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越境もする。

 目の前に大きな森が広がっています。

 悲しいことにニールグは隣接する五つの国全てととても仲が悪いので、関所を通って堂々と越境することができません。つまり私たちは不法入国しなければなりません。

 この大陸の国境では大抵は壁が造られているか地面に線が引かれています。壁は魔法で強化されていて、しかも簡単には越えられない機能が付いています。魔法でできた壁もあります。線もまた魔法によるもので、うっかり線を踏んだり跨いだりしようものなら直ちに近くの警備兵に知らせがいったり自動的に魔法が発動して捕まったりしてしまいます。これはこの大陸における常識です。ちなみに、上級の魔法の教科書にもう少し詳しいことが書かれています。

 で、私たちは何故こんな所にいるのか。それは森の中を境界線が通っているから。この森で越境する理由は、一番警備が手薄だから。

 線はニールグが引いたもので、国境警備担当の魔法兵(魔法を使う兵士)が線の向こうの国の人たちにばれないようにこっそり無効化してくれることになっているので、踏んだり跨いだりしても大丈夫です。

 問題は線を越えた後。向こうの国の警備兵に見つからないようにしなければなりません。

「ここまでで何か質問は?」

 エドワードさんに問われて私とジークさんが首を振ると、エドワードさんはふふっと笑って言いました。

「兄妹みたいだ」

「へ?」

 私とジークさんが兄妹みたいだと言うのですか?

「最近さ、表情が変わりにくいところと、静かに話すところが似てると思ってね。今も同時に首振ったし」

「……そんな理由で兄妹なら世界中の同じような人と家族になれると思うんですが」

「そうだね。ここのところずっと一緒にいるのを見てきたせいかな。髪の毛の色とか全然違うのにね」

 髪の毛の色が違う? あなた旅に出た日に「二人とも髪の毛と目が赤い」って言ってませんでした? 一体あなたは私がどう見えてるんですかエドワードさん?

「それじゃあ、質問がないなら行こうか」

 エドワードさんは自分の発言を全く気にしていないようです。さっさと森の中に入っていきました。

 森の中は薄暗くて不気味です。変な生き物がいそう。

 ビクビクしつつ歩いていたら、急にエドワードさんが立ち止まりました。

「魔物がいる。レイちゃん、あの木の陰に隠れて」

 このあたりの魔物は強いので私は急いで隠れます。

 グオーとかガオーとか吠える熊みたいな魔物が六匹走ってくると、エドワードさんとジークさんはそれぞれ剣を抜き、あっさりと魔物たちを真っ二つにしました。

 まるで魔物が弱いかのようですが、私の仲間二人が強すぎるだけです。特にエドワードさんは人間離れしています。ただの剣が聖剣に思えてくるぐらい。

 魔物たちが溶けていく様子をぽーっと見ていたら、今度は人間が三人走ってきました。たぶん国境警備兵です。

「おい、あんたたち! 大丈夫か?」

「ええ大丈夫です。この通り倒しました」

 警備兵一が焦った様子で聞いてきて、エドワードさんは爽やかな笑顔で答えました。

「そうか、良かった。ところで何でここに?」

 そう言って警備兵一はエドワードさんを見て次にジークさんを見ると、口をあんぐりと開けました。かなり驚いている様子。

「先輩、そんな風にしてると馬鹿みたいですよ」

 警備兵二は警備兵一の口を閉じさせると、先輩に代わってジークさんに謝り、次に私を見て動きを止めました。

 えっ、ちょっと、何でそんなに見てくるんですか?

「失礼だぞ、二人とも。そんなに見るんじゃない」

 そう言って警備兵三が警備兵一と二の頭にチョップすると、警備兵一と二は頭を抱えて蹲ってしまいました。とても痛そうです。

「すいませんね。こいつら驚いたみたいで。勇者に選ばれた方ですね? 諜報部の方が待ってますよ」

 警備兵たちの後について境界線のすぐ近くまで行くと、オレンジの髪と目の旅人の格好をした美人さんが待っていました。誰かに似てます。あっもしかして!

「スチュワートさん?」

 私が思わず声に出すと、美人さんは首を傾げました。

「あなたどうして……あっ、あなたがレイちゃんね? マリアから話は聞いてるわ。ふわふわしてるってマリアが言ってたけど、本当ね」

 私がふわふわしてる? そんなことを言われたのは初めてです。どこがふわふわしているというのでしょう。

「あら、そういえば挨拶がまだだったわね。マリアの姉のアンナです。職業については他言無用です。マリアも知らないことですからね」

 スチュワートさん(妹)にお姉さんがいて騎士団に入っていると聞いていましたが、実は諜報部所属だったとは。

 境界線ギリギリの所で警備兵二が片膝をついて何かを始めました。時々警備兵一にダメ出しされています。じっと見ていたらスチュワートさん(姉)が説明してくれました。

「境界線の一部を無効化しようとしてるのよ。魔法陣が上手く描けてないみたいね」

 警備兵さん頑張って! わかります、魔法陣が上手く描けない時の気持ち。イライラしちゃってさらに酷いことになるんですよね。

 ようやく魔法陣を完成させた警備兵二は呪文を唱えました。

【これ はただ のひかる せん やくたた ずの せん】

 ……区切るとこ間違ってませんか?

 二つの魔法陣が輝き、間の線が光りました。無事魔法が発動したようです。魔法の線は、ただの光る役立たずの線になりました。

「お待たせしました。これで通れます」

 疲れた様子の警備兵二が言いました。お疲れ様です。

「ありがとう。三人とも行きましょう。ちゃんと私についてくれば警備地帯なんか簡単に抜けられるわ」

 そう言ってスチュワートさん(姉)――もう面倒だからアンナさんは国境を越えました。私たちも後に続きます。

 国王が諜報部の人を勇者の道案内にしようと言い出したらしいです。あの子、かなりエドワードさんのことが気に入ったようですね。私たちは国費で旅をしているのですが、謁見後に予算が増えたとエリエント先生に聞きました。

 アンナさんについて一時間ほど歩くと森の外に出ました。途中、この国の警備兵に見つかるんじゃないかとドキドキしました。

「私の仕事はここまで。はいこれ、この国の地図。大体あってると思うわ。三人とも気を付けてね」

 アンナさんはエドワードさんに地図を渡して、私に軽く手を振ると、ニールグに戻っていきました。

 私たちのいる場所は街道らしく、左右に道が続いています。エドワードさんは地図を見て、

「こっちだ」

 森からみて左を指しました。

「とりあえず一番近くの町に行ってみよう」



 三時間後。

 村を二つ過ぎてやっと町に到着しました。ニールグの町とあまり変わりません。違うところといえばほとんどの道行く人の髪が青いことでしょうか。ニールグでは青とオレンジが半分ずつくらいでした。

 もちろんここでも髪が赤い人はいません。今日も私には好奇と敵意の視線が突き刺さってきています。まだ視線には慣れていません。でも、少しだけましになりました。もううっかり魔法を使うことはないでしょう。

 さて、私たちはこれから宿を探します。この国、アクト王国では教会に泊まることなんてできません。泊まることができるのはあの美少女で高飛車な彼女です。

 街中を探し回って、あまり目立たない所に建つ安めの宿に決めました。

 宿に入った時、従業員さんが私とジークさんを見てギョッとしていましたが、すぐに営業スマイルを取り戻していました。素早く切り替えられるあたりが警備兵より優れています。

 今、私はエドワードさんとジークさんの部屋にお邪魔しています。これから報告書とやらを書くためです。

 エドワードさんは紙とペンを用意すると、綺麗な字で報告書を書き始めました。

「ペルンにあった神の道具って何て言ったっけ?」

「ボールペン、です」

 こんな感じでエドワードさんは、私とジークさんに時々質問をしながらどんどん書いていきました。最後に自分の名前を書いて、

「二人とも署名して」

 そう言ってジークさんに紙とペンを差し出しました。

 ジークさんも綺麗な字で名前を書くと、私に紙とペンを差し出してきたので、私は受け取って名前を書こうとしました。が、

「レイちゃん、どうかした?」

「私、字、書けません……」

 字が読めるけれど書けないことに気付きました……。

「えっ、書けないって何で? 読めるのに書けないの?」

「普通の習い方じゃなかったので」

 頭をガシッと掴まれて無理やり覚えさせられた感じ?

「そうかー。じゃあとりあえず筆持って」

 言われた通りにすると、エドワードさんは私の後ろに回り込み、私の手に彼の手を重ねました。これってまさか……。

「レイちゃんの名前はこう書くんだよ」

 そう言って、エドワードさんは私の手ごと自分の手を動かし、私の名前を書きました。ううう、何だか小さい頃に戻ったかのよう。書道でもないのにこの歳になってこんなことをされるとは……。

「よし、完璧。あとは……」

 エドワードさんは机の脇に置いておいた何かが描かれた紙を取ると、その紙を見ながら報告書を折りました。

「これでいいかな」

 折りあがったそれは、紙飛行機でした。

「これ、飛ぶらしいんだ」

 エドワードさんが不思議そうな顔で紙飛行機の羽に大教会の住所を書くと、

「呪文を唱えて飛ばせば宛先まで飛ぶ。魔法が使えないやつでもできる」

 ジークさんがそう言いました。

「ジークはこれを使ったことあるのか?」

「ある」

「じゃあ、やってみてくれないか?」

 ジークさんは紙飛行機を受け取ると、窓を開け、

【飛べ】

 と呪文を唱えると同時に紙飛行機を飛ばしました。

 紙飛行機は夕焼けの空を前へと進みながらどんどん上昇していき、見えなくなりました。一体どうなっているのでしょう。ただの紙飛行機ではないことは確かです。

「なにあれ。どうなってんだ? あれで大教会まで行くのか?」

 エドワードさんは信じられないようです。

「今日中には届く。どうなってるかは知らない。国家機密だから」

 こ、国家機密……! 何かすごいです!

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