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「勇者って、男の人ですよね」

 翌朝、食堂でエドワードさんとジークさんに聞いてみました。

「そうだけど、それがどうした?」

「私、なんだかわからないんですけど、勇者のことを女の人だと思ってたんです。男の人だと理解していたはずなんですけど」

「へえ。それで全体的に変だって言ってたんだね。何かと混ざっちゃったのかな」

 たぶんエドワードさんの言うとおりなのでしょう。どの情報が勇者の情報と混ざったのかは不明です。もしかしたらいくつも混ざってしまったのかも。



 お昼過ぎに、宿の部屋の窓から外を見てみれば、大通りには人が集まってきていました。

 何故まだ首都にいるのかというと、皇女お披露目式典を見物してから発つ予定だからです。

 そろそろ皇女を載せてお城を出発した馬車が来るでしょう。皇女はこの宿の前の大通りを通って近くの広場に行き、そこで演説するのだそうです。まだ十歳なのに演説するとは立派なものです。

 荷物をまとめて外に出て、人々に混ざってみました。あ、暑苦しい……。人が多すぎます。

「皇女は人気なんですね」

「というより皇帝陛下が人気なんじゃないかな。皇女様は今日初めて姿を見せるわけだし。それにお目当ては皇女様だけじゃないみたいだよ。あそこの女の子たちが話してること聞こえない?」

 エドワードさんが指差す方には高校生くらいの女子が集団でいて、楽しそうに会話していました。

「……様…………かしら?」

「…………と思うよ」

「……素敵よね。あとレナード様と……も」

「私はラドフォード様と……が好き」

「かっこいいよねー」

 まわりがうるさくてよく聞こえないけれど、皇女の話ではないようです。

「何の話をしてるのかわからないんですけど……」

「皇女の護衛の騎士の話をしてるんだよ。見目麗しいのがたくさんいるんだって」

 なるほど。

 わぁっ、という歓声が聞こえました。馬に乗って立派な服を着た騎士らしき人たちがゆっくりと来ると黄色い声が上がりました。確かに騎士たちは男女共に見目麗しいです。

「マリアもああいう格好が似合いそうだよね」

「そうですね」

 マリアさんにはスーツとか軍服みたいなビシッと決まる服が似合うと思います。あ、でも、華やかなドレスも似合うかも。

 豪華なオープンカーならぬオープン馬車が来ました。「アミーリア様ー!」「お誕生日おめでとうございまーす!」などと人々が叫んでいます。馬車に乗った長い金髪の女の子がはにかみながらあちこちに手を振っています。あの子が本日の主役の皇女アミーリアでしょう。

 ふっと皇女の手がとまりました。皇女はこちらをポカンとした顔で見ています。きっとジークさんを見て驚いたのでしょう。皇女はしばらく固まっていましたが、馬車と並走していた騎士に何か言われたのか、慌てて再び手を振りだしました。

 馬車の後ろにも護衛がいて、またまた黄色い声が上がりました。うわー美形だらけー……え、あ、あっ!? あの氷のような勇者がいます! 彼を見ていたら暑さが和らいだような気がします。

「騎士だったんだな」

 ジークさんがぽつりと呟いたのが聞こえました。

 おっと、氷の人と目が合ってしまいました。

「もう行こうか」

 エドワードさんの提案に私とジークさんは即賛成しました。

 人混みから抜け出し、人気のない裏道を歩いていると、ものすごーく怪しい黒ずくめの人を発見しました。まるで「私は暗殺者です」と言っているようです。建物の陰に隠れて黒ずくめの様子を窺ってみます。黒ずくめは私たちには気付いていないようです。

「何だあいつ」

 エドワードさんの呟きにジークさんが答えました。

「皇女を狙う暗殺者だろ」

「あれが? 夜ならともかく昼間にあんな格好してるのが暗殺者?」

「作戦の一環だと思う」

「そうか。レイちゃんはどう思う?」

 何故私に聞くのですか?

「普通の人ではないことは確かだと思います」

「そうだよね。……捕まえてみようか」

「警備のやつに知らせた方がいいと思う」

「それもそうか。じゃあジークとレイちゃんはここであいつを見張ってて。僕は呼んでくるから」

 エドワードさんは走っていきました。

 広場ではそろそろ皇女の演説が始まるでしょう。

 黒ずくめは何をするわけでもなくただ立っています。ああいう格好の人って本の中ではひとっ跳びで屋根まで上がれたり関節をはずしたりできるのですが、あの黒ずくめはどうでしょうか。

 突然、黒ずくめは手を上げたり下ろしたりしました。何かの合図でしょうか。次は足を曲げたり伸ばしたりしながら腕を振っています。あの動き……見覚えがあるのですが。

「何やってんだあいつ」

「たぶん準備運動です」

 黒ずくめは体を左右に大きく曲げました。

 どうもあの黒ずくめは、ラジオ体操をしています。ときどき変な動きをしていますが、あれはラジオ体操第一です。

 まだかまだかとエドワードさんを待っているうちに、黒ずくめはゆっくりと手を下ろし、ラジオ体操第一を終えてしまいました。さあ次は何? 第二? 行動開始?

 黒ずくめは念入りに屈伸すると、一階建ての建物の屋根にぴょーんと跳び上がりました。おお、この目で人があんなに高く跳ぶのを見る日がこようとは。ああファンタジー……。

 ふっと広場の方から聞こえていた音がしなくなりました。皇女の演説を聴くために静かになったのでしょう。

「お前はここにいろ」

 ジークさんの声が聞こえたかと思うと、彼はもう私のそばにはおらず、走っていました。先程まで黒ずくめがいた辺りで彼もまた屋根まで跳び上がりました。

 ここでやっとエドワードさんが騎士を二人連れて戻ってきました。

「黒いのとジークは?」

「あそこです」

 少し目を離した隙にジークさんと黒ずくめは屋根の上で戦いを始めていました。

「僕も行ってくるよ」

 エドワードさんも軽々と屋根まで跳びました。あの人たちの脚はどうなっているのでしょう。

「あいつ何者?」

 騎士の一人がエドワードさんを指して聞いてきました。エドワードさんは未来の勇者ですが、今は……

「えっと……すごい人?」

「それはわかるよ。肩書きとか異名とかない?」

「聞いたことないです」

「じゃあ、あっちの赤いのは?」

「あの人のも聞いたことないです」

「そう。……もしかして君もあそこまで上がれたりする?」

「無理です」

 あんな高く跳べたら楽しいでしょうね。

「逃がすかっ!」

 と、エドワードさんが叫ぶのが聞こえました。エドワードさんとジークさんを相手にしてまだ倒されていないとは。あの黒ずくめは結構強いようです。

 広場の方が騒がしくなりました。悲鳴が聞こえます。もしやあの黒ずくめが皇女を殺しにいったのでは。

 騎士二人は私にここにいるように言うと広場の方に走っていきました。

 悲鳴や怒声を聞きながら日陰に座って、どこからかやってきた白猫と遊んでいたら、話し声が聞こえました。

「何なんだよあの黒ずくめは。邪魔しやがって」

「そんなことよりあの寒いのがいるなんて聞いてないぞ」

 建物の陰からそっと見てみれば、年齢も性別もバラバラな人たちがいました。

「仕事に失敗するなんて初めてだ」

「黒いのと寒いのも邪魔だったけど、赤いのと青いのも邪魔だったよな」

「本当だよ。何なのあれ」

 広場の方から聞こえていた悲鳴や怒声や罵声が消え、何故か拍手が聞こえてきました。

「ねえ、あの黒いのの目をみた?」

「いいや」

「……黒かったわ」

「……は? 魔人だっていうのかよ?」

「間違いないと思う。強かったし」

 あの黒ずくめは魔人だったのですか!

 猫と遊ぶ手をとめて会話を聞いていたら、

「にゃあ」

 かまってほしいのか猫が鳴き、年齢性別バラバラ集団の一人が振り向きました。おおっと。私は慌てて建物の陰に引っ込みました。あの集団に見つかってはいけない気がしたのです。

「何かいる」

「猫だろ」

「いいや、人間だ」

 うっ、見つかっていましたか。姿を確認したらすぐに引っ込んでおくべきでした。

「消すか」

「別に聞かれてもいいことだけど、まあ、一応消しとけ」

 うわあああ! 会話の内容からしてこの人たちはきっと暗殺者集団ですよ!

 足音が近付いてきます。ああどうしましょう! 逃げてみる? いや待て。落ち着け私。幸い私には魔法がある。

【来るな来るな来るな】

 旅に出た日のように何度も何度も呟いてみます。

【来るな来るな来るな来るな来るな】

 足音がしなくなりました。人が自分の意志で止まったとか足音を消したのではありませんように。

「何やってんの」

 声と共に別の足音が近付いてきます。

【来るな来るな来るな来るな来るな】

「あれ、進めない」

 不思議そうな声が聞こえました。

「どうなってんの、これ」

「たぶん魔法だ」

「えー、こんな魔法知らないよ」

 よし、効いてる。でも、いつまでこうしていればいいのやら。あ、そうだ!

【帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ】

「うわ、何、どうなってんのっ」

 足音が遠ざかっていきます。しばらくしてから周りの様子を窺ってみましたが誰もいないようでした。ああ良かった。

「助かったよ、猫ちゃん」

 と言ったら、猫は「良かったね」と言うように鳴きました。

 それからしばらく猫と遊んでいたら、足音が聞こえてきました。誰だと思って見てみれば、エドワードさんでした。

「変なやつとか来なかった?」

「来ましたけど追い返しました。ジークさんはどうしたんですか」

「広場にいるよ。行こう」

「はい。……あれ」

 猫の姿が見えません。

「どうかした?」

「さっきまで猫と一緒にいたんですけど、もう行っちゃったみたいです」

 さよならを言おうと思ったのに。

 猫ちゃん、遊んでくれてありがとう。一人で心細かったから来てくれて嬉しかったよ。

「さっき拍手が聞こえましたけど、魔人を倒したからですか」

 広場に向かいながらエドワードさんに聞いてみました。

「うん。あれ、あの黒ずくめが魔人だって知ってたのかい?」

「変な人たちが話してました」

「その変な人たちっていうのは?」

「暗殺者集団だったんじゃないかと思うんです……。『仕事は失敗だ』とか『邪魔された』とか言ってました。あと、私がいることに気付いて私のこと消そうとしてました」

「そんなやつらを追い返したのか。すごいよレイちゃん」

 誉められるのは嬉しいものです。

「魔法が効く相手で良かったです」

 あの集団が魔法に強かったら、私は今ごろどうなっていたことか。

「レイちゃんの魔法が効かないやつっているかな」

「エイミーは護符を持ってるので効かないと思います」

「そのことなんだけど、あれはあの子が、効かないって言ってるだけだよね。頑張れば効くんじゃないかって最近思うんだ。それにさ、世界一を目指すなら無理だと思う前にやってみるべきだと思うよ」

 確かにそうですね。今度エイミーに会ったら魔法が効くかどうか試してみましょう。

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