から何かが飛び出してきました。
うわ、黒い! 魔物!
【動くなっ】
とっさに魔法を使ってみれば、魔物はこちらを睨んだまま動きません。もう大丈夫でしょう。
飛び出してきたのは、体長二メートルほどの虎のような魔物です。強そうです。
……で、私は今、どういうわけかエドワードさんに抱きかかえられていますね。……ふむ、どうやら、魔物が襲ってきたのでエドワードさんが私を抱きかかえて跳び退ったようです。
魔物が立っている位置はつい先程まで私が歩いていた所です。エドワードさんが助けてくれなければどうなっていたことか。いくら魔力が強くて魔法が使えても何かあった時にすぐに対応できなくては駄目ですね……。
「怪我してない?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
エドワードさんにお礼を言って、降ろしてもらいました。
「さあ、レイちゃん、任せたよ」
「……はい」
威力の高い炎を出す魔法を使う時がもう来たようです。約束したからには、そして魔法の上達のためにも、やらねば。
まず、失敗した時の消火用に、水を大量に出す魔法の魔法陣を描きました。これが無駄になるのは、これで出す水では対処できない失敗をしたとき、対処が間に合わないときか、炎を出す魔法を使って魔物以外に被害を出さずに魔物を倒したときです。
次に、上級の教科書に載っている、炎を出す魔法の魔法陣を描いていると、
「自信無いって言ってるわりにはずいぶんと速く描いてるね。この前よりも速い気がするよ」
そうエドワードさんに言われました。
確かに私にしては速いかもしれません。魔法陣を描く練習をしてきた成果が出ている……と言ってもいいでしょうか。
大教会で使ってみた時よりずっと早く魔法陣を完成させました。あとは呪文――上級の教科書の魔法にしては短いです――を唱えるだけです。
汚いけど大丈夫、たぶん……うう、もう少しゆっくり慎重に描くべきだったかも……描き直したいけど、それだと時間がかかり過ぎるし……これくらいなら問題無いって言われたことあるし……ええい、もうやっちゃえ!
【炎よ 何であろうと焼いてしまえ 何であろうと焼き払え】
魔法陣が強く輝き、魔法陣の中心から炎が広がるように出て魔物に襲いかかりました。
「ガアアアアアアアアアア!」
炎にまとわりつかれた魔物は苦しそうに叫びました。魔物が焼けているようなにおいはしませんが、しっかり効いているようです。
魔物は炎が消えると同時にバタンと倒れて、空気に溶け始めました。
……あ、ああ……! やった! 私もエドワードさんもジークさんもやけどしていません。どこも燃えていません。火事は起こりそうにありません。魔法は成功しました!
思わずガッツポーズをしていると、
「やっぱりできるじゃないか」
とエドワードさんに言われ、
「もう少し自信をもったらどうだ」
とジークさんに言われました。
「よし、今日はレイちゃんにもっと魔法使ってもらおうか。ってことで、今日は魔物は任せるよ。今みたいにやってくれればいいよ」
今日中にどれほどの魔物が出てくるかわかりませんが、頑張りましょう。
「はい、頑張ります」
私がそう答えると、エドワードさんは少しだけ驚いたような顔をしました。
「ちょっと嫌がるかと思った」
え? 何で?
「魔法使うのは嫌じゃないです」
「レイちゃんが魔法大好きってことはわかってるけどさ、自信が無くて嫌がるかと思ったんだよ。引き受けるだろうとも思ったけど……返事が早くてちょっとびっくりしたよ。もしかして今ので自信ついた?」
ああ、なるほど、そういうことですか。
「……まあ、ちょっとだけ……」
難しい魔法に成功して、嬉しくて、今日一日、というか半日、魔物を任せられても大丈夫かも、と思ったことは確かです。
私の答えにエドワードさんは「それは良かった」とにっこり笑いながら言い、ジークさんは何を思ったか無言でいつもどおりの無表情で頭を撫でてきました。
「あ、あの、でも、さっきみたいに魔物に気付けてないときは、その……助けてほしいです……」
お願いしてみると、エドワードさんもジークさんもしっかり頷いてくれました。ああ、頼もしい。
よし、頑張る! やってやる!
それからは、歩いていたらもぐらのような魔物が地中から出てきたり、カラスのような魔物の群れが飛んできたり、寝ようと思っていたら大きな蛇のような魔物がどこからか現れたりしましたが、全部魔法で倒すことができました。しかも魔法に失敗することなく一日を終えられる……かもしれないと思っていたのですが、
「あー……」
「あーあ、やっちゃったね」
「早く拭いた方がいい。風邪をひく」
最後の最後に失敗して、自分に水が盛大にかかってしまいました。
エドワードさんとジークさんはなんともないようです。よかった。
ああ、寒い……。ただでさえ最近の朝晩は涼しいを通り越して寒いというのに、ずぶ濡れになるなんて……野宿なのに……。
「油断した?」
油断、というとちょっと違う気がしますが、まあそのようなものですね。
「……その……ちょっと眠くて……」
今ので眠気はどこかに吹き飛んでいきましたけどね。眠くて魔法陣の細かいところに注意が向かなかったのが今回の失敗の原因です。
使ったのが水を出す魔法でよかったと思います。炎を出す魔法で同じようなことになっていたかもしれないと考えると……ああ恐ろしい。
眠くて魔法に失敗するなんてなんて間抜けなのでしょうね、私は。はぁ……。




