魔法を教わって
さて、魔法を教わる時間です! 先生はエリエントさん。司教に‘魔’法を教わるとは少し変な感じがしますね。
ここは大教会の敷地の中の魔法の屋外訓練場です。魔物に似せた人形や薪など、いろんな物があります。見習い司教は午前中は講義室で授業を受けて、午後はここで魔法の実習をしたり司教のお手伝いをしたりするそうです。
「さて、あなたに魔法の素質があるかどうかを見ます。これを片手で持ってください」
そう言って先生が差し出してきたのは杖。私は受け取って持ちました。
「杖をしっかり握って、反対の手の指で空中になにか描いてください。丸でも四角でもなんでもいいです。空中には何も描けない、と思ってはいけません。魔法を使う者は空中に絵が描けるのです」
言われたとおりに杖を握り、丸を描こうと指を動かすと、なんと! 指先が光って空中に金色の線が描けました! うわあ、すごい! そのまま丸を描いて指を離してみると、丸は消えずに空中に残っています。
「これだけはっきり描けるなら大丈夫ですね」
どうやら私は魔法の素質があったようです。小さい頃から魔法に憧れていましたからとても嬉しいです!
「本来は魔法の理論から教えますが、あなたの場合はのんびりやっていられないので飛ばします。一応、簡単には教えますが」
そう言うと、先生は魔法の基礎知識を話し始めました。
魔法は魔法陣を描き、呪文を唱えることで発動させることができる。呪文は魔法語と呼ばれる言語で構成されている。杖は魔法を学び始めたばかりの者が魔法の制御のために持つが、上達した者でも難易度の高い魔法の制御のためや鈍器として使っていることが多い。
以上、先生が教えてくれたのを私なりにまとめてみました。
「ここまでで何か質問は?」
もちろんあります。あの飲食店での出来事は一生忘れないでしょうから。
「ブラウンさんが魔法を使ったとき、魔法陣は無かったと思いますがどうしてですか」
この質問に先生は嬉しそうに答えました。
「良い質問です。答えは簡単。我が国では魔方陣無しで発動できる魔法の開発に成功したからです。ブラウン司教が使った魔法はその一つです。他に質問は?」
「ありません」
「では、実際に魔法を体験してみましょう」
そう言うと、先生は本を渡してきました。「魔法 初級」と書かれています。私、字も読めるようになっていたのです!
「魔法の教科書です。16ページを開いてください」
16ページ……〈①沈黙〉と書いてあります。
「それは昨日ブラウン司教が使った魔法です。まずは私があなたにその魔法をかけます。魔法を使う者はその効果を一度は経験するものです。杖と教科書を置いて体の力を抜いてください」
言われたとおりにしました。
「これは黙らせる魔法ですから、相手が声を出しているときに効果を発揮します。そうですね、何か歌ってみてください」
ちょっと緊張するし恥ずかしいですが、高校の校歌を歌います。
私が歌い始めると、先生は、呪文を唱え始めました。
【ウルサイ ミミザワリダ】
……今日本語で「うるさい耳障りだ」って聞こえましたよ? 先生は呪文を続けます。
【クチヲトジロ コエヲダスナ ダマレ】
口を閉じろ声を出すな黙れ? え、え、黙れって言うんですか? じゃあ黙ります。
黙った私を見て、先生は言いました。
「どうですか、魔法をかけられた感じは? 試しに声を出そうとしてみてください」
「あ」
……声、出ましたよ?
「声が出せるなんて……」
先生は驚いて、しばらく黙り込んでから言いました。
「今、手を抜かずにやったのですが、あなたは声を出せている。つまり、あなたは魔法に対する耐性が強いのでしょう」
「そうですか」
「これはすごいことですよ。ブラウン司教は今の魔法の呪文を短くして、あの二人を黙らせたでしょう。呪文を短くすると、威力が落ちるものです。あの二人は威力が落ちた魔法にかかったのに、あなたは威力が落ちていない魔法が効かなかったのですよ」
もしかして誉めてくれてますか?
「でも不思議ですね。魔法が効かないなら、歌い続けたはずですがあなたは黙りましたね」
「……呪文が、日本語に聞こえたんです」
「あなたの国の言葉に?」
「はい。日本語で『うるさい、耳障りだ、口を閉じろ、声を出すな、黙れ』って聞こえてびっくりして、まるで怒られてるみたいだったから、つい黙ってしまいました」
「それは、驚いたでしょうね。そういえば昨日、『ダマレ』は『黙れ』という意味だと言っていましたね」
これは、「偶然」なのでしょうか。
「……教科書の他の魔法の呪文を読んでみてください」
言われたとおりに他の魔法のページを開き、呪文を読んでみます。〈②退散〉の呪文は、
【ミグルシイ メザワリダ キエロ スガタヲミセルナ カエレ】
ローマ字が複雑になった感じの文字で書いてありますが、日本語ですね、これ。
「退散っていうのは『見苦しい、目障りだ、消えろ、姿を見せるな、帰れ』ってなってます」
「……他の魔法は?」
〈③強制移動〉
「次のやつが『邪魔だ、迷惑だ、場所を空けろ、動け、どけ』」
「…………偶然とは思えませんね」
一体、どういうことなのでしょう。
「まあ、考えてもわかりませんし、魔法の練習をしましょうか」
そうですね。私も練習したいです!
「とりあえず、沈黙の魔法をやってみましょう」
「はい」
「では杖を持って、私に魔法をかけてみてください。呪文に気持ちを込めて言うと魔法は発動します。この魔法の場合は『黙れ』という気持ちですね。魔法を解除する時は、『もういい』と強く思ってください。うまく解除できないこともありますが、言葉にするとよりうまくいきます」
そこは日本語でなくていいのですね。先生が歌い始めました。では、人生初の魔法を使ってみます!
【うるさい 耳障りだ 口を閉じろ 声を出すな 黙れ】
呪文は日本語にしか聞こえないので、普通に日本語を話すように唱えてみました。
一応言っておきますが先生の歌声は耳障りじゃないですよ。むしろ素晴らしいです。
先生は黙ってしまいました。口をパクパクさせています。声が出ないようです。
「私、成功したんですか?」
先生は笑顔で頷きました! やったあ! ああ、こんな日がくるとは! あ、解除しなきゃ。
「もういいです」
「一発で成功するとは優秀ですね」
「そうなんですか?」
「ええ、そうです。うまく気持ちを込められない人が多いのですよ。ところであなた、とても嬉しそうですね。今まで私が教えてきたどの見習い司教よりも笑顔です」
「嬉しいです。ずっと、魔法を使ってみたかったんです」
「そうですか。あなたは呪文の発音も完璧ですから、この調子なら良い魔法使いになれますよ」
「呪文の発音も重要なんですか?」
「そうです。上級の教科書に載っている魔法には発音が違うと発動しないものがあります」
発音が違うと発動しないとか嫌な魔法ですね。
「さて、私は中級の教科書を持ってきます。それまで、呪文を覚えて待っていてください。声に出してもいいですが、うっかり強く気持ちを込めるとあなたの場合は魔法が発動する可能性が高いので、気をつけてください」
「はい」
先生が行ってしまったので、私は教科書を開きました。一通り呪文を確認してみましたが、どれも日本語でした。これなら早く覚えられます。
初級の教科書に載っている魔法は人や物に少しだけ影響を与えるものです。人に怪我をさせるものはありません。魔法陣無しの魔法が多いですね。
呪文を覚えていると、先生が教科書を持って戻ってきました。
「これが中級の教科書です。10ページを開いてください」
10ページには、〈①風〉と書かれていました。
「その魔法は魔方陣が必要なものです。魔方陣を起点に風を吹かせるのです」
おお、なんかすごく魔法っぽい。
「教科書を見ながら魔法陣を描いてみましょう。先ほど丸を描いたのと同じようにしてみてください」
教科書には魔法陣の描き方が細かく載っています。
円や星、三角、何か文字っぽいものなどをたくさん描いて、それらしきものができました。教科書に描いてある見本のようにはいかず、所々曲がっています。
「ここ、間違ってます」
あ、六芒星の部分が五芒星になってしまっています。
「間違えた所を消して、描き直してください。間違えた所を円で囲んで、二重線を引くと消えます」
こうかな? お、消えました。よし、描き直した!
「魔法陣には、間違った場合、直すのが簡単な所もあれば、全部消して一から描き直した方が早い所があります。今回はちょっと直すだけで済んで良かったですね」
描くのに時間がかかりましたから、最初からにならなくて本当に良かったです。
「少し曲がっていますが、これくらいなら大丈夫です。さあ、呪文を唱えてみましょう。そよ風が吹くところを想像しながらやるといいですよ」
よーし、やるぞ!
【そよ風が 花を散らして 去っていく】
これ、五・七・五になってます。
魔法陣が輝き、魔法が発動し、そよ風が前に立っていた先生の髪や服を揺らしていきました。
「はい、よくできました。これを教科書を見ないでできるようにしましょう」
うう、こんな複雑なのを覚えるのにどれくらいかかるでしょうか。漢字の書き順を覚えるときみたいにすればなんとかなるかな。
「次は、あなたがどの程度の魔法までできるのか見てみましょう。とりあえず、この魔法から」
二時間後。
薪に火を着けたり、火を水で消したり、風の刃で練習用の魔物人形を切り裂いたりした私は、
「あなた魔力強すぎです。いつも杖を持っていなさい」
先生にそんなことを言われました。
中級も上級も、試した魔法は全て成功し、さらに教科書以上の魔法まで成功したのに疲れないでいる私は「強すぎ」
としか言えないそうです。だから、魔法を使わないときも杖を持っておけ、ということらしいです。魔力が強すぎる人は杖で抑えるそうです。
「あなたは後は魔法陣と呪文を覚えるだけです。魔法陣の描き方でわからないことがあるなら、私はもちろん、他の司教の誰にでも聞いてください」
そして先生はにっこり笑って言いました。
「さすがは神様が『勇者の助けになる』とおっしゃった方ですね。勇者もあなたと一緒なら心強いでしょう」