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 思ったとおり雨が降ってきました。今日も木の下で雨宿りです。今回の木は立派ではないので雨をあまり防いでくれません。これ以上雨がひどくなったら折りたたみ傘をさすつもりです。

 雨に打たれるひまわりをぼんやりと眺めていると、ひまわりの隙間から黒いものが見えました。黒いものはどんどんこちらに近付いてきます。

「待ちなさーい!」

 と、女性の声がしました。この雨の中魔物を追いかけている人がいるようです。

「ブオー!」

 大きい豚のような魔物がひまわりを蹴散らして走ってきます。豚というよりは猪といった方がいいでしょうか。よし、止めてしまおう。

【止まれ!】

 魔物がピタッと止まりました。そこに剣を持った女性が走ってきて、

「覚悟ー!」

 と叫んで魔物を斬りました。魔物は自分が消えることを覚悟したでしょうか。

 女性は剣をしまうと、向き直って私を見ました。

「止めてくれてありがとうね。助かったわ」

「どういたしまして」

「それにしても」

 女性は魔物に蹴散らされたひまわりを見て溜め息を吐きました。

「せっかくのひまわりが台無しになっちゃったわね」

「でも、まだひまわりはいっぱいあります」

 この国にひまわりがどれだけ生えていることか。

「そうね。ちょっとくらいいいわよね。……ところで」

 女性はくるっと回ってエドワードさんの顔をじっと見ました。

「ねえ、あなた、アレン・ハルクロードっていう人を知らない? あなたに似ているのだけれど」

 女性の問いにエドワードさんはなんとも言えない顔をしました。

「知ってるみたいね」

「……父親です」

「やっぱり! 本当によく似てるわ。顔だけじゃなくて声も似てるかもしれないわ」

 エドワードさんはほんの少しだけ嫌そうな顔をしました。

「……そうですか」

「彼は元気? 今何してるの?」

「……元気です。よく魔物退治してます」

「すごいわよねあの人。顔がいいし強いし。私の故郷にいた時にはあの人の周りにはいつもたくさん女の子がいたわ。男の子にも人気があったわね。きっと他の所でもそうだったんでしょうね」

「……そうだったみたいですね」

「そうそう、いつかは故郷に帰って幼馴染みと結婚するって言ってたけど無事結婚できたの?」

「……はい」

「あなたも女の子に囲まれたりする?」

「……たまに」

 今のところエドワードさんが女性に囲まれているのは見たことがありませんが、いつかは見ることになるのでしょうか。

 雨がやむと女性は首都の方へ去っていきました。

「エドは父さんが好きじゃないのか」

 そうジークさんが尋ねると、エドワードさんは首を傾げました。

「何でそんなこと聞くんだ?」

「嫌そうにしてたから」

「顔に出てた?」

「少し」

「そうか……」

 エドワードさんは遠くを眺めて歩きながら、独り言のように話し始めました。

「父さんが嫌いっていうか、僕が父さんに似てるのがちょっと嫌なんだ。父さんのことは、好きじゃないけど嫌いでもない……どちらかといえば嫌いかもしれない。でも、父さんみたいになれたらいいって思うこともある。なりたくないって思うこともあるけど」

「エドワードさんのお父さんってどんな人なんですか」

「んー……豪快ですごく強くて頭もそこそこ良くて頼れる人。心配するだけ無駄。勇者みたいって小さい頃によく思ったよ」

 嫌いと言う割には誉めていますね。

「でも、父さんは勇者じゃないんだ。口が悪いし、母さんのことが自分の命より大切とか言ってるくせによく女性に囲まれて嬉しそうに笑ってるし、十歳の子供を魔物の群れに放り込むし。鍛えてくれたことには感謝してるけど、やり過ぎだと思うんだよ。僕の一番古い記憶は特訓で父さんに泣かされた時のものなんだよ」

「二、三歳から鍛えてるってことですか?」

「そういうことだね。掴まらずに歩けるようになった頃から僕を鍛え始めたって父さんは言ってたけど、母さんによると、僕がただ家の中を歩き回るのを見て楽しんでただけだって」

 家の中を歩き回る小さいエドワードさん……

「どうした? 僕の顔に何かついてる?」

「あ、えっと、ごめんなさい。小さい頃のエドワードさんってどんなかなって思って……」

 いつの間にかエドワードさんの顔を見つめてしまっていたようです。ああ恥ずかしい……。

 エドワードさんは今はとてもかっこいい人ですが小さい頃はどんな感じだったのでしょう。小さい子は大抵はかわいいですがエドワードさんは特にかわいかったのでしょうか。それとも成長してから顔の良さが際立っていったのでしょうか。

 容姿も気になりますが性格も気になります。今は爽やかな人ですが小さい頃からそうだったということはないでしょう。

「小さい頃か……覚えてないことは誰かに聞くしかないからなあ」

 誰かに聞くしかない……自分の過去の姿が見られないということですね。あ、誰かが絵に描いて残っていることもあるでしょう。ですが私は、絵より写真がいいです。ビデオなどの映像があればもっといいです。白黒ではなくカラーだともっともっといいです。この世界にカメラが登場するのはいつでしょうか。



 二日後、国境を越えました。これでたくさんのひまわりともおさらば……ではありません。この辺りは昔はメラディア帝国のものだったそうで、その名残でひまわりがたくさん生えているのです。

 雨宿りの時にあの女性から聞いたのですが、メラディア帝国が“ひまわり帝国”になったのは、賢者がひまわりが好きで、当時の皇帝が城の庭にひまわりを植えさせたのがきっかけなのだそうです。

「国中に愛が広まるなんて素敵よねえ……」

 と、彼女はうっとりしていました。

 どんどん道を進んでいくと、ひまわりが減っていきました。代わりに他の花が咲いています。花を見ながら歩いていると、ブン、と耳もとで音がして黒いものが一瞬見えました。蝿ではなくきっと蜂……いいえ、黒いから魔物です! 蜂のような魔物ならば刺してくるかもしれません。魔物め、どこに飛んでいった?

「レイちゃん、どうした? 何か探してる?」

「黒いものが見えたから魔物がいるんじゃないかと思って」

「どんなの?……あ、いた」

「どこですか」

「あの青い花のところ。あ、もう一匹いる」

 エドワードさんが指差す先には青い花がたくさん咲いていて、そこに二匹の魔物がいます。蜂のように蜜を集めているのでしょうか。そういえば魔物が何かを食べているところを見たことがありません。

「魔物って何食べてるんですか」

「魔物」

 はい? 魔物?

「それって、共食いですか」

「うん。魔物は何も食べなくてもやっていけるものなんだけど、仲間を食べることがごくまれにあるらしいよ」

「どうして食べるんですか」

「食べると強くなるんだってさ。勇者が活躍してた頃にはそういうのはいなかったらしいけど」

 昔にはいなかったということは、以前誰かが言っていたように、魔物が進化したということでしょうか。

「人間は食べないんですか」

「うん。子供のしつけのために『悪い子は魔物に食べられるぞ』って言う人が多いけどね」

「でも、いかにも『食べてやるっ!』って感じの目で見てきますよね、魔物って」

「そうだね。あいつら何考えてるんだろうね。あ、飛んでくる」

 花々の間を飛び回っていた魔物が二匹ともこちらに向かって飛んできました。

【落ちろっ】

 咄嗟に魔法を使うと魔物は地面にボトッと落ちました。

「レイちゃんが一緒だと僕は楽過ぎて弱くなりそうだよ」

 そんなことを言いながらエドワードさんは魔物の一匹を踏みつけました。

「それは良くないな」

 と言いながらジークさんがもう一匹を踏みつけました。エドワードさんが足をどかしてみると魔物はピクピクしていました。しばらく様子を見てみましたが、ちっとも消えません。ここは首都から遠いのでこの魔物はそれなりに丈夫なのでしょう。

「しぶといやつめ」

 エドワードさんがもう一度踏みつけて、しばらくしてから足をあげると、魔物が空気に溶けていくところでした。一方、魔物を踏みっぱなしだったジークさんが足をあげると、魔物は一度だけピクッとしたきり動かなくなり、空気に溶けていきました。

「刺されなくてよかった」

 安心したようにそう言いつつも、エドワードさんは真剣な顔で辺りを見回しています。何かを探しているようです。

「どうしたんですか」

「さっきの魔物、蜂っぽかったよね。だから、どこかに巣があるかもしれない」

 魔物の巣……やっぱり真っ黒なのでしょうか。

「魔物の巣なんて聞いたことがない。そんなものがあるのか」

 と、尋ねるジークさんに、エドワードさんは答えました。

「父さんは、それらしきものを見たことがあるって言ってた。鳥みたいな魔物の近くに鳥の巣みたいな真っ黒なものがあって、魔物を倒したらそれも一緒に消えたってさ」

「どうしてその話は広まってないんだ」

「それがさあ、その時父さんはまだ五歳で、巣らしきものを見たのは父さんだけだったから信じてもらえなかったらしいんだ。父さんだって、自分が本当に巣を見たっていう自信があんまりないようだし」

 その時ってどの時? 魔物を倒したら巣も一緒に消えた時?

「……エドワードさんのお父さんは、五歳で魔物を倒しちゃったんですか?」

「うん」

 えええええ!

「どうやって?」

「石を投げたら当たったんだって」

 親子揃ってすごいですね。

「そんなところまで似たんだな」

 と、ジークさんが言うと、エドワードさんはやや機嫌を悪くしたようです。

「別にそういうわけじゃない。……あーあ、何で父さんにこんなに似ちゃったかな……」

 溜め息を吐くエドワードさんに、

「いいじゃないか。家族に似てる人がいるのは羨ましい」

 と、ジークさんは少しだけ寂しそうに言いました。

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