黒い物
「おらおら! 金目のもん出してもらおうか!」
異世界に来て約三ヶ月。山道を歩いていたら、いかにも山賊な集団が現れました。もし、私一人だけだったなら、怖くて震えていたことでしょう。でも私には頼もしい仲間がいます。だから落ち着いていられます。
「おらおら早くしろ!」
剣を持って脅してくる山賊たちに、
「金目の物を寄越せとか言いつつ本当の目的はこの赤毛だろ? 売ったら高そうだもんな」
エドワードさんはそう言って剣を抜きました。彼は剣を構えずにただ持っているだけです。
「エドの方が高いんじゃないか」
そんなことを言ったジークさんも剣は抜いただけです。お二人はとても余裕そうにしています。本当に頼もしいです。
「レイちゃんはどっちが高いと思う?」
な、なんてことを聞いてくるのでしょうか、この人は! 人間は皆平等だ! とは思いましたが、一応考えてみます。ふーむ……。
「ジークさんだと思います」
「やっぱりそうだよね。他にこの色はいないし」
エドワードさん、あなたは旅に出た日に私の髪と目を赤いと言ったことをすっかり忘れているのですね。ちなみに今日は何色に見えていますか?
「てめーら何のんきに話してんだ! あ!?」
うるさいですねえ。ちょっとくらいいいではありませんか。せかせかしていると早死にするらしいですよ。
「僕らの会話が聞こえてなかったのか。いくらなんでも耳が悪すぎるな」
エドワードさんの言葉に山賊たちは猛烈に怒ったようです。
「バカにしやがって! 許さねえ!」
「テメー死にてーのか!?」
全員顔が真っ赤になっています。こんなに怒るなんて、彼らはカルシウムが不足しているのでしょうか。いくらなんでも短気過ぎな気がします。
「そんなに怒ると死ぬぞ?」
「うるせえ! 黙れ!」
カルシウムだけでなくいろいろと足りていないのでは? 良いのは体格だけでしょうか。ああでも、襲いかかってこないところをみると少しは冷静なようですね。
「うるさいのはそっちだろ」
エドワードさんが面倒そうに言ったことでますます怒る山賊たち。彼らから殺気とでもいえるものがかなり出ている気がします。
あの、エドワードさん、あんまりこの人たちを怒らせないでください。いくらあなたとジークさんが強くても、怖いものは怖いのです。
私が怖がっているのがわかったのかジークさんが、大丈夫だと言ってくれました。たった一言ですがありがたいです。
「死ねえええ!」
ついに山賊の一人がプチッと切れてしまったようです。剣を振り上げ、こちらに一直線に走ってきます。つられたのか続けて五人ほども。
エドワードさんの声が低くなり、彼はいつかの物騒な青年へと変わりました。
「お前こそ、死ね」
山賊が全滅しました。私とジークさんは何もしていません。エドワードさんが全部やってしまいました。むこうは三十人いたのに。 エドワードさんはいつもの爽やかな青年へと戻っています。いえ、いつも以上に爽やかです。夏など知らぬと言わんばかりですよ。しかもルファットさんなみの素敵な笑顔を浮かべています。そんな一見素敵なエドワードさんですが、彼の片足は山賊のリーダーらしき人の背中の上にあります。つまり、エドワードさんは人を踏んでいるわけです。踏まれている人は諦めきった目をして、
「腹減った……」
などと呟いています。思うに彼らは相当お腹が減っているのではないでしょうか。やたらと短気なのはカルシウムの不足に加えて空腹のせいなのでは。
「やっと金が手に入ると思ったのによぉ……」
ぶつくさ言うリーダーらしき人に、ジークさんがボソッと、
「金が無いなら狩りでもすればいい」
「うるせえ……最近はよお、魔物のせいで獲物が少ねえんだよ……もともとこのへんのあいつらはつええのに最近はよぉ……」
そのまま愚痴り続けるリーダーらしき人。
「こないだ襲った野郎には滅茶苦茶強い護衛がいたしよぉ……何なんだよアイツ……あんなに見た目が涼しい奴なんか見たことねえよ……珍しいもんは持ってかれるし……もう何なんだよオレの人生……」
見た目が涼しい奴? その人が珍しい物を持っていった? それってもしかして。
「その話、もっと聞かせてもらおうか。その珍しい物を持ってったやつの髪の毛は水色だったか?」
見とれてしまうほどの笑顔を浮かべながらエドワードさんが尋ねると、
「いでででっ。そうだよ。その通りだよ。そろそろ足どけてくれよ」
リーダーらしき人は泣きそうになりました。どうやら強く背中を踏まれたようです。
「もう一つ聞く。そいつが持ってった物は何だ?」
「よくわからん黒い物だよ……金になると思ったのによぉ……」
「それ、どこで手に入れた?」
「一つじゃないのかよ……いででっ、頼むからもう踏まないでくれよ。この近くに昔村だったとこがあってよ、そこの教会の跡っぽいとこで見つけたんだよ」
「それを持ってかれたのはいつだ?」
「先週だよ……」
やっとエドワードさんはリーダーらしき人の背中から足をどけました。
「またあいつに先越された」
エドワードさんは悔しそうに溜め息を吐きました。
「まあいいか。どうせまたどこかで会うだろうし」
「こいつらはどうする」
ジークさんが辺りを見回して言うと、エドワードさんは困ったような顔をしました。
「どうしようか……放置ってわけにもいかないし……何か連絡できる手段があればなあ」
こういう時、携帯電話が使えればいいのに。この世界に携帯電話が登場するのはいつでしょうか。ああそうだ、あの紙飛行機をもっと普及させて、さらに進化させるのもたぶんありですね。
「いいこと思い付いた」
エドワードさんは再び笑顔になりました。
「レイちゃんの魔法がある」
「どうすればいいですか」
「レイちゃんの好きにしてみたら?」
うわあ、どうしよう。何を言えばいいでしょうか。もう悪いことはしないように言えばいいのでしょうか? もし私が「一生悪いことはするな」と言ったとして、いくら私の魔力が強くても、彼らがこれから生きていく数十年間ずっと魔法の効果は続くでしょうか。
では、「今すぐ善人になれ」というのはどうでしょう……駄目ですね。後でまた山賊に戻るかもしれません。
それならば、「出頭しろ」というのはどうでしょうか。……ファンタジーで捕まった賊ってどうなってたっけ……。ここが私が思い浮かべるような異世界ならば、賊は処刑されますね……。そういうのはちょっと嫌です。ああでも、この山賊たちがあまりひどいことをしていないのなら……それに自首すれば刑が軽くなるかも? ああもう、これでいいや。彼らの今後はこの国の人に任せます。あれ、でも出頭しろってどこに? 本の中ではどこだっけ? 領主の館? あ、聞くのが早いですね。
「犯罪者を捕まえるのってどこですか」
「ニールグなら警察だけど、この国は知らないなあ」
この世界にもあるのですね、警察。ニールグにいる時はそんなことには全然気付きませんでしたが、よく見れば交番とか警察署とかあったのですね。町並みに気を取られて一つ一つの建物をよく見ていませんでした。
「おいこらおめーら、ギースにだって警察あるぞ。バカにすんな」
リーダーらしき人が少しばかり起き上がってそう言いましたが、すかさずエドワードさんに剣を突きつけられてまた地面にうつ伏せになりました。そしてまた何かぶつぶつ言っています。
「レイちゃん、いい考えは浮かんだかい?」
「あっ、はい」
私はリーダーらしき人のそばに行って、
【今すぐ仲間を起こして全員一緒に自首しろ】
リーダーらしき人はのろのろと起き上がると、近くでのびている仲間に、起きろー、などと声をかけ始めました。これでいいはずです。たぶん。
山賊たちに遭遇してから三日経ちました。
山賊のリーダーらしき人が言っていた、よくわからない黒い物って何でしょうか。氷のようなあの勇者さんが持っていったらしいので、神の道具の一つなのだと思いますが、はて、家にある黒い物は何でしょう。
リーダーらしき人が言うには、それは武器ではないようで、長方形で、全部が黒いわけではなく白いところもあったとか。紙が貼ってあるらしく、文字らしきものがかかれていたそうです。
何だろうかと考えながらこの国の国境に近い村の中をゆっくりと歩いていると、
「なんでおにいちゃんはあんなにつよいの?」
そんな質問をする幼い少年の声が聞こえ、続けて、
「鍛えたから」
と答えるあの人の声も聞こえました。
声の方に顔を向けてみると、思ったとおりあの氷のような人がいました。彼は……あれ、茶店? 彼は時代劇でよく見るような茶店にいて、椅子に座って膝の上に少年をのせていました。彼の隣には若い女性が座っていて、その隣には若い男性が座っています。少年の両親でしょうか。氷の人を見る女性の目がハートになっています。男性は落ち込んでいます。旦那さん、頑張れ。
それにしても、あの氷の人を見ていると涼しくていいですね。これからは暑さに耐える時には彼を思い出すことにします。
氷の人は私たちの視線に気付いたらしく、少年を膝からおろして、荷物を持ってこちらに歩いてきました。あ、なんだか周囲の気温が下がったような。
何か用かとエドワードさんが問うと、氷の人は何も答えずに、何故か私をじっと見てから、荷物の中から黒い長方形の物を取り出して見せてきました。
「これは何だ」
「……ビデオテープです」
山賊のリーダーらしき人が言っていた、黒くて長方形の物はこれだったようです。
「何に使う」
「テレビの番組を録画するための物です」
「……よくわからない」
「……ごめんなさい」
ああ、ビデオデッキやテレビがあればきっともう少しうまく説明できるのに。
「戦闘で使えるか」
えっ、戦闘?
「……投げて相手の気を逸らすくらいならできると思います」
あ、あと中のテープが使えるかも。
「そうか。これはお前にやる」
「えっ」
これは私にとっては普通の人間の道具でも、この世界では一応、神の道具というご大層な名前がついているのに、それを私にくれると?
「戦闘で使えないのならいらない。これが何かわかっているお前が持っていた方がいい」
そう言うと氷の人は私にビデオテープを持たせ、茶店に戻り、
「もういっちゃうの?」
と寂しそうに言う少年の頭にぽんっと手を置いて、軽く頭を撫でると去っていきました。お、旦那さんが少し元気になりました。奥さんは何といいますか、余韻に浸っている感じですね。
エドワードさんが、私が持っている物を見て言います。
「それ、神の道具だよね」
「そうでしょうね」
「戦闘に使えないならいらないなんて、何なんだあいつは。これを集めるのも勇者の役目だろうに」
氷の人の考えていることはわかりませんが、神の道具を手に入れたことは喜ぶべきことでしょう。……ん? な、なんということでしょう! このビデオテープには録画されている番組のタイトルが、漢字とひらがなを使って日本語で書いてあるのです! 十五年くらい前のサスペンスのようです。これ、神様がご覧になったのでしょうか……?




