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金色の髪。

 翌日。

 朝早くにローラが宿までやってきて、彼女から、元どこかの勇者は日が昇ってすぐに村を発ったことを聞きました。

「昨日のお礼を持ってきたの」

 そして魔物退治のお礼として、

「ちょっと硬いけどお年寄りじゃないから大丈夫だと思うよ」

 茶色で丸くてちょっと硬い食べ物を貰いました。……どう見てもせんべいです。

「これね、せんべいっていうの」

 ああ、やっぱり。

「しょーゆって知ってる? その味がするよ」

「……大豆から作るしょっぱいやつ?」

「そう」

 鯛焼きで冷やし中華でだんごで次はせんべいですか……。こういうことがある度に「ヨーロッパ“風”」って強く思うんですよね……。



 お昼の少し前にこの国で三番目に大きい町――コルドに着きました。

「三番目のわりには田舎だなあ」

 大通りを歩きながらエドワードさんが呟きました。

 確かにこの町は三番目にしては規模が小さいかもしれません。ひまわり帝国程ではないにせよ、この国が小さいからでしょうか。

 十字路に差し掛かった時、見たことのある金髪美少女が反対から歩いてくるのが見えました。

 向こうもこちらに気付いたらしく、仲間と何やら相談した後にこちらに向かってつかつかと歩いてきました。

「剣ならもう無いわよ」

 金髪美少女――エイミーはいきなりそう言いました。

 エイミーたちは全員で十五人のはずですが、今は彼女を含めて五人しかいません。いくつかに分かれて行動しているのでしょうか。

「知ってるよ」

 と、エドワードさんが答えると、エイミーは「ああそう」とだけ言って立ち去ろうとしたので、

「ちょっと待って」

 私が呼び止めると、彼女は怪訝な顔をして振り返りました。

「何よ?」

「探してる人には会えた?」

 私の質問にエイミーはその綺麗な顔をつらそうに歪めました。歪んでいても十分綺麗です。さすがは“美”のつく少女です。絵になります。

「……まだ、会えてないわ」

 やっぱり、一ヶ月ほどでは会えませんか……。

「どこにいるのよ、レベッカ……ロイ……」

 エイミーが力なく呟いた次の瞬間、

「おーねーえーさーまー」

 姉を呼ぶ女の子の声が聞こえました。

「え……?」

 エイミーが驚きと期待が混ざった顔で声のした方を見ました。私もそちらを見てみると、金髪の女の子と、これまた金髪の少年が走ってくるのがわかりました。

「お姉様ーっ」

 金髪の女の子は通行人の合間を縫って走って……え、跳んだ!? 通行人を跳び越えた!? 大人一人を余裕で跳び越えたよ、あの子!

「お姉様ああああああ!」

「わっ、ちょ、レベッカ!」

 金髪の女の子――レベッカちゃんは叫びながら、ぎゅううう、とエイミーに抱き着きました。周囲の人が何事かと姉妹に目を向けました。

「お会いしたかったです、お姉様あああ! 寂しかったですううう!」

 レベッカちゃんに抱き着かれて最初は慌てていたエイミーですが、少しして落ち着いたらしく、ふっと優しげな顔になり、レベッカちゃんを抱きしめました。

「ごめんなさい、レベッカ」

「うう~、お姉様あ~」

 あらあら、レベッカちゃんたら泣いています。

 しばらくしてからレベッカちゃんはエイミーから離れ、

「さあ、お義兄様」

 そして金髪の少年にエイミーを譲りました。

 金髪の少年はエイミーの真正面に立ち、彼女の名前を優しく呼びました。

「エイミー」

「ロイ……」

 金髪の少年――ロイさんはエイミーを抱き締めました。

「会いたかった……!」

 抱き締められたエイミーは、驚いたのか動きを止め、顔を赤くしました。

「心配した。元気そうで良かった」

 ロイさんの言葉に、赤い顔が徐々に嬉しそうなものになっていきます。

 ううう……見ていたいけれど何だか恥ずかしくて見ていられないというか見たくないというか……でも気になるし……あ、あ、あああああ!

 両手で顔を覆ったところで、エドワードさんが不思議そうに聞いてきました。

「何でレイちゃんまで顔を赤くしてるんだい?」

「だってあの二人がっ! 本で読んでても、は、恥ずかしくなってくるくらいなのにっ、目の前で同じことが起こってっ!」

「……イリム語で喋ってほしいな」

 えっ? 私、日本語で喋っちゃった?

「え、えっと、に、日本人はあんまりああいうことしないんですっ」

「へえ。でもそこまで赤くなる人もそうはいないんじゃないかな?」

「う、確かにそうかもしれませんけど……」

 でもっ、でも! こんな近くで! 遠くならまだいいけどこんな近くでっ! あああ! 混乱する! 金髪美男美女カップルめ!

 心の中で叫んでいると、ぽん、と肩に手が置かれました。

「もう手を退かしても大丈夫だ」

 あ、ああ……ジークさんの感情のこもっていない声のおかげでちょっと落ち着く……。

 顔から手をはずしてエイミーたちを見ると、エイミーはついさっきまでの私と同じように両手で顔を覆い、ロイさんはほんのり赤い顔で空を見上げ、エイミーの仲間たちは微笑んでいたり羨ましそうにしたりしていました。

「お義兄さまったら、大胆ですわねっ。わたくしも……」

 両手を胸の前で組んで目を輝かせるレベッカちゃんに、エイミーをいつも宥めている人が話しかけました。

「レベッカちゃん、将来を約束した人は?――あ、私はルーシーっていうの」

「ルーシーさん、ですね。――わたくしにはまだいないんですの」

「じゃあ、気になる人は?」

「います……」

「あら、それは誰?」

 レベッカちゃんと、いつもエイミーを宥めている人――ルーシーという名前のようです――の会話にエイミーが入りました。

「それは、あの……」

 レベッカちゃんの視線がほんの一瞬、エドワードさんに向けられました。

「レベッカ、あなたまさか……」

 エイミーはそれを見逃しませんでした。彼女は青白い顔をして、震える手でエドワードさんを指し示しました。

「……あの男だと、言うの?」

 レベッカちゃんは何も答えずに赤い顔を俯けました。その様子に、エイミーは驚きや怒りなどいろいろな感情が混ざったような複雑な顔になりました。

「……レベッカ、ちょっと私たちと一緒に来なさい。ロイも!」

 エイミーはエドワードさんを睨み、様々な表情を浮かべる仲間たちと、姉が怒っているらしいことに気付いて不安そうにしているレベッカちゃんと、少し困ったようにしているロイさんを連れてどこかに行きました。

「ますます嫌われたなあ」

 エドワードさんがのんびりと呟いた直後、

「アレン・ハルクロードオオオオ!」

 レベッカちゃんたちが走ってきた方とは反対側から、そんな叫び声が聞こえてきました。周囲の人が、今度は何だ、とそちらを見ました。

 アレン・ハルクロード……エドワードさんのお父さんの名前ですね。

 声の方からこちらに向かってものすごい勢いで走ってくる金髪の男性がいます。歳は四、五十代でしょうか。

「覚悟おおおおお!」

 その人は叫びながらエドワードさんに斬りかかりました。

「人違いです」

 剣を剣で受け止めながらエドワードさんがそう言うと、

「他にそんなに顔の整ったやつがいるかあああああ!」

「すぐそばにいますよ」

 エドワードさんが右手だけで剣を持って左手でジークさんを示すと、その人はちらりとジークさんを見て、

「ぬ?」

 次いで目だけではなく顔も向け、

「赤ー!?」

 素っ頓狂な声を上げ、固まってしまいました。

 金髪の男性が叫ぶわ街中で剣を抜くわで彼とエドワードさんはとても目立っています。エドワードさんが存在を示したジークさんも目立っています。そのすぐ近くにいる私も自然と……うわあああ、視線が、視線が、視線があああああ!……今からでも他人のふりをしてみましょうか……?

 こっそり三人から離れようとしたのに、

「どうかしたか」

 ジークさんに気付かれ、さらには声をかけられてしまい、他人のふりをするわけにはいかなくなってしまいました……。

「えっと、その、ちょっと距離をとろうかな、って」

「何でだ。剣が怖いわけじゃないだろう」

 剣はいまだに怖いですよ? だいぶ慣れましたが。まあ、今回の理由が剣でないことは確かですけどね……。

「え、えっと、そのー……」

 まさか「あなたたちと一緒にいると目立って嫌だから」なんて言えません。言いづらいです。どう返そうかと考えていると、何を思ったかジークさんは周囲を見回し、それから私を見て言いました。

「目立っているのが嫌、か」

 ……私の性格をよくわかっているではありませんか。ここは正直に頷いておくとしましょう。

「遅くないか。離れるならあの二人が来た時点で離れるべきだったんじゃないか」

 ……そのとおりです。レベッカちゃんたちが走ってきた時点で、いえ、エイミーを呼び止めた時点ですでにそこそこ目立っていたことはわかっています。わかっていますともっ。

 また頷いた私を見たジークさんの目が何かを言っていましたが、私には読み取れませんでした。

 エドワードさんと金髪の男性に視線を戻すと、二人はいつの間にか剣を鞘にしまっていました。

「――とにかく、人違いです」

「ぬ……確かにやつにしては若い……」

 金髪の男性は、むむむ、と唸ったあと、

「貴様! やつの、アレン・ハルクロードの血縁者だろう!」

 ビシッとエドワードさんを指差して叫びました。

「だったら何だっていうんですか」

「やつは今どこで何をしている!? 答えろ!!」

「どっかで魔物でも斬ってんじゃないですか」

「何だその答え方は!? これだから最近の若者は……」

 金髪の男性はぶつぶつと何事かを呟きだしました。

「いきなり斬りかかってくるなんて、これだから最近のお年寄りは……」

 エドワードさんが小さくそう言うと、金髪の男性の額に血管が浮かび上がりました。エドワードさんの発言がばっちり聞こえていたようです。

「き、さ、まあああああっ!」

 怒った金髪の男性が再び剣を抜いたその時、

「こらー! 何をしている!?」

 誰かが怒鳴りました。

 怒鳴り声の方を見た金髪の男性は、「しまった!」という顔をしました。

「何事ですか!」

 全体的に紺色の服を着た二人組が走ってきます。同じものを着ているようです。何かの制服でしょうか。

 今日は誰かが走ってやってくる日ですね。

 紺色服二人は金髪の男性にすぐさま剣をしまわせました。

「街中で剣を抜くなんて、何があったんです?」

 紺色服の一人がエドワードさんと金髪の男性に聞くと、

「誰かと間違えられたみたいで……」

 エドワードさんは困ったような声と顔でそう言い、金髪の男性は気まずそうに目をそらしました。

 紺色服二人は金髪の男性からエドワードさんに斬りかかった理由を聞き出しました。

 金髪の男性が、エドワードさんのお父さんであるアレン・ハルクロードさんだと思ってエドワードさんに斬りかかった理由は、

「あいつが来なければ……っ!」

 約二十五年前、金髪の男性の婚約者がエドワードさんのお父さんに一目惚れしたとかで、婚約が解消されてしまったのだそうです。それに納得いかなかった金髪の男性は、どういう理屈か私は知りませんが、エドワードさんのお父さんに勝負を挑んだそうです。

 勝負に勝ったのはエドワードさんのお父さんでした。負けた金髪の男性は、自分が弱いから婚約を解消されても仕方がないと考えました。が、納得して終わり、にはなりませんでした。

「あいつは、あの剣には価値が無いと言ったっ!」

 エドワードさんのお父さんは、元どこかの勇者が持っていたあの金色の剣のことを、どのような経緯でかはよくわかりませんが、「ただ金色なだけで価値はない」と言ったそうです。これが金髪の男性には許せませんでした。金髪の男性はあの剣こそが聖剣だと信じて疑わなかったからです。怒った金髪の男性はエドワードさんのお父さんをぶん殴ってやろうと考えましたが、エドワードさんのお父さんに逆にぶん殴られて気絶してしまいました。目が覚めた時にはすでにエドワードさんのお父さんはこの町を去っていました。

 そして今日、金髪の男性は長いことぶん殴りたかった人をようやく発見し、剣を抜いて襲いかかったというわけです。

 話を聞いた紺色服二人は金髪の男性に言いました。

「気持ちはわからなくもありませんが、襲いかかったのは駄目ですね。しかも人違いですし」

「間違えた相手が腕の立つ人でよかったですな。彼が大怪我していたら今頃あなたは牢屋行き決定だ」

 そして二人同時に、

「謝りなさい」

 と、厳しく言いました。

 金髪の男性は少し考える様子を見せた後、

「すまなかった」

 頭を少し下げて謝りました。

 頭を下げられたエドワードさんは戸惑ったような顔をして、爽やかさがまったく感じられないくぐもった声で金髪の男性に頭を上げるように言いました。

 金髪の男性は頭を上げた後、紺色服二人に罰金を徴収されて、とぼとぼと帰っていきました。

「それでは我々もこれで」

「また誰かに間違われたら言ってくださいね。あ、署はこの道をまっすぐ行って金物屋のところを右に曲がってすぐです」

 「署」?…………あっ、もしかして、国によってあったりなかったりで、今までずっと見落としてきた「警察署」?

 やっと見つけた! と思っているうちに紺色服――警察官二人も行ってしまいました。

「貴族に頭下げられた……」

 エドワードさんが珍しくぼうっとしています。

 ジークさんを見ると、彼もまたぼうっとしています。

 このままだと通行人に迷惑をかけてしまうかもしれないので「端に寄りましょう」と二人に声をかけてみました。

 エドワードさんは「ああ、うん」と返事をして通行人の邪魔にならないように移動して何かを考え始めました。

 ジークさんは何も答えなかったので、もう一度声をかけてみましたが反応を示しませんでした。軽く腕を引いてみると、少しだけ不思議そうに私の方を見てからぼうっとした様子のまま移動しました。

 とりあえずエドワードさんとジークさんが元通りになるまで待とうと思い、町の様子を見ていたら、ジークさんに軽く腕を引かれました。彼はぼんやりした顔を私に向け、

「ひまになったからおしえてやろう」

 は? え? 「ひまになったからおしえてやろう」って、え? 「暇になったから教えてやろう」? いきなり何?

「あのきんいろのけんわ」

 ……「あの金色の剣は」?……って、あれ、ジークさん……

「ハルクロードのやつに作ってやったものの」

 ……ジークさんが、

「余りを混ぜて作って」

 に、日本語、を……

「金色にしただけだ」

 ジークさんが日本語を喋ったあああああ!?

「え、あ、え、えっと、あの、ジークさん?」

 自分でも何をジークさんに聞きたいのかよくわからないまま彼に声をかけて、ふと気が付きました。

 ジークさんを通して、何かが私を見ています。

 それを示す証拠はありません。でも、確かに何かが、ジークさんの向こうにいます。一体、何が……?

 私が、“誰かが”ではなく“何かが”と思うことを考えると、人ではないのかもしれません。となると、もしかして、

「神様」

 私の呟きにジークさんは、

「よくわかったな」

 と、やっぱり日本語で言いました。

 ああ、やっぱり神様か………………え。えええええええ!

「いきなりこいつが……日本語を喋りだして……驚いただろう……こいつはただ……俺の言ったことを聞いて……そのとおりに……声に出しているだけだ」

 ……それでところどころで途切れているのですね……。

「日本語の理由が知りたいか」

「え、あ、はい」

 あ、神様に対して声が出せました。直接話していないからでしょう。

「特に理由は無い」

 ……え? えええ? 「特に無い」って、え~……神様? 本当に神様?

「俺のこと疑うとは……たいした度胸だ」

 おおう、見透かされています。やはり神様なのですね。そして一人称は「俺」ですか。

「金色の理由は……貴族の象徴と……同じにしてやったからだ」

 「貴族の象徴」とはきっと金髪のことでしょう。

「貴族に作ってあげたんですか」

「頑張ってたからな」

 そう言ったきりジークさんは黙ってしまいました。

 しばらくしてからジークさんが、ぼんやりとではなくしっかりと私を見て、再び口を開きました。

「忙しくなったようだ」

 あ、イリム語に戻っています。

「聞き取りにくくなかったか」

「あ、はい。大丈夫です。ちゃんと日本語でした」

「そうか。よかった」

「何の話?」

 不思議そうにするエドワードさんに、ジークさんが神様が言ったことをそのまま声に出していたこと、金色の剣のことを話しました。

「そうかー。僕のひいひいひいひいじいさん……あれ、ひいひいひいひいひい? じいさんが理由はわからないけど神様に剣を作ってもらったってことか。――もうここにいる必要はないかな」

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