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魔法を使うなら

「なあ、レイ」

 鯛焼きを食べ終えたケイさんに名前を呼ばれました。

「お前、さっき取ったって言ったものの中に魔法の本が入ってたよな? 誰から取ったんだ?」

「……盗賊からです」

 かばんから魔法の本を出して見せてみました。

「クオ皇国魔法研究所……中はどんななんだ?」

 私が言うよりも見た方が早いでしょうから、ケイさんに本を渡しました。

「どうぞ」

「どれどれ……おお、結構わかりやすい! でも難しそうだな。どれか使ってみたか?」

「ちょっと火を出す魔法なら……」

 “基礎”とタイトルにある本に載っている魔法なだけあってわりと簡単でしたが、ニールグの同じような魔法の方がより簡単に感じました。

「んー、これか?」

 ケイさんがあるページを開いて見せてきたので、私は頷きました。

「ちょっといいか?」

 と言って、アーサーさんがケイさんから本を受け取り、後ろの方のページを――おそらく奥付を――を見ました。

「……古いのか。じゃあいいか」

「何だよ、兄ちゃん」

「最新のだったら借りようと思って」

「何で?」

「もちろん祖国のため」

 アーサーさんの答えに、マリアさんが「さすが」と呟いたのが聞こえました。

 魔法は国によって呪文や魔法陣などが違います。他国の魔法を知ることができるといろいろと有利になるそうです。アーサーさんはそのことを考えて、私が奪った本が最新のものなら持ち帰ろうとしたのでしょう。

「あ、そっか。そういうことすっかり忘れてた」

「忘れちゃ駄目だろう」

「あー、うん、ごめん、気をつける」

 ……ケイさんはあまり気を付けるつもりではなさそうに思えるのは私だけでしょうか。



 ケイさんたちが来て帰っていった翌日、雨音で目が覚めました。外を見てみると、これでもかというくらい雨が降っていました。

 雨がやんでから宿を発つことになったので、部屋で『アーサー王』の続きを訳していると、エドワードさんが来ました。

「何か面白い物語知らない?」

「面白いって言われても……何かあったんですか」

 エドワードさんが言うことには、彼はこの宿の主人から、何か面白い物語を聞かせてくれたら宿泊代を割引する、というようなことを言われたそうです。

「レイちゃんはたくさん本読んでるから面白いもの知ってそうだって思ったんだ」

「面白い本は読んできましたけど、細かいことは覚えてないです」

「適当でいいよ。割引してもらえたらいいなって感じだから」

 エドワードさんと一緒に宿の食堂に行くと、隅の席にジークさんと三十代と思われる男性と十歳くらいの男の子が座っていました。男の子はこの宿の主人の子ですね。料理を何度か運んできてくれました。となるとその隣に座る男性は宿の主人でしょう。

 三人に近寄るとジークさんがこちらに顔を向けました。それに気付いた宿の主人が私を見て微笑みながら言いました。

「お嬢さんが次の挑戦者かな。今までたくさん聞いてきたから、私は厳しいよ」

 むう、エドワードさんに頼まれて引き受けたものの何を話せばいいのやら。

 ジークさんの横に座り、どういうジャンルが好きなのか宿の主人と息子さんに聞いてみると、

「現実ではありえないようなもの、かな」

 と宿の主人が言い、

「魔術とかエルフが出てくるの」

 と息子さんが言いました。

 魔術やエルフはこの世界にとってもファンタジー的な存在です。

 この世界で「魔術」とは一体何かと言うと、杖を振るだけで火やら水を出したり、異世界からよくわからないものを呼び出したりするなど「魔法」ではできないことを指すことが多いようです。「エルフ」は人間の何倍も長生きをする、たいていは魔術や弓の扱いが得意な種族のことで、耳が長かったり容姿端麗だったりはしないようです。

 息子さんは私同様にファンタジーが好きだということですね。

 さて、どうしましょう。世界的に有名な物語にするか、ライトノベルにするか、ゲームのストーリーでも語ってみるか……。

 何を話すか考えていると、宿の主人が期待のこもった目を向けてきました。

「聞いたことないようなのが聞きたいな」

「どういうのを聞いたことがあるんですか」

「お姫様を助けにいった英雄の話とか、闇の国の侵略から世界を救うとか」

 ふむ……あ、そうだ。日本では多くなったけど、この世界でなら……。

「魔王が主人公の話とかどうですか」

 私の提案に、

「……は?」

「はあ?」

「え?」

 エドワードさんと宿の主人と息子さんが一斉にきょとんとした顔になりました。ジークさんは表情は変えませんでしたが、どういうことだ、と目で言っているように思えました。

「レイちゃん、今、『魔王が主人公』って言った?」

「エドワードさんが考えてるような魔王じゃないです」

 勇者に倒される魔物の王ではありませんよ。

「それ聞かせてよ」

 と、宿の主人が言ったので、とあるライトノベルのストーリーを語って聞かせてみました。上手に話せたとはとても言えませんが、

「――新鮮だった。なかなか面白かった。約束どおり、割引きしよう」

 宿の主人には楽しんでもらえたようでした。

 やった! ありがとうございます先生! きっとあなたが書いた物語は異世界でも売れることでしょう!



 正午前には雨がやみました。

 昼食(二割引き)を食べてから宿の外に出てみると、空には大きな虹がかかっていました。

「前から思ってたけど、レイちゃんってなんか虹みたいだと思う」

 はい? 変なことを言いますね、エドワードさん?

「何でですか」

「うーん、なんとなく?……ジークはどう思う?」

 ジークさんは私と虹を交互に見ました。

「……どこがとは言えないが虹だと思う」

 ジークさんまで何を?

 虹……色? それとも形……は違うでしょうね。虹……赤、オレンジ、黄、緑、青、藍、紫…………あ、もしかして、髪と目?

 マリアさんは私の印象が毎日変わると言いました。それは、私の髪と目の色が、この世界の人には毎日違う色に見えているからではないでしょうか。もしかしたら、その見えている色は虹に見られるような色なのかもしれません。



「うわ……」

「……ミミズか」

 町を出発して街道を少し歩いたところで、地中から小さい魔物が大量に出てきました。少し離れた所から見ればちょっとした黒い絨毯が地面に敷かれているように見えるかもしれません。

 魔物はうねうねと動いています。ジークさんの言ったとおりミミズのような魔物ですね。形はもちろん、雨上がりに出てくるところも。ちょっと気持ち悪いです。

 私たちの他にも何人か旅人がいますが、彼らは魔物に近寄るかどうか迷っているようです。なんだか弱そうな魔物ですが、ここはこの国の首都からはそれなりに離れていますし、数が多いので油断は禁物ですね。

「これ、どうやって倒したら……」

「踏んでみようか」

 そう言ってエドワードさんが、群れから離れた場所をのろのろと這っていたミミズもどきを踏みつけました。エドワードさんが足を上げてみると魔物はまだ元気そうに動きました。もう一度踏むと魔物は消えました。

「適当に歩いて踏んでけばいいかもしれない」

「共食いして大きくなったらどうする」

 ジークさんの問いにエドワードさんは自分の剣の柄を軽く叩いて答えました。

「これでなんとかする。もし駄目だったら、頼む」

 ジークさんがこくりと頷いて了承したそのすぐ後に、

「ちょっと待って」

 と、誰かが後ろから私たちに声をかけてきました。

 振り向いてみれば、ポニーテールの若い女性と、男性か女性かわからないこれまた若い人が立っていました。

 女性は腰に剣を吊っていて、性別がわからない人は杖を持っています。剣士と魔法使いのコンビという感じです。

 性別がわからない人が口を開きました。

「魔物は僕が燃やします」

 む、この声は女性のもの? そして「ちょっと待って」の声とは違う気がしますから、私たちに声をかけてきたのはポニーテールの女性でしょう。

「魔法で?」

 そうエドワードさんが性別がわからない人に聞くと、

「もちろん」

 と返ってきました。

 彼女(たぶん)は、地面から五、六十センチのところに、杖で地面と平行に金色の線を引き始めました。

 ときどき魔物を踏みながら、彼女は直径五メートルくらいの円形の魔法陣を魔物の群れの上に描きました。

 彼女が何か言うと――何と言ったかよく聞こえませんでした――魔法陣から炎が下向きに出て、魔物の群れに襲いかかりました。

「おー、なかなか」

 と、エドワードさんが感心したように呟きました。

「レイちゃんもああいうのできるようになるといいね」

「……やろうと思えばできるはずですけど……」

「火事とかやけどが怖い?」

 そのとおりです。怖がっていたら駄目だってことはわかっていますし、ヘンリー君にも積極的に魔法を使うように言われたのですが……。

「でも、レイちゃんは薪に火をつける時は失敗しないよね。強いのでも大丈夫なんじゃないかな。この前魔法使った時は失敗しなかったし、綺麗に魔法陣描く練習してるし」

「……じゃあ、今度魔物が出た時に……」

「お、言ったね? 約束だよ」

「え、でも、あんまり木が多いところはちょっと……」

「それでいいよ」

 エドワードさんと話していると、

「魔法使うのが怖いの?」

 ポニーテールの女性にそう聞かれました。

「はい……強いのは失敗が怖くて……」

「わかるよ、その気持ち」

 そう言ったのは魔法を使った女性です。

「僕、さっきの魔法使う度に爆発が怖くてしょうがないよ。でも、怖がりながら使うのがいいんだよね」

「そうなんですか?」

 あまり良くない気がするのですが……。どうしてそう考えるのでしょうか。

「怖がってたら慎重になるでしょう? まあ、慎重になり過ぎてのろのろしてたら駄目だけどね、調子に乗って、得意になって、何かを間違えて大惨事を引き起こすのはもっと駄目だし。自分が引き起こすかもしれない惨事を怖がりつつ、成功する、自分が望むとおりになるって自信をもってるのがいいんだよ。怖がって魔法を使わないのも、自信だけもって使うのも駄目なんだ。心の中は九割自信で残りの一割が不安とか恐怖っていうのがいいと思うよ」

 魔法を使った女性は、一気に喋って、ほんの少し恥ずかしそうにしました。

「って言ってみたけど、僕はまだ魔法についていろいろ言えるような身じゃない……でも、いろんな意見の一つとしてちょっと覚えておくといいかもしれないよ」

 ……む……詳しくは後でじっくり考えるとして、やはり魔法は使わないと駄目なのですね。

「はい、覚えておきます」

「素直でいいね」

 ポニーテールの女性が言いました。

「そうそう、『魔法は“習うより慣れろ”って言葉がよく当てはまると思うの』って勇者の妹の子孫のご近所さんが言ってたよ」

 へ? 勇者の妹の子孫の、ご近所さん? 勇者に近いようで遠い気が……。

「じゃあ私たちはそろそろ行くね」

「また近いうちに会いそうな気がするよ。じゃあね」

 ポニーテールの女性と魔法使いの女性は小さな馬車に乗って去っていきました。

「妹の子孫……」

 馬車が走っていった方を見ながらジークさんがぽつりと呟きました。それを聞いたエドワードさんが、

「珍しいもの名乗ってるな」

 と言いました。

「何で珍しいんですか」

「勇者に妹がいたって知らない人って結構多いんだよ。勇者とその仲間と違って特に活躍してないらしいし。子孫だって言っても『へえ』で済まされるんじゃないかな。国によって違ってくるかもしれないけど」

 そういえば、ジークさんが、神様から勇者の妹の名前はマリーだと聞いたと言った時、エドワードさんはそのことを「どうでもいい」と言っていました。借りて読んだ本では、登場したのは最初と最後だけで、あとはまれに名前が出てくるだけでした。ずいぶんと軽い扱いなものですね。

「さて、いつまでも突っ立ってないで、僕らも行こうか。約束守ってよ、レイちゃん」

「……はい」

 九割もの自信をもてる気がしませんが、約束した以上、やるしかありません。

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