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試す。

「久しぶりー!」

 今回もケイさんはやっぱり窓から元気よくやってきました。続いてアーサーさんも。お二人は少しだけ汗をかいています。

「走ってきたんですか」

 と聞いてみると、ケイさんは元気よく答えました。

「当たり前だ!」

「夏なのに?」

「このくらいの暑さになんか負けてられるか!」

「どうして窓から入って来るんですか」

「窓からの方が早いからだ!」

 ……なんとなく、そうだろうなとは思ってましたよ。

「どうした? 元気ないぞ? あ、暑さにやられてるな? 駄目だぞ、今やられてるようじゃ。夏はこれからが本番だからな」

 ケイさんのその元気を分けてほしいです。今、気温が一日で一番高い時間帯なのにどうしてそんなに元気でいられるのですか?

「ま、レイが暑がるのも無理はないな。なんたってジークを見てるだけで、いっ、ひっはんなひーふ!」

「お前の方が暑苦しい」

 ケイさんがジークさんに頬を両手で引っ張っられています。痛そうです。

 ジークさんはしばらくしてからぱっと手を離しました。ケイさんは両手で頬を擦ってから、ジークさんに恨みがましい目を向けて、

「ジーク……てめえ、なに笑ってんだ」

 え、ジークさんが笑っているですと? ジークさんの顔を見てみましたが、普段と変わらない無表情にしか見えませんでした。彼の表情の微妙な違いは、まだ私にはわかりません。楽しそうだということはなんとなくわかるのですが。

「あ、そうだ。レイ、オレに魔法をかけてみてくれ」

 いきなり何でしょうか。ケイさんが少しニヤニヤしている気がします。

【座ってください】

 あれ? ケイさんは立ったままです。彼には魔法は効きにくいのでしょうか。

「お前、いつから魔法に強くなったんだ」

「ふっ、ジーク、驚いたか? オレは努力の結果こうなった……わけじゃないんだな、これが」

 ケイさんはそこで、ポケットから何かを取り出して、私たち三人に見せてきました。

「実はこれのおかげなんだ」

 これは……お札? というより、エイミーたちの荷物などをあさった時に見た、彼女らの服に縫い付けてあったものに似ています。

「護符か。クーマ教の勇者たちがこんな感じのものを持ってたと思う」

 と、エドワードさんが言うと、ケイさんはにっこり笑って言いました。

「正解だ! とうとうニールグでも作ったんだ。まあ、まだ試作品だけどな。今日はこれも届けに来たんだ。呪文だけの魔法にしか効果が無いけど、何も無いよりはましだろ。レイの魔法も効かなかったわけだし」

 ここでちょっとしたいたずら心がわいてきました。これなら効くかもしれません。油断大敵ですよ、ケイさん。

【座れ】

「うわっ」

 ケイさんは床に座り込んだ自分に驚いています。

「レイ、何したんだ?」

「魔法が効かなかったのがちょっと悔しかったので、ちょっとよく効きそうなやつを」

「呪文だけの魔法なら間違いなくお前が世界一だろうなあ」

 しみじみと言うケイさん。誉められたのは嬉しいけれど、どうも世界一というのはしっくりきません。

「私が世界一なんてことはないと思います」

「そんなことはないぞ。魔法語を話せるやつなんてお前くらいだからな。ああそうだ、何人かの司教がぜひとも魔法語を教わりたいって言ってた」

「レイに教わりたいっていうやつは多いだろうな」

 と、アーサーさん。彼は続けて、

「魔法語を覚えてしまえば戦闘でかなり有利になるからな。魔法の開発だって、魔法陣にだけ専念できるようになるし。レイの協力次第でニールグはもっと強い国になるだろうなあ」

 それは凄いですねえ。ところで、

「魔法じゃなくて科学を発展させるっていう手もあると思うんですけど」

「んー、その手もあるけど、魔法の方が早いかな。科学も発展すればいいけど」

 科学と魔法が発展した世界ってどんな世界なのでしょうか。もしも私が生きてきた世界に魔法があったら? もしもその魔法がこの世界のように呪文が日本語だったら、日本が世界征服とかできてしまっているのでしょうか。いえ、その前に魔法を発動させるような言語を母国語としてもつ国など誕生するでしょうか。ではもしも絵本に出てくるような魔法がある世界だったら? そしてその魔法が魔法使いのお爺さんお婆さんだけでなく、多くの人に使えるものだったら? 魔法使いになるための学校があるかもしれないですね。いいえ、もしも“多くの人”どころか“全ての人”が使えたなら? 普通の学校の教育課程に魔法があるかも。

 あれこれと考えていると、

「おーい!」

 いきなり大声が聞こえてとても驚きました。気が付けばケイさんの顔がとても近くにあって、彼の手が私の肩を強く掴んでいました。

「面白いくらいにビクッてなったな」

 と、アーサーさんが言うと、ケイさんがうんうんと頷きました。

「まったく、レイがジークなみに考え事に夢中になるやつだったなんてな」

 あれ、何だか少しケイさんに呆れられているような……?

「楽しそうな顔してたけど何考えてたんだ?」

「えっと、魔法のことを……」

 と答えると、エドワードさんが少し笑いながら、

「レイちゃんって魔法のことになると楽しそうな顔になるよね」

「えっ」

「あれ? 自分で気付いてなかった?」

 うわあああ! 恥ずかしい!

「顔真っ赤だけど何をそんなに恥ずかしがってるんだい?」

「えっと、あの、その……」

 困りました。うまく説明できません。恥ずかしさでうまく頭が回らなくて答えられなくて、それでさらに恥ずかしくなって……もう嫌……うわあああ! ケイさんに笑われてる!

「わ、笑うことないです……」

「ん? 何て言った?」

「笑わないで、って言ったんです!」

 もうやけになって叫んでしまいました……。

「なにも魔法使うことないだろ」

 笑うのをやめて不満そうに言ったケイさんに、私は内心首を傾げました。はて? 魔法なんて使った覚えはありません。どういうことかわからずに考えていると、エドワードさんが、

「今自分が何語で喋ったかわかってる?」

 彼がこんな質問をしてくるということは……

「……もしかして日本語を喋っちゃいましたか?」

「僕はレイちゃんが何を言ったのかわからなかったけど、イリム語じゃないことはわかったよ」

 はあ……またうっかり日本語を喋ってしまいました……あ、ケイさんに謝らないと。

「あの、ケイさん、ごめんなさい」

「あー、いいよ。オレも悪いし。……それよりも護符が本当に使えるのか心配になってきたよ。オレ、三人に渡す分の護符持ってんのに一度しかレイの魔法防げてない」

「まあ、まだ試作品だし、たくさん持ってればその分効果があるかどうかもまだいまいちわかってないし。でも一応渡しとけ」

 アーサーさんに言われてケイさんは私に護符を差し出してきました。

「エドはどうだか知らないけどジークは裁縫がかなり下手だから、レイがつけてやってく、いっ、引っ張んなって!」

 ケイさんは今度は左の頬をジークさんに引っ張られています。ケイさんの前に私がいなければ、彼は両方とも引っ張られていたことでしょう。しばらくしてから手を離されたケイさんは、再びジークさんに恨みがましい目を向けました。対するジークさんはそんな視線などまるで無視で、窓の外に目を向けています。

「ケイはジークに勝てないんだな」

 と、エドワードさんがからかうように言うと、ケイさんは自信満々の様子で、

「走るのなら絶対勝てる」

「当たり前だ。もし負けたら我が家は終わりだ」

 そこまで言いますか、アーサーさん!



 夕方になって、ブロンテ兄弟は帰っていきました。私はこれから護符を服に縫い付けます。私の分が一枚、エドワードさんの分が二枚、ジークさんの分が四枚です。

 護符は和紙のような手触りで、七、八センチくらいの正方形です。魔法陣らしきものが黒く大きく描かれていますが、その魔法陣の真ん中はぽっかりと空いています。エイミーたちの護符には魔法陣の他に花や木の絵が紙いっぱいに描かれていたので、それに比べるとずいぶんシンプルです。それでも似ているように感じるのはどちらかが真似したからでしょうか。まあ、ニールグではできたばかりのようですから真似したのは高確率でニールグでしょう。今は試作品だからシンプルなのかもしれませんから、そのうちに華やかになるかもしれませんね。

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