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林の中を進んで

 コルドを発って三日が経ちました。大人が二、三人は余裕で隠れられるくらい太い木が多く生えている林の中の道を進んでいます。ときどき心地よい風が吹いてきます。

「さて、どうしようか」

 エドワードさんが小さい声で突然そう言いました。

「何のことですか」

「狙われてる」

 えっ。誰が何に?……“誰が”は私たちでしょうが、何に?

「山賊か何かですか」

「ここは山じゃないから、盗賊って言えばいいかな。もしかしたら別の集団かもしれないけど。とにかく、僕らは狙われてる。だからどうしようかってこと」

「魔法使いましょうか」

「それが手っ取り早くていいけど……誰かが危なくなったらにしてほしいかな。いいよな、ジーク」

「いい」

 ジークさんが答えたその時、

「金、ぐあっ」

 前方の木の陰から人が叫びながら飛び出してきて、即座にエドワードさんにのされました。

「おらおら! んな!?」

「金目のも、この野郎!」

「金目のもん出しな! え? ト、トム!?」

「早っ! がっ」

「ヒャッハー、ぐえ」

 少し遅れてザ・盗賊がわらわらと出てきて、すでに仲間がのされたことに気付いて驚いてお決まりの文句を言えなかったり、全部言ってから気付いて間抜けな顔をしたり、ノリノリで出てきてすぐにエドワードさんにのされたりしました。

 さて私はどうしたらいいのでしょう。エドワードさんが数人倒しましたが、盗賊たちの数はとても多く、私たち三人は囲まれてしまいました。とりあえず木を背にしておくとか?

「やってくれるじゃねーか、兄ちゃんよぅ。でもよぅ、これだけの相手はさすがに無理だろぉ」

「だからとっとと金目のもん出しな」

「さもないとどうなるかはわかってるだろー?」

 ニヤニヤと嫌な感じの笑みを浮かべて盗賊たちが脅してきました。脅しに対してエドワードさんは、

「黙れ。ついでに死ね。暑苦しい。せっかく来た秋が逃げる」

 出た! 物騒な青年!

「んだとゴラア!」

「喧嘩売ってんのかあ!?」

「野郎共、やっちまえ!」

 盗賊たちは怒り、私たちに襲いかかってきましたが、

「ぐはっ……」

「ぐう……」

「あの青いの……」

「なんつーヤローだ……」

「あの赤いのたぶん勇者の子孫だよな……」

「勝てるわけねえ……」

「もうどうでもいい……」

 あっという間に立っているのが半分くらいになりました。七割くらいがエドワードさんの仕業で残りはジークさんの仕業です。私は見ているだけでした。本当にこの二人は強くて頼もしいです。逆に私は役立たずですね……。

「まだやるか?」

 エドワードさんが一旦動きを止めて、不機嫌そうな声で盗賊たちに聞くと、

「調子に乗んなよ! おい野郎共! なに弱気になってんだ! オルバ、やっちまえ!」

 盗賊のリーダーらしき人がオルバとやらに指示を出しました。すると、私の後ろの方からエドワードさんに向かって火が飛んでいき、エドワードさんが避けたので火は木に当たって消えました。少しだけ木が焦げました。

 飛んできた火は球体に見えました。いいなあ。火の玉を飛ばす魔法ってちょっと憧れます。残念ながら私が持っている教科書にはこのような魔法は載っていません。お墓で出そうな火の玉を出せる魔法ならあるのですが。 

「何で盗賊に魔法使えるやつがいるんだよ」

 エドワードさんが苦々しげに言うと、リーダーらしき人は得意そうに笑いました。

「がはははは! 驚いたか! 盗賊だからって舐めんな!」

「うるさい。――レイちゃん、隠れてるのをなんとかできるかい?」

「あ、はい、やってみます」

「させるかあああああ!」

 盗賊の一人が私にナイフを投げてきましたが、ジークさんがナイフを叩き落としてくれました。

 ジークさんにお礼を言おうと思ったのに、戦闘が再開されてしまったので、エドワードさんに頼まれたことをすることにしました。背にしていた木の陰から火が飛んできた方をそっと見ると、木々の間に少しずつ描かれていく魔法陣と悪そうな人が見えました。悪そうな人は、魔法使いというよりは魔法を少し使える盗賊という感じで、本をしきりに見ながら楕円形の魔法陣を描いています。この国の魔法の魔法陣は楕円形のものが多いそうなので、彼が持っている本はこの国の魔法の教科書かもしれません。……あの本、欲しいかも。

【そこの盗賊、動くな!】

 魔法陣と本に集中している隙にそーっと近づいて魔法を使うと、悪そうな人はビクッとし、

「だ、誰だ! 何しやがった!?」

 目だけこちらに向けてきました。

「お、おいこら何か言え!」

 お望みのとおり喋ってあげましょう。日本語で。

【その本をこっちに投げて】

 悪そうな人は本を投げて寄越すと驚愕の表情を浮かべました。

「ななな、何だ!? 何がどうなってんだ!? 魔法陣は?」

 彼は魔法陣がいらない魔法の存在を知らないのでしょうか。

 頼まれたことはこれでよし……いいえ、駄目です。まだ魔法を使える人がいるかもしれません。油断は禁物。

「てめえ、何しやがった!? オレのもん返しやがれ!!」

 ああもう、うるさいなあ。そんなに怒鳴らなくてもいいのに。

 ガサッと後ろで音がしました。振り向いてみれば、ナイフを持った盗賊がいましたあああああ!

「ぐっ」

 びっくりして、気が付けば杖で盗賊を殴っていました。盗賊は左腕を右手でおさえています。盗賊の手にナイフは握られていません。殴られて落としたのでしょう。おっと、盗賊を観察している場合ではありません。

【動くな】

 とりあえず動けなくしました。これで少しは安心です。魔法を使ってきた盗賊が騒いでいなかったらもう少し早く気が付けたかもしれません。今からでも黙らせておきましょう。

 盗賊二人を動けなくして、そのうち一人を黙らせて、ええっと、あとは……

【あなたとこの人以外に何人隠れてる人がいるか教えてください】

 ナイフを落とした盗賊に聞いてみました。……丁寧語になってしまったのは、盗賊の顔つきが凶悪で怖くて、その上エドワードさんとジークさんがそばにいないからですね。

「三人」

 そう口にした後に、盗賊は目を見開きました。勝手に口が動いて驚いたようです。

「お前、何しやがった?」

 そんなこと聞かなくてもわかるでしょうに。

【その三人がどこにいるかも教えてください】

「……?」

 あれ、答えが返ってきません。盗賊は不思議そうに私を見るだけです。丁寧語でも先程の魔法は効いたのですから、力が弱くて効かなかったということはないでしょう。つまり、この盗賊は仲間の居場所を知らないということです。

「何で仲間の居場所を知らないんですか」

「……」

 盗賊は何故か目をそらしました。

【言ってください】

「忘れた……ってお前何なんだよ! 無理やり喋らせてんじゃねえよ! どんな魔法だよ!」

 なるほど、忘れたことが恥ずかしくて言わなかった上に目をそらしたのですね。

 さて、どこかに隠れている盗賊たちを探しにいきましょう。私一人なのは少々不安ですが何とかしてみせます。ここにいる盗賊二人は、エドワードさんやジークさんなら殴って上手に気絶させるでしょうが、私にはそんなことはできないので、放置です。

 とりあえず付近を探してみようと思い、一歩踏み出してふと気が付きました。別に自分が動かなくてもいいのです。

 ちょっと恥ずかしいので木の陰に隠れて、

【隠れてる盗賊、出てきなさい!】

 思いっきり叫んでみました。結構遠くまで声が届いたと思います。ああ、こんなに大声を出したのはいつ以来でしょうか。

 すぐには何も起こりませんでした。少ししてから短剣を両手に持った盗賊が一人、混乱した様子で歩いてきました。

「体が勝手にーっ」

 勝手に動く体に抵抗しようとしているのか両腕を振り回していてとても危ないです。止めておきましょう。

【動くな】

 盗賊の動きがぴたりと止まりました。これで良し。

 「何をした」とか「ぶっ殺すぞ」とか叫ぶ盗賊たちを黙らせて、残り二人を待ってみましたが全然姿を現しません。私の魔法の届かない範囲にいるのかもしれませんし、林道の向こう側の林に隠れていて、魔法にかかって姿を現したところをエドワードさんとジークさんに倒されたのかもしれません。

 気が付けば辺りはすっかり静かになっていました。私の近くにいる盗賊たちは魔法で動けない上に話せませんし、他の盗賊たちも殴られたり蹴られたり少し斬られたりして静かにさせられたのでしょう。

 林道に戻ってみると盗賊たちは地面に倒れていたり、なんと木の枝に引っかかっていたりしていました。

 いつかの山賊の時と同じで、エドワードさんが見惚れてしまいそうになる素敵としか言えない笑顔でリーダーらしき人を踏んでいます。……エドワードさんは、人を踏むのが好き、なのでしょうか……。

「お、レイちゃんお帰り。体が勝手に動くって騒いでるやつがいたけどレイちゃんの仕業だね? 大声だったね。その本は?」

「……これは、その……う、奪ってきちゃいました……」

「魔法関係の本?」

「はい……」

「はは、本当にレイちゃんは魔法が好きだね」

 にこにこしているエドワードさんの足の下で、リーダーらしき人が疲れ切った声と顔で、

「嬢、ちゃん……俺、らの……もんを……奪う、なん、ざ……なかなかの、悪党、だな……」

「う……」

 ちょっと思っていたことをズバリ言ってくれるではありませんか。

「気にすることはないよ、レイちゃん」

 と、エドワードさんは優しい声と顔で言いながら、

「ひいっ……」

 リーダーらしき人の顔のすぐそばに剣を突き立てました。あ、リーダーらしき人の目に涙が。

「……これ、やるから……勘弁して、くれ……」

 リーダーらしき人がのろのろとポケットから何かを取り出して、静かにただ立っていたジークさんに渡しました。ジークさんはその何かを観察して少し首を傾げて、それをエドワードさんに渡しました。

「何だこれ?」

 エドワードさんはジークさんから渡された手の中の物を不思議そうに見ました。

「レイちゃん、これ何かわかる? 麦っぽい絵が描いてあるんだけど……」

 エドワードさんに渡された物は、

「お金です。……日本の」

 五円玉でした。昭和四十九年に造られたもののようです。

 ……あちらの世界のものがこちらの世界で見つかることに少し慣れてきました……。

「レイちゃんの国の? そんな穴があいてるのが?」

「はい。同じもの持ってます」

 財布から五円玉を取り出して、私のものとリーダーらしき人が持っていたものの両方をエドワードさんに渡しました。

「ちょっと違うところがあるよ?」

「それは造られた年が書かれているからです。私の方がちょっと新しいです」

「へえ。――おいお前、これをどこで手に入れた?」

 エドワードさんの質問にリーダーらしき人は震えながら答えました。

「こ、ここ、この辺り、で、拾った……」

「いつ?」

「せ、先月……。も、もう足どかしてくれよ……」

 涙目のリーダーらしき人にエドワードさんは冷たく言いました。

「お前、今の話聞いてたか? この子が簡単に出せるようなもので勘弁してもらおうって言うのか?」

「い、いいじゃねえか。じょ、嬢ちゃん、これで、何が買える?」

 うわ……盗賊に期待されているような目で見られる日が来るなんて。

 えーっと、五円で買えるものは……ああそういえば、いつだったかスーパーでもやし一袋が五円でした。

「もやし一袋なら」

「どれくらいの大きさの袋なんだい?」

 エドワードさんがそう聞いてきましたが、彼は私の答えがわかっているようで、意地悪そうな笑みを浮かべています。

「これくらいです」

 私が空中にもやしが入っている袋のつもりで四角を描くと、リーダーらしき人から力が抜けたのがよくわかりました。

「お前はこれだけのもやしで勘弁してもらえると思ってるのか?」

 エドワードさんがさらに冷たく言うと、

「うう……もうやだ……」

 リーダーらしき人は顔を伏せて何事かをぶつぶつ呟きだしました。いつかの山賊もこんな感じになっていましたね。

 そんなリーダーらしき人をエドワードさんは面白くなさそうに見て言いました。

「レイちゃん、こいつらを自首させてくれるかい?」

 その言葉にリーダーらしき人が顔をガバッと上げました。

「な、何するつもりか知らねえが、お、俺らは、じ、自首、自首なんてしねぞっ」

「それならここで動けなくして警察呼んでやろうか? 警察の前に魔物が来るかもしれないけどな」

「ど、どど、どうやってう、動けなくするつもりだ!? なな、縄なんかねえだろ!?」

「さっきから思ってたけどお前馬鹿だな」

 エドワードさんはやや呆れたように言って、突き立てたままだった剣を引き抜きました。

「馬鹿って言う方が馬鹿なんだ! いてっ、いでででっ」

 叫ぶリーダーらしき人をエドワードさんは強く踏みました。

「自首か放置かはレイちゃんに任せるよ」

「じゃあ……自首にします」

 リーダーらしき人に日本語で仲間と一緒に自首するように言うと、彼は自身が魔法をかけられたことを理解したらしく、

「この、        !」

 たぶん罵声を浴びせてきました。トロッター氏に何か言われた時のように聞こえませんでした。

 エドワードさんが少し怒った様子でリーダーらしき人の首に剣を近付けながら言いました。

「レイちゃん、殴っていいんだよ」

「何て言われたかわかりませんでした」

「そう。それは良かった」

 ようやくエドワードさんはリーダーらしき人の背中から足をどけました。



 とぼとぼと歩いていく盗賊たちを見送ってから、エドワードさんが五円玉を二枚差し出してきました。

「はい、これ返すよ」

「これは私のじゃないです」

 昭和四十九年と書かれている方を返そうとしましたがエドワードさんは受け取りませんでした。

「隠れてるやつらに対処してくれた報酬ってことで。ごめんね、少なくて」

「じゃあ、もらっておきます。――少なくないです。この本がありますから」

 盗賊から奪ってきてしまったこの本、『魔法基礎一(クオ皇国魔法研究所著)』にはどのようなことが書かれているのでしょう。後で読むのが楽しみです。

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