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金色の壁

「この家で合ってるよね」

 町の中心から少し外れた所にある、とある家の戸をエドワードさんが叩くと、中からどこにでもいそうなオレンジ色の髪の青年が出てきました。

 青年は最初にエドワードさんを見て、次にジークさんを見て目を丸くし、その次に私を見て「あ」と何かに気付いたかのような声をあげ、最後にまたエドワードさんを見て、にっこり笑いました。

「早いですね、勇者様。どうぞ中へ」


 ニールグ王国にはたくさんの人がいます。諜報員としてどこかに送り込まれている人もたくさんいます。どこにでもいそうなオレンジ色の髪の青年――キャロルさん(偽名)もその一人。


 キャロルさんのお家にお邪魔させてもらいました。一人暮らしらしいのに椅子が四つもあって不思議に思っていると、私の疑問に気付いたらしいキャロルさんが、もともとは二つしかなかったけれどよくお客さんが来るから二つ作って四つにしたのだと教えてくれました。

 椅子に座ってから気が付きました。この世界に来てから誰かの家に入ったのは初めてだということに。……なんだか急に変な感じがしてきました。家の中にいるのに靴を履いたままだなんて。

「異国だな」

 気が付けばそう口にしていました。「異世界」ではなく「異国」という言葉が出てきたのは、この家に魔法のような不思議なものが見当たらないからかもしれません。

「何か言ったか」

 小声だったので誰にも聞かれなかっただろうと思ったのに、私の前に座るジークさんには聞こえていたようです。

「……日本との違いを改めて実感したんです」

「……そうか」

 一瞬、ジークさんが憐むような視線を送ってきた気がします……。

「トロッターのやつがやたらと見目の良い若い男にぶん殴られたと聞きましたが、あなたの仕業ですか?」

 キャロルさんがお茶をテーブルに並べながらエドワードさんに質問すると、

「あいつがレイちゃんに向かって下品なことを言ったものだから、つい」

 エドワードさんは少し顔をしかめて答えました。“あまりにも下品な言葉”を思い出したのでしょうか。

「そうですか。まったく、あの男は……はぁ、何度本気出そうと思ったことか……」

 キャロルさんはお茶を飲みながらトロッター氏に対する愚痴を次々と並べました。おかげでよくまあトロッター氏もここまで嫌われたものだと妙な感心をしてしまいました。

「……昨日だって……っと、すみません、つい長々と愚痴ってしまいました。――越境の話をしましょうか」



 翌日。

 早朝にキャロルさんと一緒に町を出て、国境を目指して雑木林の中を進んでいると、ほのかに金色に輝く何かが目に入りました。

「あそこが国境ですか?」

 輝くものを指差してのエドワードさんの質問に、キャロルさんは頷きました。

「あれが昨日お話しした、境界線ならぬ境界壁です。私にとっては壁というよりは板ですが」

 私たち四人の他に誰もいないことを確認して、金色に輝くもの――境界壁に近付いてみました。

 境界壁は、「半透明の金色の光る厚めのガラス」とでも表現すればいいでしょうか。キャロルさんが“板”と表現したのもわかる気がします。あまり丈夫そうに見えません。高さは三メートルくらいで、右にも左にも長く長く延びています。境界壁の周りには木は生えていません。伐採されたようです。

 キャロルさんに「触っても大丈夫ですよ」と言われたので、そーっと壁を触ってみると熱くも冷たくもありません。つるつるしていてプラスチックを触っているような感じがします。

 昨日、キャロルさんに聞いたところによると、この壁は見た目通り簡単に壊せるものですが、人が通れるくらいの範囲を壊したら不審者捕獲用の魔法が発動するようになっているのだそうです。しかも自動修復機能付き。

「見ててくださいね。それっ」

 キャロルさんがどこからか取り出したナイフを掛け声とともに一閃させると、境界壁がほんの少しだけ切り裂かれました。切り裂かれた部分が強く光ったかと思うと修復が始まり、みるみるうちに壁は何事も無かったかのように元に戻りました。

「すごいですね」

 一体どんな魔法陣を描いてどんな呪文を唱えたらこんなものができあがるのでしょうか。

「本当によくできた魔法ですよ。これをなんとか盗……我が国に伝えられれば良いのですが。――ん?」

 何かに気付いたらしく、キャロルさんが振り返りました。同時に、

「ブモー」

 何かの鳴き声のようなものが聞こえました。私も振り返ってみると木々の向こうで黒いものが動いているのが見えました。あれは魔物ですね。こちらに近付いてきているようです。

「大きいですね。これはいい」

 キャロルさんが嬉しそうにそんなことを言いました。

「何がいいんですか?」

 エドワードさんの問いにキャロルさんはにっこり笑って答えました。

「あの魔物に壁を壊して捕まってもらおうと思いまして。私がいろいろといじるよりはいいと思います。以前、警備の者が話しているのを聞いたのですが、不審者捕獲用魔法が発動するのは八割野生動物か魔物が壁を壊した時だそうですから『なーんだ、また魔物か』で済むでしょうね」

 ああ、なるほど、魔物に壁を壊させて越境してしまえということですね。すぐに立ち去ってしまえば国境を警備する人が異変を察知して来たとしても、不審者捕獲用魔法で捕まっている魔物しかいないわけですから人が越境したと思われる可能性は低いかもしれない、と。

 キャロルさんが話している間に魔物が木が生えていない所まで来ました。

「ブモオオオオ」

 大きな大きな牛のような魔物です。三メートルはありそうです。こんなに大きくなくて角まで真っ黒でなかったなら、牧場にいたとしても私は何とも思わないかもしれません。

「ブモオオオオオオ!」

 赤色を見て興奮したのか魔物はジークさん目がけて突進しました! が、ジークさんは見事な跳躍力を見せて魔物を華麗に避けたので、

「ブォッ!」

 魔物が境界壁にぶつかり、バリン! と境界壁の一部が盛大に割れ、ぽっかりと穴が開きました。境界壁の一部だったものが金色の粒子となって空気に溶けていきます。

 境界壁の向こうはこちらと同じような風景です。雑木林を突っ切るように壁を作ったのでしょう。

「ブモオオォォ」

 境界壁に接するように地面に描かれていた魔法陣から数本の金色の縄が伸びて魔物を捕まえました。

「さあ、今のうちに」

 キャロルさんに促されて、縄から逃れようと暴れる魔物を横目にエドワードさん、私、ジークさんの順で境界壁をくぐり抜けました。境界壁に開いた穴は、エドワードさんが壁をくぐる時には大人が二人一緒に立ってくぐっても大丈夫なくらいの大きさだったのに、ジークさんがくぐり抜けた時には大人一人が少し屈んでくぐれるくらいになっていました。

「川を越えるまでは周りによく注意してください」

 魔物の鳴き声に負けないようにキャロルさんが大きめの声で言いました。

「はい。ありがとうございました」

 エドワードさんがお礼を言うとキャロルさんは嬉しそうに笑いました。

「いいえ、私は私のすべきことをしたまでです。と言っても、ほとんど何もしてませんが……。それでもお役に立てたのなら、嬉しいです。応援しています、勇者様」

 


「よく笑う人だった」

 警備兵に見つからないように雑木林を進み、小川を跳び越えたところで、エドワードさんがぽつりと呟きました。

「本当に普通の人にしか見えなかった。壁を切ったのを見て、この人は強いんだって思い知ったよ」

 いきなり何の話かと思えばキャロルさんの話のようです。確かに彼はよく笑っていました。

「見抜けないなんて僕もまだまだだなあ。……父さんに知られたら、笑われそうだよ……」

 エドワードさんの口から出た「父さん」という言葉を聞いて、以前から聞こうと思っていたのに聞くのを忘れてしまっていたことを思い出しました。それを今聞いておきましょう。

「あの、エドワードさんのお父さんって、旅してたんですよね」

「うん。強くなるためにね」

「どうやって国境を越えたんですか」

「あー……なんか、強引に、力尽くでいったらしいよ」

 ああ、やっぱり。なんとなく、そうだろうと思っていました。

「本当に豪快な人ですね」

「まあね。一緒に旅した人に『お前は豪快すぎる』って何度も言われたって。その人も結構派手なことやってたみたいだけど……あ」

 エドワードさんが急に立ち止まりました。どうしたのかとジークさんに聞かれたエドワードさんは、溜め息をついてから再び歩き出しました。

「……ずっと前に父さんに言われたことを今になってようやく思い出したんだ。『お前は俺に似たから、外国に行ったら気を付けろよ』って言われた。かなり恨まれるようなこと何度もしたみたいでさ……」

 えー。エドワードさんのお父さんは一体何をしたのでしょう。不法入国以外にもいろいろと悪いことをしてしまったのでしょうか。

「何をしたんですか」

「盗賊団を壊滅させたり、悪徳領主をボコボコにしたり……王族をぶん殴ったりしたらしい」

 なあんだ、別に悪いことばかりしたわけではないのですね。安心しました。

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