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川の中に

 山をおりていると、

「ふっ、あははははは」

 突然エドワードさんが笑い出しました。

「いきなり何だ」

 ジークさんが尋ねると、

「あの子が二度も落ちたのは教会を襲った罰が当たったんだと思うと、ざまあみろって感じでさ。思わず笑ったんだ」

 エドワードさんは嬉しそうに答えました。

「罰が当たったのに神の道具を見付けたのか、あいつは」

「そのことは気にしない。二度落ちたのが重要なんだ。今頃は他の子も次々と落ちてるかもしれないし」



 しばらく歩いていると、どこからか水の流れる音が聞こえるようになりました。川が近くにあるようです。

 音のする方へ行ってみると、細い川がありました。澄んだ水が流れています。覗き込んでみると、真っ黒な鯉のような魚が泳いでいます。これってもしかして。

「これ、魔物ですよね」

 一応聞いてみると、

「こんな異様な雰囲気の魚がいたら困るよ」

 エドワードさんはそう答えつつ、地面に落ちていた長めで太めの枝を拾うと、川縁に屈んで川を覗き込みました。何をするつもりなのかわからずに私が見ていると、エドワードさんは物凄い速さで魔物を枝で突き刺しました。魔物は一度だけ体をビクッとさせると動かなくなり、流されながら水に溶けていきました。

「……何でだろう。あの流れてった水は飲みたくないよ。魔物が溶けた空気なんてもう何度も吸ってるのに」

 エドワードさんが首を傾げると、ジークさんが言いました。

「そのうちに慣れるんじゃないか」

「それもそうか。……ああ、そういえば、初めて魔物を倒した時は息を止めたな……」

「いつ初めて倒したんですか」

 気になって聞いてみると、

「八歳の時」

 え、八歳?

「エドワードさんの町って、首都から遠いですよね」

「うん」

 つまり、強い魔物が出るってことですよね。

「どうやって倒したんですか」

「友達と遊んでいたら、魔物が飛んで来たんだ。逃げて大人を呼ぶのが正しい行動だったんだけど、みんなで逃げ切る自信が無かったから、魔物にむかって石を投げたんだ。そうしたらうまいこと当たってね。魔物は地面に落ちて空気に溶けてったんだ。それを見てたら、なんだか汚い空気を吸ってる気がして、みんなで息を止めたんだ。でもすぐに苦しくなって息をして、走ってそこから離れたよ」

 エドワードさんは懐かしそうに目を細めました。

「石を投げて倒しちゃったんですか。すごいですね」

「そうでもないよ。あの頃は魔物はそんなに強くなかったから」

「それでもすごいです」

「そうかな。……ジークは魔物を初めて倒したのはいつなんだ?」

 話を振られたジークさんは、ほんの少しの間虚空を見つめ、口を開きました。

「十歳。魔物が消えるのを見たのは……四歳だった気がする」

「四歳? ジークってずっとウォーレイで育ってきたんだよな?」

 ジークさんはこくんと頷きました。

「ウォーレイに魔物が入って来たのか?」

「俺が外に出た」

「何で?」

「旅行」

 ジークさんの答えを聞いたエドワードさんはポカンとした顔になり、ボソッと、

「いいとこの坊っちゃんめ」

 ……いいとこの坊っちゃん?

「どうしてジークさんがお坊ちゃんなんですか」

「え? どうして、って……旅行なんか大金と時間が無いと行けないよ?」

 エドワードさんに、こいつ何言ってんだ、という顔をされてしまいました。

「お金と時間がいるのはわかりますけど、家は関係無いと思うんですが」

 私の言葉を聞いたエドワードさんはしばらくの間何かを考え、

「レイちゃん、旅行したことある?」

 と聞いてきました。私が頷くと、エドワードさんはさらに変なことを聞いてきました。

「実はレイちゃんはいいとこのお嬢様だったりする?」

「へ? 庶民です」

「そうか……異世界はすごいね。少なくともニールグでは、旅行は大金と時間があるいい家柄の人がするものなんだよ」

「そうですか。いつか誰でも旅行できる時代が来ると思いますよ。……ジークさんのお家はどうしてお金持ちなんですか」

 先程から気になっていたことをジークさんに尋ねてみると、

「母さんが稼いでる。あと、貴族」

 よくわからない答えが返ってきました。

 あ、金魚くらいの小さな魔物が泳いで来ました。今度はジークさんが枝を拾って川縁に膝をつきました。

 えーっと……ジークさんのお母さんが稼いでいるのはわかりますが、「貴族」というのはどういう意味でしょうか。

 よくわからないので首を傾げていると、エドワードさんが、

「そんな説明だとわかりにくいだろ」

 と言ったので、ジークさんは詳しく話してくれました。

 曰く、ジークさんのお家はかなりのお金持ちの貴族で、加えてお母さんが魔法の開発に携わっていて、それなりの成果をあげているので収入が多いらしいのです。だからジークさんのお父さんは、異世界の研究というお金にならないことをやっていけるのだそうです。

「異世界の研究ってお金にならないんですか」

 ジークさんの話を聞いて気になったことを尋ねてみると、

「なると思ってたのか」

 と、返されました。ジークさんがいくらか私に呆れているように思えます。

「どうしてジークさんのお父さんは異世界の研究をしてるんですか」

「趣味。…………無事に旅が終わったら、父さんに会ってほしい。父さんの夢は、異世界の生き物と交流することだから」

 親の夢を叶えてあげようとするなんて、ジークさんはいい子供ですね。ところで。

「すばしっこいですね、この魔物」

 ジークさんは何度も枝を繰り出していますが、ちっとも魔物に刺さりません。魔物が素早いうえに、小さいからでしょう。そうこうしているうちに、上流から鮭のような魔物が泳いで来ました。

 鮭もどきは、あっという間にジークさんに突き刺されました。でも、金魚もどきは枝を巧みに、しかも人を馬鹿にしたように避けています。

「魔物のくせに、生意気だ」

 ジークさんはぽつりと呟き、枝を捨て、水の中に両手を入れ、金魚もどきをさっと掬い上げました。金魚もどきはジークさんの手のひらでビチビチと二、三回跳ねると、力尽きて空気に溶けていきました。

「よく魔物なんか触れるな」

 エドワードさんが感心したように言うと、ジークさんは顔をあげてエドワードさんを見て、不思議そうにしました。

「触れないのか」

「あんなもの二度と触りたくない。平気で触るやつはお前が初めてだ」

「そうか……そういえばみんな嫌がってた気がする」

 私が見る限り、魔物はちょっと異様な雰囲気を醸し出しているだけで、みんなが触るのを嫌がるほどではないと思います。ならばどうして嫌がるのでしょうか。うーん……手触りがよくないとか?

「どうして触りたくないんですか」

 と、エドワードさんに聞いてみたら、

「何て言ったらいいかな……とにかく嫌な感じがするんだよ。実際に触ってみるとよくわかると思うよ。でも触らない方がいいよ」

 魔物を触ってみたくなりました。

「魔物に触りたいのなら、弱いやつにしておくといいよ。強いのに触ると気絶することがあるらしいんだ」

 本当に魔物は不思議な存在ですね。ますますそんな魔物に触ってみたくなりました。首都近くで魔物を見付けたら触ってみようと思います。

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