村の中に。
麓の村に着きました。割りと大きい村です。この村を二等分するように川が流れています。魔物が溶けていった川が。
「えーいっ」
「きゃーっ! お返しー!」
「わっ」
そんな川で小学生くらいの子供たちが水を掛けあったり泳いだりと元気よく遊んでいます。
「僕もこの時期にはああやって遊んだなあ……」
子供たちの様子を眺めながら、エドワードさんがしみじみと言いました。
「あ! お兄ちゃんたちも一緒に遊ぼうよ!」
「断る」
「そんなこと言わずに遊んだら? 最近は暑い暑いって連呼してるじゃない。水の中は気持ちいいよ」
「じゃあお前が遊んでやれよ」
あら? 子供たちの声に混ざって聞いたことのある声がします。どこから?
「ほらそこの君、ここにいる暑がりなトマスお兄ちゃんに水を掛けてあげちゃえ」
「うん! えいっ」
「うおっ!?」
あ! どこかの二人組のトマスさんとジェフリーさんがいます! 近くにいたのに子供たちに気を取られていて全然気付きませんでした。ジェフリーさんは足を川の中に入れています。気持ちよさそうです。二人の近くには小学一、二年生くらいのオレンジ色の髪の男の子がいます。あの子がトマスさんに水を掛けたのでしょう。
「まったく、何するんだよ……」
濡れてしまったトマスさんにジェフリーさんが、
「あっはっはっ。それくらい避けてみせなよ」
「笑うな! おい、チビ」
「なあに?」
「一緒に遊びたいならジェフリーかあっちにいる三人組にしろ」
トマスさんの指がこちらを差しました。
男の子はくるりと振り返って私たちを見ると、目を見開き、叫びました。
「あのお兄ちゃん髪の毛赤い! お姉ちゃん黄色!」
男の子がジークさんに驚いているのはわかりますが、はて、「お姉ちゃん黄色」とは? まさかどこかに黄色の髪の人が?
黄色い人はどこに、と探していると、
「いいかチビ。あの黄色のお姉ちゃんは神様の使いなんだ。だからあんななんだ」
神様の使い……神使? 要するに私のこと? でもどうして黄色……ああ、そういえばこの世界に来てからというもの、皆さんには私の髪と目がおかしく見えているようでしたね。……黄色……髪と目が黄色……どんな黄色に見えているのでしょうか。どぎつい黄色だったらかなり嫌です。
「えっ、あのお姉ちゃん神様の使いなの?」
違うよ少年。私はただの人だよ。ただの高校生だよ。
「そうだそうだ。優しい神使様だからきっと遊んでくれるだろうよ」
トマスさん、それ神使っていうか天使って感じがします。
「あの赤いお兄ちゃんは勇者様?」
「本人に聞いてみな」
「うん!」
男の子は元気よく頷くと、川から出て、私たちのもとへと走ってきました。そしてジークさんを見上げて、
「お兄ちゃんは勇者様?」
ジークさんは黙ってエドワードさんを指差しました。
「違うの? じゃあなんで髪の毛赤いの? あ、目も赤いね」
「知らない」
「えー」
ジークさんの答えに男の子は不満そうです。周りの子供たちも不満そうです。
「…………そんなに知りたいなら神様に聞け」
「ぼくそんなことできないよ」
「いつかできるようになるかもしれない」
「そうかなあ。お兄ちゃんたちは一緒に遊んでくれる?」
お兄ちゃんたち、と言いつつ、男の子が期待のこもった目で見ているのは私です。トマスさんめ。
どう返事をしたらいいかわからずに黙っていると、エドワードさんが膝をついて男の子と目を合わせて言いました。
「ごめんね。僕らは急いでいるんだ。もしかしたらここにエイミーっていう美人さんが来るかもしれないから、その人を誘ってごらん」
「うん、わかった! その人、どんな人? 見たらわかる?」
「エイミーお姉ちゃんは仲間がたくさんいるから、見ればすぐにわかると思うよ」
「わかったー! お兄ちゃんたち、またここに来てね! 今度は遊んでね! じゃあね!」
男の子は元気よく友達の所へと走っていきました。そして友達と一緒にこちらに手を振ってきました。ああ、私の弟にもあんな風に素直でかわいい時期もあったのに。あの少年も弟のようになってしまうのでしょうか。おっと、手を振り返した方がいいですね。私が小さく手を振ると、男の子は嬉しそうにぶんぶんと手を大きく振りました。
「あの子、神使様に手を振ってもらった、って喜んでるんだろうね」
エドワードさんが手を振りつつそんなことを言いました。
「それは違うと思いますよ」
「そうかな。目を輝かせてレイちゃんのこと見てたけど」
トマスさんめ。ん? トマスさんとジェフリーさんが見当たりません。いつの間にいなくなったのやら。
二人は村の中心からだいぶ離れた人気のない所にいました。
「この前俺たちから奪ってった物を返してもらおうか」
トマスさんはそう言うと、私を睨み付けてきました。ううぅ……怖い……。
「相変わらずこれだけでビビるなんてお前本当は神使じゃないだろ」
そうですよ。ただの人ですよ。睨まれたらビクビクするただの人ですよっ。
「お前はレイちゃんがただの人に見えるのか。目が悪いな」
エドワードさんが馬鹿にしたように言うと、トマスさんはエドワードさんを睨みました。
「そんなことは言ってないだろ。そいつが人間じゃないことくらいはわかる」
何を言っているのですかトマスさん。私は人間ですよ。私には私とあなたは同じ生き物に見えていますよ。
「レイちゃんが人間でも神使でもないなら何だっていうんだ?」
「人間に似た生き物。……そいつが何かなんかどうでもいい。さっさと返せ」
「お前が持ってても使い方がわからないだろ。あれだけだと意味が無いって知ってたか?」
トマスさんは黙り込みました。
「知らなかっただろ? そういうわけだからお前たちの持っている物を譲ってもらおうか。自分から進んで譲らないと、強制的に貰う。さあどうする?」
「誰が譲るか馬鹿」
「じゃあレイちゃんよろしく」
あ、私の出番ですか。何て言いましょうか。前と同じことを言ってこの人たちに呪文を覚えられてしまったら困ります。うーん、こういうのはどうでしょう。
【おとなしく神の道具を渡せ】
あまり変わってない気がしますが……まあいいや。たとえ一回聞いただけでも覚える人は覚えてしまうでしょうし。
お、ジェフリーさんの手が動きました。今度は何が彼の荷物の中から出てくるのでしょうか。
「おいジェフリー、お前のこの手はどうにかならないのか」
「ごめん。全然僕の言うこと聞かないよ。僕の手なのに。ところでトマス、この前よりも押さえつける力が弱いようだけど? あ」
ジェフリーさんが神の道具を投げて寄越しました。ジークさんがそれをうまくキャッチすると、私に見せてきました。
これは……うん、まったく役に立ちませんね。
「エドワードさん、これ、返していいですか」
「え、どうして?」
「これもボールペンなんですけど、インクが切れてるのでもう使えません。はっきり言ってごみです」
「え……」
エドワードさんはぽかんとした顔になりました。
「ごみ? 神の道具が?」
「残念ながら」
「……僕にはよくわからないからレイちゃんの好きなようにするといいと思う」
「おい! 何をコソコソ話してんだ!」
トマスさんが怒っているようです。攻撃されたら困るのでおとなしくしてもらいましょう。
【トマスさんはおとなしくしろ。ジェフリーさんは別のを寄越せ】
「あー、また手が勝手に動くよ。君何でこんなことできるの? やっぱり神使だから? トマス、さっきよりも力が弱いよ」
ジェフリーさんはとても嫌そうな顔をしています。トマスさんは殺意の混じった目で私を睨んでいます。こ、怖い……!
ジェフリーさんがまた何かを投げて寄越しました。またジークさんがキャッチして見せてきました。これは……こ、これは、ふ、フ、フロッピーではありませんかあああ! ああ、こんなものを最後に見たのはいつでしたっけ。
「ジェフリーさん、他にも持ってますか」
「もう持ってないよ」
ジェフリーさんは肩を竦めて答えました。
「そうですか。これはお返しします」
私はジェフリーさんにボールペンを投げました。
「え、何で返してくれるの?」
「それは私には使えません。好きに使うといいですよ」
「ああそう」
ふふふ、ごみを押し付けてみました。
「それじゃあジーク、レイちゃん、行こうか。あ、そこの二人組、追ってくるなよ。まあ、追ってきても無駄だろうけど」
エドワードさんがそう言って歩き出したので、私とジークさんも続きます。
トマスさん、ジェフリーさん、そのへんに捨てないでくださいね。ポイ捨ては駄目ですよ。




