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会えないと思ってたのに。

 日が沈み始める少し前に山の麓の町に着きました。

 適当な宿屋を見つけて、そこに泊まることになりました。

 夕飯の前に報告書を書いて飛ばしました。

 飛んでいく紙飛行機(ほうこくしょ)を見ながらエドワードさんが言いました。

「いつも思うんだけど、あれってすごい」

「そうですよね。誰でも使えて、ちゃんと目的地まで飛んでいって……」

「レイちゃんの世界にはもっとすごいものあるよね? レイちゃんが持ってる青いのとか」

 私が持っている青い物……携帯電話のことですね。

「確かに遠くとすぐに連絡取れる手段はいろいろありますけど、それでもやっぱりあれはすごいと思います」

 何をどうすればあのようなものができるのでしょう。



 報告書を飛ばしてから四日後。

「久しぶりー!」

 いつものように窓からケイさんがエドワードさんとジークさんが泊まっている部屋(二階)に入ってきて、

「元気だった?」

 これまたいつものようにアーサーさんも入ってきて、

「よっと……久しぶり。三人とも元気そうだね」

 なんとまあびっくり、オレンジの髪と目の美人――マリアさんまで入ってきました!

「久しぶり。ずいぶん早かったな。で、何でマリアがいるんだ?」

 と、不思議そうにエドワードさんが聞くと、何故かケイさんは軽く落ち込み、アーサーさんは目をそらしました。

 エドワードさんに答えたのはマリアさんでした。

「今まではこの兄弟が国境までペガサスで行ってあとは頑張って走ってたわけだけど、さすがにそれも厳しくなってきてね。もうずっとペガサスで行くことになったんだよ。それが早い理由。で、ペガサスに乗ってるってことは魔物とかと空中戦をしなきゃいけないってことはわかるね」

「うん」

「っていうことは、この兄弟は自慢の足を活かせないってこと」

「ああ、そういうことか」

 エドワードさんは納得した様子。私も納得しました。アーサーさんとケイさんは空中戦には自信がないからマリアさんが助っ人としてついてきたということですね。……ん?

「今まではニールグの中ではどうしてたんですか」

 ニールグだけ空を飛ぶような魔物がいない、なんてことはないでしょう。私が初めてペガサスに乗せてもらった時は魔物は見ていませんが、あれはたまたまだろう、といつだったかジークさんが言っていました。

「今までだって国境まで誰かがついていってたんだよ」

 マリアさんが言うことには、ニールグの騎士団や教会に所属するある程度実力がある人が「連絡係お手伝い」に立候補することができ、立候補者たちの中から抽選で最低で二名が選ばれるとのこと。……あれ、最低でも二名?

「もう一人ならもうすぐ来るはずだよ。窓からは入らない、って言ってね」

 マリアさんがそう言ってすぐに、戸が叩かれる音と、

「ハルクロードさんいますか?」

 という声が聞こえました。

 エドワードさんが戸を開けると、

「こんにちは。ヘンリー・ヒーリスです」

 そこにはなんと、私と同い年の見習い司教の少年、ヘンリー君がいました。

 わあ! ヘンリー君だ!

「ヘンリー君!」

「わあ、レイさん、久しぶり。ぼくのこと覚えててくれたんだね」

「忘れないよ」

 魔法の練習に付き合ってもらいましたからね。

 ヘンリー君はオレンジ色の髪と目をもつ、真面目で優しそうな少年です。実際にそのとおりです。そしてブラウンさん曰く、「将来はニールグ国内で上位の魔法使い」です。ちなみに、この世界に来て二日目の朝に大教会の中庭で話しかけてきたのは彼です。

 いつまでもヘンリー君を廊下に立たせておくわけにはいかないので部屋に入ってもらいました。二人部屋とはいえ決して広くない部屋に七人もいるとかなり狭く感じられます。

「ヘンリー君はどうして来たの? 外国が見てみたかったとか?」

「そのとおりだよ。同じ理由で立候補した人って結構いると思う」

「マリアさんもですか?」

 何気なくそう聞いてみたら、マリアさんは首を傾げました。

「私のこと、苗字呼びだったよね?」

 あっ、そうだった。アンナさんに会ってから心の中で呼び方を変えたのでした。

「……駄目ですか?」

「そんなことないよ。むしろ嬉しい」

 それならよかったです。

 エドワードさんに活動資金を渡したアーサーさんが私を、というより私の手のあたりを見ました。

「レイ、手に持ってるものはお願いしたものかな?」

「はい。これだけ訳せました。字が汚くてごめんなさい」

 私は手にもっていたもの――『アーサー王』を日本語からイリム語に訳したものをアーサーさんに渡しました。

「ありがとう。――ケイ、読むか?」

「兄ちゃんは? あ、グウェンさんへのお土産買ってくんのか?」

 アーサーさんはケイさんに頷いて紙の束を渡すと、やっぱり窓から出ていきました。

 ケイさんが『アーサー王』を読み始めたところに、エドワードさんとジークさんとマリアさんが寄っていきました。三人とも内容が気になったようです。マリアさんは反対から読むかたちになってしまっていますがちゃんと読めるでしょうか。

 アーサーさんは出かけ、エドワードさんとジークさんとマリアさんとケイさんは『アーサー王』を読んでいます。……ふむ、これはヘンリー君に魔法を教わる良い機会ですね。

 ヘンリー君に、魔法のことを教えてほしい、とお願いしてみたら了承してもらえました。四人の邪魔になると思い、私が泊まっている部屋に行こうとしたのですが、ヘンリー君が、

「年頃の男女が二人きりはいけません」

 と言うので、部屋は移らないことになりました。

「それで、どんなことが知りたい?」

「えっと……」

 初級の教科書に載っている魔法はわりとうまくいくこと、魔法を発動させてみたらやたらと威力が高くて自分にも被害があったこと、炎を出す魔法は火事になりそうで怖いことなど、とりあえず思いつく限りの魔法陣がいる魔法に関する私の状況を伝え、私は魔法使いとして進歩が遅くないかとか、描き順がよくわからない魔法陣があり、それをどう描くべきかなどを聞いてみました。

 ヘンリー君は、彼が知っていることを、必要に応じて魔法陣を描きながら、たくさん教えてくれました。

「……で、ここをこうすると……」

「……こう?」

「そう。それで……」

 魔法陣を速く綺麗に描くために、描く練習以外に何かできることはないかと聞いてみると、

「こう、指の先と先をくっつけて、こうやって回すのを繰り返すと、速く描くのにちょっと効果があるんだって」

 ヘンリー君は、ボケ防止の一環としてテレビで紹介されていた指の運動をしてみせました。

「……お祖母ちゃんがよくやってるよ、それ」

 私のお祖母ちゃんの指はびっくりするくらい高速で回ります。あれでボケたら悲しいです。

「へえ、そうなんだ。それにしてもレイさん、イリム語が上手くなったね」

「そう? ありがとう」

 確かに大教会で過ごしていた時の私はイリム語が下手でした。話しかけられて答える時はそれなりに上手に話せていたと思いますが、会話を続けているとだんだん自分が正しく話せているか不安になり、これでいいのか、ちゃんと相手に伝わっているかなどと考えながら話していくにつれて頭の中がごちゃごちゃになって上手く話せないことがありました。ひどいときは何をどう言ったらいいのか全くわからなくなって黙ってしまったこともありました。

 上手くなったと言われて喜んでいると、読みながらも私たちの会話を聞いていたらしいエドワードさんが、

「確かに上手くなったけど、たまにちょっと変なことはあるよ」

「あ、やっぱりそうですか……」

 イリム語を話し始めてもう五ヶ月以上経ったのですが、まだまだのようです。

「うっかり魔法使った後なんかはそうだな」

 そうジークさんが言うと、ヘンリー君が驚きました。

「え、レイさん、うっかりで魔法使っちゃうの?」

「魔法語が日本語に聞こえるって話はしたよね。旅に出てから、日本語ならなんだって魔法の呪文になるってわかったんだ。それで、びっくりしたときとかにうっかり日本語喋っちゃってそれが魔法になっちゃうことがあって……」

 私の答えにヘンリー君の顔がとても真剣そうなものになりました。

「……レイさんは、人とか魔物を自由にできるってこと……?」

「空を飛ばすとかは無理だけど、武器を捨てさせることとか自首させることとかできるよ」

 ヘンリー君の顔から血の気が引きました。

「……じゃあ、人に」

 ヘンリー君の言葉はエドワードさんに遮られました。

「大丈夫、レイちゃんはそんなことしないよ。せいぜい物を取るくらいだから」

「……物を取るのもどうかと……。レイさん、何を取ったの?」

 うあ、なんだかヘンリー君が聖職者の顔に……。

「聖剣とリモコンとクオ皇国の魔法の本……ごめんなさい」

 お説教をされるかと思いましたが、

「りもこん?」

 ヘンリー君は私がしたことより彼が知らない単語に気を引かれたようでした。

「神の道具だよ。見る?」

 ヘンリー君だけでなく、ケイさんとマリアさんも、見たい、と言いました。

 かばんからリモコンを取り出してヘンリー君に差し出すと、彼は戸惑ったようでした。

「……触っていいの?」

「うん」

 大丈夫、罰は当たらないよ。たぶん。

 懐中電灯を使ったことや、たまに電卓で、一足す足す一をしてイコールを連打していることは秘密です。

「何に使う物?」

「ごめん、うまく説明できない」

 このリモコンを押したら反応する物があればいいのですが……。

 マリアさんが他の道具も見たいと言ったので、かばんから神の道具を全部出して広げてみました。

 彼女らからされる、何に使う物か、どうやって使うのかなどの質問にはなんとか説明できるものだけ説明してあとは「ごめんなさい」で済ませてしまいました。

 そうしているうちにアーサーさんが良い匂いのする何かが入った紙袋を抱えて帰ってきました。

「てっきり窓閉まってると思ったのに。風邪ひかない自信でもあるのか?」

 そう言いながらアーサーさんは紙袋から、鯛焼きを取り出してケイさんに渡しました。……鯛? あれ?

「鯛焼きだそうだ。鮎焼きと同じものだと思う。ほら、レイも」

「あ、ありがとうございます」

 渡されたものは間違いなく鯛焼きでした。日本で普通に売られていそうな鯛焼きでした。中身はチーズでした。

 ああ、鯛焼きがいっそう美味しくなる季節になったなあ。

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