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登山もすれば

「ところでレイちゃん。レイちゃんはこれのこと何か知ってる?」

 そう言って、エドワードさんは木刀を差し出してきました。

「木刀だと思います」

「ぼくとう?」

「木の剣です」

「やっぱり木でできてるのか。変わった形だね」

 そう言いながらエドワードさんは刃の部分を触りました。

「木か……あの子も言ってたけど、斬れないね。いろいろと砕けるって言ってたっけ? これってそういう剣なの?」

「私は、木刀は練習のための物だと思ってます」

「練習用か……斬れなくても剣にひびをいれたところをみると戦闘に使えないわけじゃないな。でもな……やっぱ斬れる方がいいか……ジーク、これ使ってみるか?」

 エドワードさんが木刀を差し出すと、

「エドは使わないのか」

 ジークさんはそう聞きながら受け取りました。

「まあな。斬れないし、神様の道具だと思うとな」

「これを使って昔の勇者は魔王を倒したんだろう。エドは勇者だ。だからエドが持つべきじゃないのか」

 この教会に戻ってきた時、司教さんが説明してくれました。

 この剣が聖剣と呼ばれる理由は、手入れいらずでよく斬れるというだけでなく、昔の勇者がこの剣を使って魔王を倒したからだ、と。

 ジークさんの言葉にエドワードさんは小さく溜め息を吐き言いました。

「前から言おうと思ってたけどさ、『勇者』って呼ぶのやめてくれないか? 僕にとって『勇者』っていうのは『魔王を倒した人』のことなんだよ。僕がしたことなんて魔物を倒したことだけだ。それだけのことで『勇者』と呼ばれたくない」

 そういえば、エドワードさんが勇者だと名乗ったことは無い気がします。

「そうか。わかった」

 とだけ言うと、ジークさんは木刀をじっと見つめ、不意に右手で柄を握り、左手で刀身を握ると、左右に引っ張りました。

 すると、なんと! 木刀が二つに分かれ、中から金属らしきものが!

 ジークさんはその出てきたものを見ると手を止め、私とエドワードさんから少し距離を取ると、木刀をさらに引っ張り、完全に姿を現した金属らしきものを見て言いました。

「よく斬れそうだな」

 金属らしきものは、刃でした! 木刀だと思っていたものは、実は真剣だったのです!

挿絵(By みてみん)

 よく斬れそうな刃を見てエドワードさんが、

「……レイちゃん、あれ練習用には見えないよ?」

 と言いました。どういうことだ、という目を向けてきています。

 そんなの私が知りたいですよ。

「……私の知ってる木刀は、中からあんなものは出てきません……」

「そうか……それにしても、ジーク、よく気付いたな。僕もレイちゃんもあの子も気付かなかったのに」

「よく見ればすぐに気付けたはずだ」

「……あの子は二日持ってて気付かなかったんだな……」

 私がただの木刀だと思い込んでよく見ようとしなかったように、彼女も斬れない剣だと思い込んでしまったのでしょう。

「エド、やっぱりこれ使うか」

 ジークさんの問いにエドワードさんは、

「いや、使わない」

 と答えました。勇者ではなくその仲間が聖剣を持つとは。珍しいことになったのではないでしょうか。

 ジークさんは木刀というか刀をじっと見つめて、今度は私に聞いてきました。

「これは普通の剣と使い方は同じなのか」

「……ごめんなさい。剣道は中学の授業でしかやってないのでわかりません」

 ていうかジークさんの言う普通の剣の使い方だって知りませんよ。剣なんて私にとっては本と画面のむこうの物でしたから。

 役立たずでごめんなさい、ジークさん……。使って慣れていってください。



 三日後。

 私たちは今、山にいます。登山の真っ最中です。何故登っているのかと言うと、国境までの近道だからです。どこかの勇者に神の道具を取られる前に取りに行くために急がなければなりませんから。

 それにしても、エドワードさんもジークさんも速いです。平地と同じ速さで山道を歩いて行きます。私はついていくのに精一杯です。

 登山ってもっとゆっくりするものだと思いますよお二人さん!

「レイちゃん大丈夫? もう少しで頂上だよ。後は下りだから楽になるよ」

 エドワードさんが励ましてくれました。

 そうですね。楽になりますね。でも下りは下りでつま先が痛くなります。あれってちょっとつらくないですか?

 登り続けることしばし。頂上に着きました。

 ここはたぶん標高は二千メートルくらいだと思います。木があまり生えていないうえに、晴れていて雲が少ないので下界がよく見えます。なかなかいい眺めです。

 ぼーっと景色を眺めていたら、ふと中学の登山を思い出しました。

 登山一日目のあの日ほど、山の天気が変わりやすいことを実感した日はありません。

 私たちが今いるこの山も、一時間後くらいには雨が降りだすかもしれないですね。

「レイちゃん」

 エドワードさんに呼ばれて振り返ると、五十メートルくらい離れた所に魔物が五匹いることに気付きました。まだ私たちがいることに気付いていない様子。

「あいつらたいしたことないと思うけど、一応気をつけて。他に仲間がいるかもしれないし。ジーク、聖剣使ってみればいいんじゃないか?」

 ジークさんはこくりと頷くと魔物たちに近寄って行きました。

 あの魔物たちはどれくらい強いのでしょうか。首都から結構離れたので初めて遭遇した魔物よりは強いはずです。

「エドワードさん、あの魔物たちは私でも倒せますか」

「んー、レイちゃんなら隠れて魔法使えば大抵の奴は倒せると思うよ。杖で殴るなら三回殴ればいいかな。でも五匹いるからね……一匹殴ってる間に他のにガブッとやられるかも」

 うわあ、ガブッととか嫌だなあ。

 魔物たちはようやくジークさんに気付いたようで、ウーウー唸り始めました。ジークさんをかなり警戒していますが、私とエドワードさんの存在には全く気付いていないようです。

 魔物たちに十分近付いたジークさんは抜刀すると、あっという間に魔物を全部真っ二つにしてしまいました。何であんなに速く動けるのでしょう。努力の積み重ねでしょうか。

「どんな感じだった?」

 戻ってきたジークさんにエドワードさんが聖剣の感想を聞くと、ジークさんはちょっと考えて言いました。

「普通」

 えー。聖剣なのに「普通」って。何かないんですか、聖剣らしい効果とか。

 ジークさんは、私が不満に思っていることを表情から読み取ったのか、さらに感想を言いました。

「あいつらが弱すぎてよくわからなかった」

 聖剣の凄さは雑魚ではわからないということでしょうか。それとも、聖剣と言えどもよく斬れて手入れ要らずなだけなのでしょうか。



 下り始めて十分。ぽつっと雨粒が顔に当たりました。見上げれば木々の葉の向こうに雨雲が見えます。本格的に降ってくる前に下山するなり山小屋に着くなりできるでしょうか。

 しばらくして雨が強くなりました。葉のおかげでまだまだ傘を差さなくても大丈夫なくらいです。

 数分後、さらに雨が強くなりました。きっともうすぐどしゃ降りになるでしょう。雨ガッパが欲しいです。

 急にエドワードさんが立ち止まりました。どうしたのかと思えば空を見上げて何か考えているようです。彼はジークさんと何やら相談すると、私に向き直って聞いてきました。

「レイちゃん、もう少し速く歩ける?」

「無理です」

 もう脚が痛いし、かなり疲れています。これ以上は勘弁してください。

「そうか。じゃあジークに荷物預けて」

 軽くすれば速く歩けるわけではないのですが……ジークさんが手を差し出してきたのでありがたく持って頂きます。

「ちょっとごめんね」

 エドワードさんはそう言うと、ひょいっと私を肩に担ぎ上げましたあ!?

 え、えええ? 何故担ぐのですか?

「こうした方が早いと思ってね」

 だったら最初に担ぐって言ってください。「ちょっとごめんね」じゃなくて!

「行くか」

 とエドワードさんが言うとジークさんは頷き、二人はもの凄い速さで走り始めました。オリンピックに出場できそうです。ジークさんはいいとして、エドワードさんは人を担いで山道を走れるなんて……本当に超人です。さすが未来の勇者様!

 五分後、山小屋に着きました。三人ともびしょ濡れですが、普通に歩いていたらもっと酷いことになっていたことでしょう。

 山小屋の人が貸してくれたタオルで髪を拭いていると、エドワードさんが申し訳なさそうな顔をして言いました。

「ごめんね。無理させて。毎日長距離歩いて大変だよね。今日なんか山だし」

 何で急に謝るのでしょう。もしや疲労が顔に出てる?

「その、私こそ申し訳ないです。エドワードさんの助けになるのが役目なのに足を引っ張ってしまってごめんなさい」

「レイちゃんは足を引っ張ってなんかないよ。……ありがとう。会ったばっかの僕についてきてくれて。つらくない?」

「そんなにつらくないです。むしろいろんな所に行けたり知らない物とか珍しい物を見れたりして楽しいです」

「前向きだね。……これからはつらいことが増えて楽しいことは減ると思うよ。それでもついてきてくれる?」

「ついていきます。一度、あちこち行ってみたかったんです。それに、することもないし、どうすれば家に帰れるかわからないので」

 あちこちっていうのは地球上での話でしたが、今はこのファンタジーな世界をあちこち旅したい気持ちがとても強いです。

「そうか……つらくなったら遠慮なく言ってね。なんとかするから」

「ありがとうございます。……絶対最後までついていきます」

 こんな憧れていたような世界に来て、途中で投げ出すことは絶対にしたくありません。

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