驚いた
林道を歩いて三十分、林から出ました。着ていたのが長袖長ズボンで良かったです。半袖半ズボンまたはスカートだったら草で腕や脚を切っていました。道はまだまだ続いています。
さらに三十分歩くと建物がぽつぽつと建つ所に着きました。建物は民家やお店のようです。周りに広がる畑には何か収穫している人や雑草を抜いている人がいます。ここはどこかの村なのでしょう。
村を歩いて十分、教会らしき建物の前に着くと、ここまで私を連れてきた人たちは、ここで待っていろ、というようなことを私に指示し、建物の裏へ行ってしまいました。
私一人で待っているわけではありません。オレンジ色の髪と目の剣士らしき美人なお姉さんと一緒です。お姉さんは長い髪を後ろで縛っています。身長は高めで、百七十センチ近くはありますね。美人なだけでなく、かっこいいです。
何か話したいけれど、言葉が通じないので、景色を眺めるしかありません。いい天気です。平和です。
あ、五人が戻って来ました。翼のある馬を連れています。って、え!? 翼!? まさかのペガサス!? 白いのと茶色いのがいます。あ、あれ? ペガサスって普通は白だよね? そういえばゲームに黒いのがいたなぁ。
びっくりしていたら、お姉さんが手招きしてきました。お姉さんの側には白いペガサスがいます。どうやら乗れってことらしいです。乗り方なんか知らないので、わからない、と目で訴えてみたら、乗せてくれました。うわあ、私、普通の馬にすら乗ったこと無いのに、ペガサスに乗ったなんて! 夢みたいです。本当に夢かもしれませんが。
周りを見れば、他の人も乗っています。私はお姉さんと相乗りです。どこかに掴まれ、的なことを言われたようなので、お姉さんの肩に掴まらせてもらいます。
お姉さんは他の人たちと頷き合うと、ペガサスに声をかけ、ぽんと首を叩きました。するとペガサスはちょっと走り、翼をバサッとすると、飛びました。飛行機に乗ったことも無いのですが、離陸の瞬間ってこんな感じでしょうか。どんどん地面が離れていきます。かなり高い所まで行くと、上昇をやめ、真っ直ぐに飛び始めました。かなり速いです。
休憩を挟みつつ、ペガサスで空を飛ぶこと三時間。また建物が建つ所に着きました。建物もお店もたくさんあり、人も多いです。町と言っていいでしょう。
ところで、私の腕時計によると、私が家を出たのが午後一時半。目を覚ましたのが二時で、そこから四時間以上経っています。もう夕方のはずですが、ここはどう見ても真っ昼間です。
もう認めます。ここが家から遠いどころか、日本ですらないことを。これ以上はまだ認めませんよ。
さて、私はあるお店に連れて行かれました。看板にナイフとフォークが描かれていたのと、店内の様子から飲食店だとわかりました。お昼ご飯を食べるようです。お客さんはあまりいません。今はお昼時ではないようです。
七人の私たちは、全員では座れないので、三人と四人に分かれました。私の隣にお姉さん、お姉さんの向かいに青い髪に緑の目の笑顔が素敵な剣士のお兄さんが座ります。
メニューと思われる紙には見たことが無い文字が書いてあります。ローマ字が複雑になった感じです。
料理が運ばれてきました。パンとスープです。みんな同じものを頼んだようです。ん? お兄さんのは量が多いです。大盛りでも頼んだのでしょう。
スープには野菜がたっぷり入っています。あ、知らない食材発見。何この水色の物体。食べてみると、蕪っぽいです。うん、美味しい。
パンもふわふわしていて美味しかったです。
お店を出ようと席を立った時、怒鳴り声が聞こえました。どうやら客同士の喧嘩のようです。二人ともいかにも悪人という顔をしていて、ちょっと強そうです。他のお客さんも店員さんも遠巻きに見るだけ。私もああいうのには関わりたくないです。恐いです。
殴り合いでも始めそうだな、と見ていると、青い髪と目の白い服の人(私に話しかけてきた人)がつかつかと喧嘩している二人に歩み寄り、それぞれの肩をガシッと掴んで振り向かせました。おお! 止めるのですね! 肩を掴まれた二人は彼の手を払い、怒鳴りつけます。「何だてめえ!」とでも言っているのでしょう。彼はそんな二人に臆することなく一言。
「黙れ」
え、今「黙れ」っておっしゃいましたかあなた。日本語話せたんですか? あ、言葉が似てるだけですか? どうなんですか!
「黙れ」と言われた二人は、何か言いたそうに口をパクパクさせています。驚きと怒りが顔に出ています。やがて二人はお互いに相手を睨み付けると、一人は食事を再開し、もう一人は意外にもきちんと代金を払ってお店を出ていきました。
再びペガサスに乗って飛ぶこと約四時間。今度は、立派な西洋のお城の建つ、かなり大きな町に着きました。今は、村で見た教会をかなり大きくして豪華にしたような、大教会とでも言える施設の敷地の入口にいます。
ここはかなり変な所です。だって、どういうわけか知りませんが、真っ白な鳥居が建ってるんですよ! おかしいですよこれ! 白いのは建物が白いからなんだと思いますが、教会に鳥居とか一体どういう宗教なんですか!
鳥居を見上げてぽかんとしていると、お兄さんに肩を叩かれました。どうやら中に入るようです。
敷地の中にいくつかある建物のうち、一番大きい建物の広間とでもいうべき所に連れて来られました。白い服に身を包んだおじいさんが待っていました。おじいさんは私を連れて来た人たちと何かを話しています。どうせ私のことでしょうが。
ぼんやりと話し合いを眺めていたら、突然、話し声が聞こえなくなりました。どういう訳か、彼らの動きが止まっています。
え、何が起こったの? 何で動かないの? まるで世界が止まったかのようです。
混乱していると、
「おい」
後ろから声を掛けられました。振り向くとそこには神様がおわしました! よくわかりませんが、目の前の存在は神様だとわかりました。
何故か神様は私の頭を強く掴みました。う、強すぎです。痛い! 抗議しようにも畏れ多くてできません。呻き声すら出ません。
「我慢しろ」
神様はそうおっしゃると、より強く掴みます。途端に頭の中に何かが流れ込んできます。痛い! 苦しい!
頭を放されると、立っていられなくて、座り込んでしまいました。う~、気持ち悪い。頭が変。
「頑張れ」
神様はそう言い残すと、光に身を包み、消えてしまいました。
何を? 何を頑張ればいいのですか?
「どうしたの?」
ぼんやりしていると声を掛けられました。振り向くと心配そうな顔のお姉さん。私は立ち上がりながら答えます。
「少し頭がおかしくて。でももう大丈夫です」
あ、あれ? 私今何語喋った? 日本語じゃなかったのは確かです。ていうか、お姉さんと会話成り立ちましたよ!
お姉さんは私が答えたことに目を丸くしています。他の人も驚いた顔で私を見てきます。そんなに見ないでー! 私は恥ずかしがり屋なんですよ。
「イリム語わかるの?」
「イリム語?」
「今話してる言葉だよ」
「今までわからなかったんですけど、急にわかるようになったんです」
原因はきっと先程の神様でしょう。もしかしてあの神様は言語の神様? 困っていた私を見かねて助けてくださったのですか? 今思うと、フードで顔を隠していらしたので見た目は不審者でしたが、ものすごく知的な感じがしました。言語ではなく、学問の神様という線もありますね。
「イリム語がわかるのなら、質問に答えてください」
青い髪と目の彼が話し掛けてきました。
「まず、あなたはどなたですか?」
「小林怜です」
あ、名前だけじゃなくて高校生だというのも言えば良かったかな。
「コバヤシレイ…どこまでが名前でどこからが姓ですか?」
「小林が苗字で怜が名前です」
「姓から名乗ったのですか?」
「私が住んでる所は苗字から言います」
「そうですか。では次の質問です。何故あなたはあの林に居たのですか?」
「よくわかりません。出掛けようとして、家から出た時に気を失ったみたいで、気付いたら砂浜にいて、砂浜に見たことがない木があったので林にも何かあるんじゃないかと思って林に入ったんです」
何時間も一緒に行動していたとはいえ、やはり彼は知らない人。知らない人と話すのは緊張します。それに、今私は異国の言葉で話しているので、自分がちゃんと話せているか心配です。
私の答えを聞いた彼は何かを考え始めました。
彼が考え中なので、私は、お姉さんに話し掛けてみることにしました。
「あの、ここはどこなんですか」
「大教会だよ」
「あ、えっと、どこのですか」
「ああ、ここの地名が知りたいんだね。ここはニールグの首都のウォーレイだよ」
ということは、ここはニールグとかいう国なのですね。
「大切な事を聞き忘れていました。あなたは一体、どこから来たのですか?」
青い彼がまた質問してきました。
「にほんです」
「ニホン……聞いたことがないですね。ニホンというのは国名ですか?」
「はい。えっと、にっぽんとも言います。英語で言うと、ジャパンです」
「どちらも聞いたことがありませんね。エイ語というのも知りません」
「英はイギリスのことです」
無駄だろうな、と思いつつも言ってみました。案の定彼は、何それ、という顔をしました。そうだよね、「イギリス」は通じないよね。
「イギリスはUKです。英語はイングリッシュです」
彼はまたもや、何それ、という顔をしました。えー、これも通じないのかー。
こうなってくると、やっぱりここは……。
そうだ、すっかり忘れていたけれど、彼に聞きたいことがあるんでした。後回しにすると聞きそびれるかもしれないので、今のうちに。
「あの、聞きたいことがあるんです」
「何ですか?」
「お店で『だまれ』って言ってましたが、あれはどういう意味の言葉ですか」
イリム語とやらがわかるようになりましたが、「だまれ」という、日本語の「黙れ」に聞こえる言葉が知識の中にありません。
「ああ、あれですか。あれは黙らせる魔法の呪文の一部です」
え? 魔法? あれが魔法ですか。そんなものがあるんですかここは。
私はファンタジーが好きですから、ここまでくると、もう確信します。
見たことのない髪と目の色。変わった服装。翼を持つ馬、ペガサス。そして、魔法。
ここは日本でもなければ地球でもない。
人はきっと、ここをこう呼ぶのでしょう。
異世界、と。