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金色の剣

 国境の壁を越えてから十日が経ちました。今は荷馬車に乗って移動中です。神の道具らしき物があるらしい、この国で三番目に大きいという町を目指して歩いていたところ、後ろから来た荷馬車に乗っていたおじさんが、その町に一番近い村まで乗せていってやる、と言ってくれたのです。

 このように乗せてもらうのは今日が初めてではありません。ただ単に親切心で乗せてもらったり、魔物などが出たら退治することを条件に乗せてもらったりします。もちろん親切で乗せてもらった時も魔物が出れば退治しています。

「それでね、お姉ちゃんは……」

 私の横に座って喋っているのはおじさんの娘のローラ。話の内容は彼女のお姉さんの恋愛のこと。ローラの話し方が良いせいか聞いていてとても面白いです。

「わたしもお姉ちゃんみたいな恋がしたいわ」

 ローラはそう言うと、エドワードさんとジークさんをちらっと見て、私にだけ聞こえるくらいの声で、

「ね、あなたはどっちが好き?」

 と、いきなり聞いてきました。

「どっち、って何……あ、エドワードさんとジークさんのことか」

 ローラと同じくらいの声の大きさで返すと、彼女は笑いながら「他に誰がいるのよ」と言いました。

「二人とも好き。優しいし強いし。いいお兄ちゃんが二人いるみたいで嬉しい」

「……お兄ちゃん?」

「うん」

「異性としては?」

「考えたことない」

「えーっ!」

 突然大声を出したローラをエドワードさんとジークさんが不思議そうに見ました。二人の視線に気付いたらしい彼女はごまかすように笑顔を二人に向け、それから私に視線を戻して再び小声で聞いてきました。

「何で? こんなにかっこいいのに」

「かっこいいからって好きになるとは限らないよ」

「それはそうだけど……」

 ローラが少々不満そうな顔をした時、

「うわっ!」

 おじさんが叫び、馬車が止まりました。

「木の陰から飛び出してきたんだ!」

 馬車から降りて前方を確認してみると、立派な黒い馬が一頭立っていました。

 大きめの体に美しい毛並。馬のくせに気品があるような気がします。

「速そうだね、あの馬」

 同じく馬車を降りてきたローラに言ったら、

「馬じゃなくて魔物でしょ」

 と返ってきました。そうでした、黒いから魔物でした。

「でも、あなたが『馬』って言っちゃうのもわかるわ。いかにも魔物です、って雰囲気が出てないもの。最近はこういう魔物が多い気がするわ」

 ……あなたの言ったこともあるけど、一番の理由は私が黒い生き物を見慣れているからだよ、ローラ。

 私が心の中でローラに向かって話している間に、エドワードさんが魔物を横から斬りました。

「ギャアアアアアアアアアア!」

 斬られるまで静かだった魔物の叫びはとてもうるさいもので、私は思わず杖を地面に落として両手で耳を塞ぎ、ローラは耳を塞いだうえに目をぎゅっと瞑りました。

「レイちゃんに魔物を黙らせてもらえばよかったよ……」

 そう言ったエドワードさんは顔をしかめていました。彼は誰よりも魔物の近くにいたのに、剣を持っていたせいで左耳しか塞げなかったようです。

 魔物が消え、再び荷馬車に乗ってからは私がローラと同じ名前の女の子の物語を話しました。ローラは話を聞きながら、後ろで一つにまとめていた髪をほどき、左右に三つ編みを作るとにっこり笑ってみせました。

「大草原の私はこんな感じかしら?」



 村に着いてから、ローラのお父さんをはじめとする村人たちに、すぐそこの山に魔物の巣らしきものがあるから、熱を出して寝込んでしまっている司祭の代わりにどうにかしてくれないか、と頼まれました。

 断る理由もないので、見習いの司祭だという少年(十二歳だそうです)に案内してもらって山に登ることにしました。

 登り始めて五分と経たないうちに、魔物の鳴き声みたいなのが聞こえた、とエドワードさんが言いました。それから三分くらい経ってから私にもそれらしきものが聞こえました。その後すぐに、バリバリ、と雷のような音が聞こえました。

 音のした方に行ってみると、うさぎに翼がついたような魔物の群れと誰かが戦っていました。その人は剣で魔物を切り裂いたかと思うと、あらかじめ用意しておいたらしい魔法陣を使って炎だの水だの電撃だのを魔物に浴びせ、襲ってくる魔物を叩き斬り……とにかく魔物に攻撃して攻撃して攻撃しまくっています。

「金色……」

 と、ジークさんが呟いたのが聞こえました。魔物と戦っている人の剣のことを言ったのでしょう。そう、彼の剣は金色なのです。

「おい! お前らそこで突っ立ってないで手伝え!」

 その彼の叫びに、返事をしたのは見習い司祭の少年でした。

「はっ、はいっ!」

 見習い君はせっせと魔法陣を描き始めました。が、エドワードさんに突然両耳を手で塞がれ、見習い君の手が止まりました。

「何するんですか?」

 不思議そうにする見習い君にエドワードさんはただ笑って、

「レイちゃん、任せた」

 とだけ言いました。

 はい、わかりました。魔法ですね。

【魔物、動くな!】

 ぴょんぴょん跳ねていたり、ばっさばっさと翼を動かして飛んでいたりした魔物は全て動きを止めました。

「ありがとな」

 と金色の剣の人は言って、魔物をどんどん斬ったり刺したりしていきました。エドワードさんとジークさんがそれを手伝いました。

 魔物の巣が消えたことを確認した金色の剣の人が、剣を鞘に戻してこちらに近付いてきて、やっとその人の顔をよく見ることができました。

 オレンジ色の髪に青い目。歳はジークさんと同じくらいでしょう。……あれ? どこかで見たことがあるような……うーん…………あっ! 思い出しました。この人は、草原でエドワードさんに剣で殴られたどこかの勇者です。

「俺のこと思い出したか? まあ、そう警戒すんなよ」

 彼は敵意がないことを示すように両手を軽く上げ、声を小さくしてこう言いました。

「勇者やめたから」

「え……。何でですか」

 私の質問に彼は、何故かちらっとエドワードさんを見てから答えました。

「……命令通りに動くのが嫌になった。ただそれだけ」

「はあ、そうですか。じゃあ、今は何を?」

「自由気ままに旅してる」

「相変わらず一人で?」

 そう聞いたのはエドワードさんです。

「……何か文句あんのか」

「別に。――ところで、その剣は……」

「やっぱり探してたか。残念ながら噂なんかとは違うようだぞ。ほら」

 元どこかの勇者は剣を鞘から出して見せてきました。

 金色に輝く刃には魔法陣を歪めていくつも組み合わせたような不思議な模様があり、ひびが入っていました。

「……これは、コルドで?」

「ああ」

 私たちがコルド――この国で三番目に大きい町に行こうとしていたのは、そこに神の道具と思われる金色の剣があるかもしれないと考えていたからです。

「百人の頂点に立ったのってあなたなんですか?」

 と、見習い君が元どこかの勇者にいきなりそんなことを聞きました。

「まあな」

「すごいです!」

 見習い君の目が輝きました。ヒーローに憧れる少年そのものです。

「百人の頂点に立ったってどういうことだい?」

 エドワードさんの質問に見習い君は興奮した様子で答えました。

「コルドで強い人を決める大会があったの、知らないんですか? 優勝した人には町長の家が保管してる剣が贈られることになってたんです。町長は、すごい剣だけどこのまま家にあっても使われないだろうから強い人に渡してしまえ、って思ったらしいです。それがこの剣なんです! この剣こそが聖剣だと考える人もいるんです!」

「でもひびが入ってるよ?」

「それは……」

 見習い君は困ったように元どこかの勇者を見ました。元どこかの勇者は、「わからない」と肩をすくめて答えるだけでした。



 日が沈む頃に村に戻りました。

 見習い君が教会に泊まっていけばいいと言ってくれましたが、エドワードさんがやんわりと断りました。でもそれは表面上のことで、エドワードさんからは「誰が異教の教会に泊まるか」という拒絶の意志を感じました。元どこかの勇者は泊めてもらうことにしたようです。

 宿で夕食を食べながら、

「似てたな……」

 とエドワードさんが呟きました。

「何が何にだ」

 ジークさんの質問に、エドワードさんは食事の手を止めて真剣な顔で答えました。

「僕の家に代々伝わってる剣があるんだけどさ、それにあの金色のが似てた。刃に模様があっただろ? そっくりだった。それから柄も鞘も。僕の家のはあんな金ぴかじゃないけど」

 エドワードさんの家に代々伝わる剣……なんだかすごそうです。

「そんなのがあるんですか」

「うん。二十五になったら父さんから譲ってもらうことになってる。……何であんなそっくりなんだ……」

 しばらくエドワードさんは何も話さず何も食べずにただ考えているだけでしたが、やがて口を開きました。

「明日、予定通りコルドに行こうと思う」

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