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湖のほとりを歩いて

 国境近くにある湖のほとりに来ました。それなりに大きい湖ですが向こう岸が見えます。周りには建物はありません。草や木などの自然だらけです。

 晴れていなくて残念です。今日は朝に少し雨が降り、今は曇っています。雨がまた降りそうで降ってきません。晴れていればきっと湖はキラキラと輝いて綺麗だったことでしょう。

「父さんはこの辺りで釣りしたんだ。何が釣れたと思う?」

 おおっと、エドワードさんが問題を出してきました。わざわざ問題にするくらいですから、普通は釣れないようなものを釣ったのでしょうね。

 私がちょっと考えている間にジークさんが答えてしまいました。

「魔物」

「正解。簡単だったか」

 嬉しくないものを釣ってしまったものですね。

「今も釣りしてる人いるけど、誰か父さんみたいなことになったりして」

 そういうことを言うと誰かが……あ。

 私の視界の端で、黒いもの――魔物を釣り上げた人がいました。その人が「うわあ!」と叫んで釣り竿を後ろに大きく振ったので、引っ掛かったままの魔物はその人の頭を越えて、勢いよく地面に叩きつけられました。首都付近に出るような弱い魔物だったなら地面に叩きつけられた衝撃で力尽き、空気に溶けて消えたことでしょうが、ここは首都からは遠いので魔物は丈夫なようです。消えずに地面の上でピチピチ跳ねています。

 魚のような魔物でよかったです。もし歩いたり走ったり飛んだりする魔物だったら厄介なことになっていたことでしょうが、魚ですから陸上では自由に動けません。ピチピチ跳ねるばかりです。

「あの魔物、あの人に近付いていってないか」

「え……あ、そうですね」

 ジークさんに言われてよく見てみれば、確かに魔物はピチピチ跳ねて少しずつ少しずつ自分を釣った人に近付いています。

「あの人を襲いたいんだろうね」

「根性あるな」

 エドワードさんもジークさんも半分呆れて半分感心したように言いました。

「あの人、噛まれたりしないですよね」

「大丈夫だと思うよ。魔物から目を離してないし武器持ってるし。お、倒すみたいだね」

 釣った人は腰の短剣を抜いて魔物に恐る恐るといったように近付き、短剣で魔物をグサリと突き刺しました。魔物はピッチピッチと暴れましたがやがて力尽き空気に溶け始め、それを見た釣った人が慌てた様子で魔物から離れました。溶けていく魔物に触れないためでしょう。

 魔物を釣った人が釣りを再開するのを見届けてから、湖をだいたい五分の一周したところで、海の生き物ではないかと思うほど大きな魚を釣って喜んでいる親子を見ました。

「僕、あんなに大きい魚は初めて見た」

「俺も」

「ここには大きいのが住んでるんですね」

 そこから少し進んだところには、今度は何かを必死に釣り上げようとしている人がいました。「負けるかー!」とか「釣ってやるー!」などと叫んでいます。

 名前も知らないそこのあなた、頑張って。

「うおおおおお!」

 まるで私の心の中の応援が届いたかのように釣り人は叫び、頑張りましたが、

「負けたあああああ!」

 残念ながら釣ろうとしていた相手に釣り竿をもって行かれてしまいました。

 ガックリと膝をつく釣り人の後ろを通り過ぎて、

「あの人、残念だったね」

「今日はもう帰るんだろうな」

「落ち込んでましたね」

 などとのんびり話しながら歩いていると、

「うわあああああああああ!」

 話題になっていた釣り人の叫び声が聞こえて、一体何だと振り返ってみれば、羽をもつ大きな魔物が岸から三十メートルくらい、水面からは五メートルくらい離れたところに浮いていました。

 魔物はバサバサと羽を小刻みに動かしてその場にとどまり、叫んだ釣り人を見ているようです。

 鳥……にしてはちょっと変な形です。あの胴体は、魚? マグロにコウモリの羽を付けた感じ? もしかして水の中から出てきた?

 その魔物がバサッと一際大きく羽を動かしたのとほぼ同時に、エドワードさんが叫びました。

「レイちゃん魔法使って!」

 そうだ! 見てる場合じゃなかった!

【落ちろーっ!】

 叫んで魔法を使うと、釣り人に向かって一直線に飛んでいた魔物は湖に落ちて水飛沫をあげました。ああ、魔法が届いてよかった。

「とりあえず落としましたけど、どうしますか」

「そうだなあ。やっぱり倒しとくべきかな。あの魔物をこっちに来させてくれる?」

 はい、わかりました。

【魔物ー! こっちに来ーいっ!】

 叫んで少し待つと、

「……多くないか?」

「……多いな」

「……たくさんいたんですね、魔物」

 黒いものがいくつもこちらに向かって泳いできました。

「たぶんあれ全部飛んで来ると思うんだ。地面のある所まで来たら落として」

「はい」

 魔物たちがほぼ一斉に水中から飛び出してきました。羽付きマグロもどきが二十匹ほどです。

 エドワードさんが言ったとおり、魔物たちはバサッと羽を大きく動かしたかと思うと、私たちに向かって一直線に飛んできました。だから私は言われたとおりに、

【落ちろ!】

 魔物を全部地面に落としてやりました。我ながらいいタイミングで魔法を使えたと思います。

「よし。レイちゃんありがとう。あとは見てていいよ」

 エドワードさんとジークさんは魔物たちがピチピチ跳ねたり再び飛ぼうとしたりしている所まで行き、片っ端から魔物を斬りはじめました。 

 魔物を斬り終えると、エドワードさんはすぐにその場を離れました。

 その少し後に、ジークさんが空気に溶けていく魔物たちの中から何でもないように姿を現しました。大量の黒い霧の中から平然と出てくる人をジークさん以外には見たことがありません。普通は魔物を釣ってしまった人やエドワードさんのように魔物を倒したらすぐに離れるからです。出てくるとしたら怒っていたり落ち込んでいたり泣いていたりと良くない状態で出てきます。

 そんなちょっと普通ではないジークさんの手には何故か釣り竿が。

「それ、どうしたんですか」

「魔物に引っかかってた。さっきの人のだと思う。返してくる」

 ジークさんは釣り竿をもって行かれてしまった人のもとへ走っていきました。

「あの人、必死になって魔物を釣ろうとしてたんですね」

「あの人だけじゃなくてきっと他に何人もそうとは知らずに魔物と戦ってると思うよ」

「勝っても嬉しくない戦いですね」

「そうかな? うまく釣って退治できればそれはそれでいいんじゃないかな」

 エドワードさんと話していると、ジークさんが戻ってきました。

「次は負けないって意気込んでた」

 勝ったとしてもあの人は魔物を退治できるのでしょうか。

「次は短剣だけじゃなくて弓も持ってくるつもりらしい」

 それなら大丈夫、かも?



 湖を五分の二周くらいすると、私たち三人の他には人が見あたらなくなりました。

「ここまでは釣りに来ないんですね」

「あんまり町から離れたくないんだと思うよ」

「それならこの辺りに町でも村でもつくればいいのに……」

 湖を眺めて毎日を過ごすのはいいことだと思うのです。

「国境に近すぎるのが嫌なのかもね。魔物は強いし、戦争になったらすぐ敵が来るし」

 そんなのここに一番近い町とたいして変わらないと思うのですが。

「まあ、いつかはここに街ができるかもしれないよ」

 街ができたら観光地になるかもしれませんね。あ、でもあんなに大きな魚がいるのですから、街ができなくても有名な観光地になるのではないでしょうか……ちょっと待てよ、もしかして私が知らなかっただけで、観光地ではなくても有名ってこともあるのでは?

「ここ、有名ですか」

「んー、どうだろうね。僕は父さんとこの国の人からしか聞いたことないよ」

 私の質問に少し首を傾げながら答えたエドワードさんに、ジークさんが言いました。

「どこかの英雄のどこかの湖での死闘の話を聞いたことはないか」

「え? あ! ある。その湖がここってことか?」

「たぶん」

 二人が話しているのは昔話か何かでしょうか。

「それ、どんな話ですか。有名ですか」

「ん? ああ、レイちゃんにはまだ話してなかったね」

 今まで何度かエドワードさんとジークさんにこの世界の昔話や歴史のことを聞きましたが、どこかの英雄のどこかの湖での死闘の話は知りません。

「知ってて当たり前っていう話じゃないと思うな」

 そういうことなら、どこかの英雄の話は有名ではないということにしておきましょうか。とするとこの湖も同じかもしれません。ああでも、ニールグでは知られていなくても、会話に出ないだけで他の国では…………もういいや。こんなことは深く考えることではないと思うのです。代わりにここの未来の姿を想像しましょう。その方が私にとっては楽しいですしね。

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