思う。
広場では皇女が目を輝かせてジークさんと話していました。大勢の人が二人を取り囲んでいます。
「何があったんですか」
「魔人を追いかけて広場に来て倒して、さっさとレイちゃんの所に戻ろうとしたんだけど、皇女様がジークと話がしたいっておっしゃってね。断れなくてこんなことになってるんだよ」
皇女がこんな所で立ち話などしていていいのですか? 演説は?
エドワードさんの説明はまだ続きます。
「こんなに注目されてるのはそれだけじゃないんだ。この広場は何ていうか知ってる?」
「知らないです」
「“出会いの広場”っていうんだ。勇者と賢者が会ったのがここなんだって。しかも皇女様は賢者の子孫らしいよ」
え、何それ。
「だから今、『勇者と賢者が再び出会った』ってことになってる。で、ジークが困ってるみたいだからレイちゃんに来てもらおうと思ったんだ。ジーク!」
エドワードさんに呼ばてジークさんが振り向いて、私はとても驚きました。何故ならジークさんはいつもの無表情ではなかったからです。彼は少し困ったような顔をしていました。初めて見るのが困り顔とは……どうせなら笑顔がよかったです。
「もう一人いる!」
と誰かが叫んだのが聞こえました。一気に私に視線が集まったのを感じました。うわあああ、ただでさえいつも複数の視線を感じるのに今はもっとすごいことに……!
私を見た皇女はさらに目を輝かせ、護衛が止める間もなくこちらに駆け寄ってきました。私の近くにいた人々がエドワードさんを除いてみんな、さーっと離れていきました。
皇女は少し真剣な顔をして言いました。
「レイさんですね? 魔法語が得意だとジークさんに聞きました。私は少しだけ魔法語を話せます。でもあんまり自信がないので、あっているかどうか聞いていただけますか?」
もしかしたら久しぶりに日本語で会話できるチャンスかも。そう思って日本語で「どうぞ」と言ったら、皇女は首を傾げました。
「今何て言いました?」
「どうぞって言いました」
「じゃあ、話します」
皇女は一度深呼吸してから口を開きました。
「こんばんは。わたし、の、なまえ、は、アミーリア、です。わたしは、いっさい、です」
ああ! 呪文以外で誰かの口から日本語が出てくるなんて!
「どうでした?」
皇女はイリム語に戻してそう聞いてきました。
「お上手です。でも、今は真っ昼間だから『こんばんは』じゃなくて『こんにちは』です。あと、『一歳』じゃなくて『十歳』です」
皇女はポカーンとなりました。
「何ておっしゃったんですか?」
へ?……あ、私、思わず日本語で答えていました。皇女には難しかったようです。イリム語に直して伝えると、皇女は首を傾げました。
「どうして『いっさい』は駄目なんですか?」
「『一歳』って意味だからです」
「私は『子供』って意味だとお父様に教わりました」
皇帝め。あ、いや、皇女が間違って覚えたのは皇帝のせいとは限りませんね。皇帝も間違って教わってしまったのかもしれません。
「賢者から代々教わってきたんですか」
「そうです。賢者様は魔法語をちゃんと理解していて、魔王を倒した後に当時の皇帝と結婚して子供を生んで、その子供たちに魔法語を教えたんです。でも、今では誰もさっきのレイさんみたいには話せませんし、聞き取れません。レイさんは、魔法語を誰に教わったんですか?」
「周りの大人たちです。あ、あと本とかテレ……」
おっと危ない。「テレビ」と言うところでした。
「てれ?」
「……テレサさんが」
嘘は言ってません。いつか読んだ本の作者がテレサなんとかさんだったはずです。テレサなんとかさんは外国人ですが日本語で本を書いて出版したのです。
「その人はどこにいるんですか? 会ってみたいです」
「とても遠くにいるので会うのは無理だと思います」
テレサなんとかさんは日本に住んでいるはずですが、さて、日本のどこでしたっけ。うん、まあ、どうでもいいことですね。
ところで、私はいつまで皇女の相手をすればいいのでしょう。大勢の視線が向けられているのも嫌ですが、騎士たちの「皇女に危害を加えたら許さん!」と言わんばかりの視線が痛いし怖いです。
「それならレイさん、私たちに魔法語を教えてくれませんか? お父様もお兄様もお姉様も私も、もっと魔法語を知りたいです。今のままでは賢者様の子孫として恥ずかしいです」
皇女が期待に満ちた眼差しでこちらを見つめてきました。
「……ごめんなさい」
「駄目、ですか……」
私の答えを聞いた皇女はしゅんとなりました。
「私は旅をしています。ここにとどまるわけにはいきません」
というのもありますが断る理由は他にもあります。人に何かを教えるなど私にはできません。まして皇帝とその子供たちが相手なんて無理に決まっています。
それに、教えるのなら私の魔法の練習に付き合ってくれた人たちに恩返しとして真っ先に教えたいです。特にエリエント先生に。
それからもう一つ。私は、皇女が賢者の子孫であることが信じられません。
「そうですか……」
残念がる皇女に、
「姫様、帰りますよ」
と、氷の人が言いました。やった! これでもう皇女の相手はおしまいです。
「え、でも、演説は?」
何言っているのですか皇女様。
「演説を放っておいて赤毛二人と話をしていたのはあなたです」
「……ごめんなさい……」
氷の人に言われて皇女はますますしゅんとなりました。
皇女が馬車に乗って帰っていくと式典の見物に来ていた人々も次々と広場から去っていきました。が、まだまだ人が残っていて私とエドワードさんとジークさんを遠巻きに物珍しそうに見てきます。ジークさんが赤毛なのでいつもそれなりに目立ちますが、今日ほど目立ったことはないと思います。皇女と話していたことが原因でしょう。あと、今日の私は赤毛らしいことも関係しているようです。ああ、人のいない所へ行きたい。
首都から出ました。街道の通行人が思ったよりも少なくてちょっぴりほっとしました。
遠くに大きな入道雲が見えます。今日もまた木の下で雨宿りすることになるのでしょうか。
「やっぱり関係あった」
ぽつっとジークさんが呟きました。
「何が?……ああ、この国と賢者のことか?」
そうエドワードさんに聞かれたジークさんはこくりと頷きました。
「……賢者の子孫だっていうのは信じられないけど」
「そうだよな。誰かの子孫を名乗るやつなんていっぱいいるし。……でも、魔法語を喋ったよな。ちょっとだけだけど。レイちゃんはどう思う?」
「私も信じられないです」
もしも本当に賢者の子孫だとしたら日本語をもっと話せてもいいと思います。それに、「一歳」を「子供」の意味で使っているとなると自分の年齢を言うこともできないのでしょう。一から十まで言えるかもあやしいものです。あの皇女がまだ勉強不足なだけかもしれませんが。このことを伝えてみると、
「じゃあ、レイちゃんは、皇女様が上手に魔法語を話したら信じた?」
と、エドワードさんに聞かれ、それに私は、
「それはないです」
気が付けば即答していました。
「何で?」
え……何故かと聞かれても……
「……なんとなく……」
としか言えません。ただなんとなく、勇者を女性だと思っていたように、あの皇女が賢者の子孫のはずがないと思うだけです。




