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触って

 山の麓の村を出て三日経ちました。首都はもう、すぐそこです。というわけで、今日は魔物に触ってみようと思ったのですが、朝からちっとも魔物を見掛けません。まあ、魔物が出ないことに越したことはないのですが……ん?

 今、黒いものが目に入りました。それにそっと近付いてみます……あれ? 魔物っぽくありません。

「にゃー」

 ただの可愛らしい黒猫のようです。野良でしょうか。小さいところを見ると、まだ子供なのでしょう。街の外で猫を見るのは初めてです。

 猫は真っ黒でつぶらな目で私をじーっと見つめてきました。私はしゃがんでみました。人になれているのか、猫は逃げようとはしません。

 猫と見つめあっていると、エドワードさんが、

「魔物なのにかわいいね」

「えっ、魔物? ただの猫じゃなくて?」

 この子は獲物を見る目をしていませんが。

「どう見ても魔物じゃないか。あ、触ってみたら? 触らない方がいいけどね」

 どこに触ればいいでしょうか。やっぱり頭? うん、頭がいいでしょう。そーっと手を伸ばして触ってみて、

「うわっ」

 すぐに手を引っ込めました。魔物に触れた指先から何か嫌なものが流れ込んでくるような感じがしたのです。

 そして、この目の前の小さな存在が魔物だということがよくわかりました。

「にゃあ」

 でもかわいいことに変わりはありません。

「レイも駄目だったか」

 ジークさんはそう言うと、魔物の頭を撫でました。その様子はまるで普通の猫を撫でているかのようです。

 ジークさんに撫でられている魔物があまりにも気持ち良さそうにしているので、また触りたくなってきました。どうせ触ったっていいことなど無いのに。

 ジークさんが撫でるのをやめたので、そろそろと手を伸ばしてもう一度触ってみました。うっ、やっぱり嫌なものが流れ込んでくるようです。手を離すのを我慢して撫でてみると、この魔物はなかなか手触りがいいことがわかりました。

「レイちゃん、触って大丈夫なのかい?」

「嫌な感じはしますけど我慢できないほどじゃないです」

 きっとこの魔物が弱いからでしょう。

「エドも触ってみればいい」

 ジークさんはひょいっと魔物を抱き上げ、エドワードさんに差し出しました。

「毛がふわふわしてて気持ちいい」

 魔物はジークさんに抱えられたままエドワードさんを見つめています。ああ、かわいい。

 見つめられたエドワードさんは、

「魔物のくせに」

 と呟き、魔物の頭をぺしっと叩きました。すると、

「にゃっ……ギャアアアア!」

 かわいらしい子猫のようなものは、突然魔物らしくなりました。毛を逆立て、つぶらなかわいい目はどこへやら、獲物を見る目でエドワードさんを見ています。もう全然かわいくありません。

「ニギャー!」

 魔物は、エドワードさんに飛び掛からんとしていますが、ジークさんの腕から逃れられずにバタバタと暴れています。あれ、全然かわいくないと思ったけれど、小さい足と尻尾を懸命に動かしているところがちょっとかわいいかも。

「ニャギャー!」

 鳴き声も草原で見たあの凶悪な羊や翼付き狼に比べればだいぶましです。いくらか猫っぽく、あまりうるさくないからでしょう。

「ギャアアアア!」

 あ、今の鳴き声でかわいさが半減しました。

「化けの皮が剥がれたな」

 エドワードさんが魔物にチョップすると、

「ニギャッ」

 魔物は短く悲鳴を上げて動かなくなり、どんどん空気に溶けていきます。この状態の魔物って、触ったらどんな感じなのでしょう。気になって、溶けていく小さな文字たちに手を伸ばしてみると、やっぱり嫌なものが流れ込んできて、


 大嫌い 


 不意にそんな言葉が頭の中に浮かんできました。驚いて手を引っ込めると、その言葉は頭の中から消えました。

 いきなり「大嫌い」なんて言葉が浮かんでくるとは……まあ、状況からしてきっと魔物のせいでしょうね。一応、もう一度触って本当に魔物の仕業か確かめてみましょうか……って、もう魔物は消えてなくなってしまいました。小さいと消えるのが早いです。

「二度と触らないって決めてたのにな……」

 そんな呟きが聞こえたのでエドワードさんを見れば、彼は手を握ったり開いたりしていました。

 その様子を見たジークさんが、どうしたのかと尋ねると、

「魔物に素手で触ったから、手が変な感じがするんだよ。手袋はめてからすれば良かった」

「そうか……どうして俺は何ともないんだろう」

 ジークさんは自身の手のひらを見つめて不思議そうに言いました。

「神様は何か教えてくださらないのか?」

「俺のことは教えてくれない……ああでも、誕生日は教えてくれた。あと、血液型とかいうのも」

「何だそれ」

「あんまり気にしなくていいって言ってた」

「何型なんですか」

 と、聞いてみると、ジークさんは少しの間考えてから答えました。

「エー、って言ってたと思う」

 え、“エー”って……まさか“A”?

「他にはどんな型があるんですか」

「何か言ってたと思うけど聞き流した」

 えええええ! 神様の言葉を聞き流すなんて!

「聞き流すなよ。お前は何考えてるんだよ」

 と、エドワードさんが呆れたように言うと、

「神様が教えてくれることはどうでもいいことが多いから、いちいち全部聴いてられない」

「……神様のお言葉を自身で聴こうと努力して果たせなかった聖職者がこの世界に何人いたことか……それなのにお前は…………何で司教にならなかったんだよ」

 嘆くエドワードさんにジークさんは、空中にとても薄い金色の線を描いてみせました。線はすぐに消えてしまいました。

 司教になるには少なくとも中級の教科書に載っている魔法を使えなければならないそうですから、線がすぐに消えてしまうようでは魔法陣を描きあげるのはとても難しいので、司教になるのも難しいでしょう。ジークさんは司教には向いていないということですね。

「勇者のようにはいかないのか……」

 と、エドワードさんが呟きました。彼の言う「勇者」は昔の赤毛の勇者のことでしょう。昔の勇者はとても強かったそうです。剣や槍、弓などの武器を使いこなし、時には武器ではない物を武器にし、さらには魔法まで使えたらしいです。しかも見た目も大層良かったとか。ジークさんはそんな昔の超人のようにはいかないのですね。もし昔の勇者と同じなら、くじ引きなど関係なく彼が今の勇者に選ばれたでしょうし。

「どうだったんだろうな」

 と、いきなりジークさんが言って、エドワードさんが聞き返しました。

「何が?」

「昔の勇者は魔物に触っても平気だったのかどうか」

「さあな。いろいろと凄かったんだから大丈夫だったかもな。あ、いつか神様が教えてくださるんじゃないか? 偉人の話とか歴史的な話とか聞いたことないか?」

「勇者の妹の名前がマリーってことなら聞いた」

「……どうでもいいな、それ」

「言っただろ、どうでもいいことが多い、って」

 役に立つことも立たないことも教えて、一体全体神様はどうなさりたいのでしょうか。

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