赤くなって
次の村までもう少しのところで雨が降ってきました。夕立です。大きな立派な木の下で雨宿りをすることになりました。雨に打たれたひまわりがぐったりとしています。
空がピカッと光り、ゴロゴロという音が聞こえました。
「近いな」
エドワードさんがぽつりと呟いたその時、また空がピカッと光ったかと思うと、ドシャーンとすごい音がしました。かなり近くに雷が落ちたようです。この木にも落ちたりして……あれ? 雷の時って木の下にいてもよかったっけ? 何メートルか離れるべきだったかも。テレビで見たのに忘れてしまいました。
ドッシャーン!
「うおっ!?」
もっとすごい音がしたので驚いて思わず声を出したら、エドワードさんに、
「あははは。レイちゃんったら女の子らしくないね」
と言われてしまいました。……女の子らしさですか……お母さんのお腹にいくらか置いてきてしまいましたよ。その分妹が女の子らしくなりました。
「僕の母さんなんか雷が怖くて、雷が鳴るとキャーって叫んで父さんに抱きついてるよ。今も抱きついてるかもね」
そう言ったエドワードさんは小さく笑い、それから少しだけ寂しそうな顔をして、ぽつっと、
「母さん元気かな」
あのー、エドワードさん、お父さんの心配は?
空がまたまたピカッと光り、今度は十秒ほど経ってからゴロゴロという音が聞こえました。ザーザー降っていた雨が小降りになり、しばらくすると雨はやみ、雲の隙間から太陽が見えました。
雨がやんだのでまた歩き出したのですが、地面がぬかるんでいて歩きづらいです。……ん? 今何か踏んだような。足下を見てみると、地面の中で何かが動いています。足を止めた私にエドワードさんがどうしたのかと聞いてきたので、何かがいるようだと伝えようとしたのですが、
「ぶっ!」
地面から黒いものが勢いよく飛び出してきて、頬にあたりました。痛いです。そして何故かまるで喧嘩している時のような気分になりました。
頬にぶつかった黒いものは魔物です。このことはぶつかった瞬間に理解しました。魔物は頬にぶつかり地面に落ちましたが、
「ゲロゲロ」
と私を馬鹿にするかのように鳴きました。その鳴き声に私の何かがプチッと切れました。
「ふっざけんなこのカエルがあああああ!」
妹や弟と喧嘩している時のように叫び、魔物を踏みつけました。何度か踏みつけると魔物は空気に溶けていきました。何だかわからないけどイライラするっ!
「あのー、レイちゃん?」
エドワードさんに呼ばれて顔を上げてみれば、エドワードさんの顔は何故かひきつっていました。
「レイちゃんが何て言ったかわからなかったけど、いくらなんでも怒り過ぎだと思うよ?」
………………しまったあああああ!
「い、今のは忘れてください!」
「落ち着いて。イリム語喋って」
エドワードさんの手が肩にぽんっと置かれました。
ああ、は、恥ずかしい……頬が真っ赤になっているのがわかります。ああもう、なんてことでしょう。人前であんな風に叫んでしまうなんて。とりあえず魔物のせいにしておいていいでしょうか。穴があったら入りたいです……。
「レイ、こっち向け」
ジークさんに呼ばれましたが、こんな状態で人に顔など向けられません。無理。無理ったら無理。顔を俯けてもじもじしていると、強引に顔をジークさんの方に向けられ、ハンカチでごしごしと頬を擦られました。頬についた泥を拭き取ってくれたようです。
「あ、ありがとうございます……」
ジークさんは、どういたしましてというように、こくんと頷きました。
「少しは落ち着いたかな?」
そう言ってエドワードさんが顔を覗き込んできました。
こうやって覗き込まれることも恥ずかしくて落ち着けなくなることなのですよ、エドワードさん。
「あ、あの……あんまり顔見ないでください」
「そんなに恥ずかしがらなくても」
エドワードさんに少し呆れられているような……。いやそんなことよりもとにかく、落ち着け私。落ち着くんだ。いつまでも赤いわけにはいかないんだ。
「魔物が触れたみたいだけど、大丈夫?」
「あ、はい。ちょっとイラッとしましたけど……」
そこでジークさんがぼそっと、
「あれはちょっとどころじゃなかったと思う」
うわあああ! もう忘れてえええ!
「何がそんなに恥ずかしいんだい?」
不思議そうにしているエドワードさんに、私はうまく回らない頭でなんとか、あんな風に怒って叫んでしまったことが恥ずかしいのだということを伝えてみました。
「なるほど。まあ、魔物のせいにしておいていいと思うよ。強い魔物に触ると気絶するか怒りっぽくなったり暗くなったりするものらしいから」
「そういうものなんですか?」
そういえば気絶するという話は以前にも聞きました。
「うん。これは父さんから聞いた話なんだけど、父さんの友達が若い頃に魔物に触っちゃったことがあって、ちょっとしたことで猛烈に怒ったんだって。剣まで振り回す始末で、しょうがないから父さんが殴って気絶させたって」
そこまで言って、エドワードさんはにっこりと笑いました。
「レイちゃんを殴ることにならなくて良かったよ」
夜、目的の村に着きました。村で唯一の宿の部屋に用意されていたベッドの掛け布団はひまわり柄でした。この国がひまわり帝国だからでしょうか。
ケロケロとカエルの鳴き声が聞こえてきます。なんだかとっても不愉快です。夕立の後に見た魔物がカエルっぽかったからでしょう。あれのことを思い出したら腹が立ってきました。とりあえず枕に八つ当たりです!
ボコボコと枕を殴っていたら、ぼんやりと魔人のことを思い出しました。五人に殴られ蹴られた彼は目を覚ましたでしょうか。
コンコン、とドアがノックされました。エドワードさんが来たようです。でもどうして……あ! すっかり夕飯のことを忘れていました。私を呼びに来てくれたのでしょう。ドアを開けると、エドワードさんとジークさんが立っていました。
「何かあった?」
「ちょっと考え事を……」
まさか枕に八つ当たりしていたなんて言えません。考え事というのもあながち間違っていないからこれでいいでしょう。
「何を?」
「魔物に取り憑かれてた人は目が覚めたかな、って」
「うーん、まあ、大丈夫じゃないかな? あんまり心配しなくてもいいと思うよ」
それなら良かったです。ほっとしたらお腹が空いてきました。はっ、まずい、このままだとお腹が鳴りそうです。もし鳴ったら……。
ぐうー
うわあああ! 鳴った! また頬が赤くなったのがわかりました。
「そんなに赤くなってばっかだとジークみたいになるかもよ」
そういうことを言われたらますます恥ずかしくなるではありませんか! わざとですか? 私が赤くなるとわかっていてわざとやっていませんか、エドワードさん! ああ、また腹が立ってきました。
「ん? どうして怒ってるんだい?」
「たぶん魔物のせいです」
ややつっけんどんに答えてしまいました。
「そう。じゃあ、早く夕飯食べて早く寝ようか。明日には魔物の影響もなくなってるだろうし」
それがいいですね。エドワードさんのお父さんの友人のように暴れて誰かに迷惑をかけてもいけませんし。それに、エドワードさんに殴られるのも嫌です。




