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勇者と一緒に

 思えば初日から目的の物をあっさりと手にできたのは幸運なことでした。そもそも勇者の旅が全てうまくいくなんてことはないのです。障害は付き物です。

 ええ、そうです。私たちは旅立って十日目にして壁にぶち当たりました。

 今私たちのいるこの町の名はナターク。つまり神の道具の一つ、聖剣がある町です。いえ、あった町というのが正しいでしょうか。

 何故過去形なのかというと、なんということでしょう! 聖剣はこの町の教会から奪われてしまったのです!

 二日前の夜、恐ろしく強い集団がどこからともなくやってきてあっさりと奪っていってしまったそうです。教会戦士や司教が何人か怪我をしたらしいです。

 で、そいつらは、

「勇者がここにこの聖剣を取りに来たら、これを渡しなさい」

 と言い、地図の描かれた紙を残して去っていったそうです。

 エドワードさんとジークさんだけなら、もう少し早くこの町に来ることができ、聖剣が奪われることもなかったでしょう。私、魔法が使えることを除けば凡人なのです。はっきり言って超人な二人の足を引っ張っています。申し訳ないです……。

 私が心の中で謝罪していると、

「これがその地図です」

 そう言って、今の状況を説明してくれた司教さんは、エドワードさんに地図を渡しました。

「町の外か……二人も見て」

 エドワードさんは私とジークさんに地図を見せてきます。

 この町から延びる街道から少し外れた所に赤いバツ印が描いてあります。ここに来い、ということなのでしょう。

「レイちゃん」

 エドワードさんが真剣な声で呼び掛けてきました。見れば彼の顔も真剣です。

「人と戦闘することになるかもしれない。それもかなり強いのと。僕たちも相手もただじゃ済まないだろうね。だから、覚悟しておいて」

「はい」

 はあ……。返事はしたものの、覚悟しろと言われてもできないというか、どう覚悟したらいいのかわかりません。

 エドワードさんの言う「ただじゃ済まない」というのは「最悪死ぬ」ということだと思います。自分や他人が死ぬかもしれないなんてどうやって覚悟したらいいのでしょうか。



 結局、中途半端な覚悟で来てしまいました。

 ここは地図でバツ印がつけられていた所で、林の中の開けた場所です。今のところ私たち三人の他に誰もいません。たぶん。

 私がキョロキョロとあちこち見ていると、不意にエドワードさんが剣に手をかけました。ジークさんも同様にしています。

「いつまで隠れてるつもりだ?」

 エドワードさんがどこかにむかって呼び掛けると、木の陰から女性が十人くらい出てきました。服装からして半分は魔法使い、半分は戦士というところでしょうか。

 その中の一人、私と同じ歳くらいの人が進み出てきました。

 綺麗な金色の波打つ髪、宝石のような青い目、白い肌、整った顔立ち。一言で言うと美少女です。で、何故か木刀を持っています。

 彼女はこれまた綺麗な声で聞いてきました。

「アンタがカーメイ教の勇者?」

 ジークさんにむかって。

 この十日間ジークさんと一緒にいてわかったことがあります。

 ジークさんは魔王を倒した勇者の子孫だと思われている、ということです。髪が赤いせいですね。ちなみに、彼は赤ちゃんの時に拾われた子で、どういう血筋なのかは不明です。

 今私たちの前にいる彼女も、ジークさんの髪が赤いのを見て、勇者の子孫なら彼もまた勇者と考えたのでしょう。

 間違えられたジークさんは、黙ってエドワードさんを指差しました。

「違うって言うの? だったらその頭は何なの?」

 彼女がジークさんをビシッと指差して聞くと、

「知らない」

 ジークさんは素っ気なく答えました。

 彼女はその答えに不満そうですが、「まあいいわ」と呟くと、こちらにむかって言いました。

「アンタたち、神の道具持ってるんでしょ。それを渡しなさい」

 ものすごーく偉そうに。

 彼女は続けて言いました。

「剣から手を離しなさい。おとなしく差し出すなら危害は加えないわ。抵抗なんて無駄だからやめなさい。そっちは三人。こっちは隠れてるのも合わせて十五。勝てないってわかるでしょ?」

 そんな彼女に、エドワードさんが敵意のこもった声で聞きました。

「君たち何者? カーメイ教の勇者かと聞いてきたところからすると、他の宗教の勇者かな?」

「そうよ。アタシはクーマ教の勇者」

 旅に出る前に大司教さんから聞きました。他の宗教も勇者を選んだだろうからその勇者たちと神の道具の取り合いになるかもしれない、と。国家間だけでなく、宗教間でも競争や対立があるらしいです。魔王という世界を脅かす存在が復活するかもしれないというのに。

 クーマ教は複数の国で信じられており、イリム大陸の四分の一はクーマ教が占めているのです。ちなみにカーメイ教の国はここニールグ王国だけ。

「さあ渡しなさい。さもなきゃ痛い目をみるわよ」

 そう言って彼女は木刀を見せ付けてきました。

「これが何だかわかる? 聖剣よ。ま、よく斬れるって聞いてたのに全然斬れないけど。でもこれ、いろいろと砕けるのよね」

 えええ! 聖剣なのそれ!? ていうか、

「教会から聖剣奪っていったのあなたたちですか?」

「そうよ。まったく、あの教会の奴らは弱すぎよ。そうそう、国境の警備の奴らもたいしたことなかったわね。この国は大国だっていう傲りがあるせいかしら。ところでアンタ」

「なんですか」

 彼女は私を馬鹿にした目で見てきました。

「アンタ、神のお告げの子でしょ。いろいろと調べてあるのよ。ねえアンタ馬鹿じゃないの?」

 馬鹿とは何ですか。酷いですね。

「男二人と一緒にいて、身の危険とか感じないの? 勇者の助けになるのならこんな男より私の助けになりなさいよ。こっちは女しかいないわよ」

 馬鹿と言っておいて、ついて来いと? やなこった。

「さあ渡しなさい。で、アンタはこっち来なさい」

 あまりにも偉そうに言うからイラッときました。こいつには従いたくない。

「嫌です。エドワードさん、この人たちには勝てますか?」

「……出来ないことはないだろうけど、間違いなく大怪我だね。それに、勝てても最悪の場合はその怪我が原因で死ぬし。レイちゃんには隠れといてもらえば良かったな」

 ああなるほど。私が弱くて足を引っ張るからエドワードさんたちは上手く戦えないってことですね。大変申し訳ないです。

 それに、大怪我するとか死ぬなんて覚悟できてませんよ。むう……。どうしたら。

「何アンタ、逆らうの? おとなしく言うこと聞きなさいよ」

 こうなったら、あれを試すか。旅に出たあの日からなんとなく考えていたことを。

「嫌なものは嫌。あんたみたいに偉そうにしてる奴より、爽やか好青年のエドワードさんの方がずっといい。私はエドワードさんを助ける。だから」

 左手で杖を握る。右手を差し出す。そして言う。

【その木刀をちょうだい】

 彼女の指がピクッとしました。

「レイちゃん、何する気?」

 エドワードさんが聞いてきました。私は魔法を使うつもりですよ。まだ誰も使ったことのない魔法を。  私は、呪文は日本語なら何でもいいんじゃないか、と考えています。これからそれの真偽を確かめるのです。要するにぶっつけ本番です。ああ、どうして今日までにやっておかなかったのでしょう。

 私が発したのが魔法語だとわかったのか、彼女は木刀を構えました。

「私に魔法使う気? 魔法陣描かないってことは攻撃魔法じゃないでしょ。私にそんなもの効かないわよ。それに私の仲間たちだって魔法には強いわよ」

 それはどうかな。私、魔力は強すぎるそうだよ。

「レイちゃん、呪文を聞かれて覚えられたら駄目だって陛下がおっしゃってなかった?」

「大丈夫です」

 心配しないでください、エドワードさん。これはニールグの魔法ではありませんし、たとえ覚えられても意味がわからなければ使えませんから。

【その 木刀を ちょうだい】

 今度は呪文ぽく言ってみました。

「だから効かないって言ってるでしょ」

 はいはい、わかったよ。そうやって油断しててね。

【その 木刀を 譲りなさい】

 彼女の腕がほんの少し動きました。これはいけるかもしれません。

【その 木刀を 渡しなさい】

「っ、アンタ何を……」

【その 木刀を 私たちに 寄越しなさい】

 彼女は体が勝手に動きそうなのを堪えています。彼女の仲間たちが異変に気付き、剣を抜いたり魔法陣を描き始めたりしたので、私は咄嗟に叫びました。

【あんたたちはおとなしくしてなさい!】

 彼女たちは動きを止めました。動けない様子。ん、まだ動けるのがいます。

【おとなしくしろ! 動くな!】

 強く言ってみました。今度は全員動けなくなったようです。隠れているのも動けなくなっているでしょうか?

「アンタ何したの!」

 彼女が斬りかかってきました! が、エドワードさんが受け止めてくれました。ひいいいいぃぃぃ! エドワードさんの剣にひびが!

 ジークさんが物凄い速さで剣を抜いて彼女に斬りかかりましたが、彼女も勇者に選ばれただけのことはあり、かわして後ろに下がりました。たぶん。速くてよく見えませんでしたよ。

 彼女が私を睨み付けてきています。視線に殺気が大量に混じっています。完璧に敵と認定されました。うう、怖い。体が震えます。でも、負けない。この高飛車女に負けたくない!

【その木刀を譲れ! 渡せ! 寄越せ!】

 私が思いっきり叫ぶと、彼女は木刀を軽く投げて寄越しました。

 地面に落ちた木刀をエドワードさんが拾いました。神の道具二個目ゲット!

 彼女は呆然としています。自分がしたことが信じられないのでしょう。

「レイちゃん、今どういう状況なのかな? どうしてあの子はこれを投げたのかな?」

 すみませんね、エドワードさん。説明しなくて。

「あの人には相手の物を強制的に譲ってもらえる魔法を使って、他の人には動けなくなる魔法を使いました」

「何その強制的に譲ってもらえる魔法って。まあ今は説明はいいや。あの子たちはどうするべきかな」

「不法入国でつきだすのはどうだ」

 ジークさんが彼女を警戒しながらそんなことを言うと、

「と言ってもな……一応勇者だしな……僕たちもそのうち同じ事するし……」

 エドワードさんは悩み始めました。

 しばし考えた彼は、

「帰ってもらうのがいいかな」

 そんな結論を出し、彼女に向き直ると言いました。

「君たち帰ってくれない? で、ついでに勇者一行やめてくれる?」

 エドワードさんの言葉に彼女は怒りました。

「は? アンタ何言ってんのよ!」

「要するに、邪魔するなってこと」

「はあ!? アンタたちこそ引っ込んでなさいよ! 大体たった三人で何が出来るって言うの!?」

「んー、魔王討伐は大変だけど、神の道具集めなら三人いれば何とかなるだろうね。それにジークもレイちゃんもこれからたくさん成長するだろうから魔王も倒せるかもね」

「『だろう』とか『かも』なんて予測じゃないの! そんな不確かなことでいいと思ってるの!?」

「まったく、君うるさいよ。他の人はみんな静かにしてるのに」

 それはきっと、私が「おとなしくしろ」と言ったからです。

「はあ。もう君とは話したくないね。断言するよ。ジークもレイちゃんも必ず強くなる。ついでに僕も。魔王が復活したら絶対倒す。だから」

 エドワードさんはそこまで言って、ふっと息を吐き出すと続けました。

「お前は邪魔だ。とっとと帰れ。今後邪魔するようなら、殺す」

 え、えええ? いつもの爽やかな好青年はどこに? 聞き間違いでなければ「殺す」って言いましたね? エドワードさん、あなたちょっと怖いですよ……?

 彼は今、どんな顔を彼女に向けているのでしょうか。見たいような見たくないような。

 彼女は私を見て、

「コイツのどこが爽やか好青年なのよ。やっぱりアンタ馬鹿ね。旅の間に何かあっても知らないわよ」

 と言いました。

 あんたに心配される覚えはないね。

「それじゃ、こいつらはほっといて行こうか。ナタークに戻るよ。レイちゃん、着いたらさっきの魔法の話聞かせてね。ジーク、もう剣はしまったら?」

 そう言って私に向き直ったエドワードさんは爽やかな笑顔を浮かべていました。良かった。いつもの好青年です。



 町の教会に戻ってきました。今日はここに泊まるのです。

 今私たち三人がいるのはエドワードさんに与えられた部屋です。

「さて、レイちゃん。あの魔法の話を聞かせてくれる?」

 そんなに気になるんですか、エドワードさん。

「はい。でもどこから話せばいいのか……」

「そうだね……まず、あの魔法、何だっけ……そうそう、強制的に譲ってもらえるってどういうこと? 相手のものを奪えるってことかな?」

「えーっと、あれは相手に譲ってもらえる魔法なんです。相手に譲るつもりがなくても譲ってもらえるから、強制的に譲ってもらえる魔法なんです」

 うーん、こんな説明でわかってもらえるのでしょうか。

「そうか。それであの子はこっちに聖剣を投げて寄越したんだね。じゃあ次の質問。レイちゃんはあの時大丈夫だって言ったよね。呪文を聞かれても大丈夫だってことだよね。どうして?」

「私が使ったのはこの国の魔法じゃないし、覚えられたとしても意味がわからないだろうから大丈夫だと思ったんです」

「この国の魔法じゃないってことはどこかの国の魔法ってこと?」

「違います。私があの場で作りました」

「え……」

 エドワードさんはぽかーんとしています。

 そんなに驚くことじゃないと思いますよ?

「私、旅に出た日に魔法を開発して、ジークさんにおめでとうって言われたでしょう。ペルンでもあの魔法を発動させてしまったの覚えてますか」

「よく覚えてるよ」

「あれ、首都の時の呪文は『見ないで』だったんですけど、ペルンの時は『見るな』だったんです。だから、魔法の呪文なんて日本語なら何でもいいんじゃないかって考えました」

「うん、それで?」

「それで、あの、ジークさん。エリエント先生は、私が何か日本語で言えばそれが魔法になるかもしれないって言ったんですよね」

 私の問いにジークさんはこくりと頷きました。私は説明を続けます。

「私は先生の言葉を考えて、どんなことでも日本語で言えば魔法になるんじゃないかとも思ったんです」

「つまりどういうこと?」

「こういうことです」

 こういうのは実際にやってみるのがいいのです。

【エドワードさん、手を挙げてください】

 テーブルの上のエドワードさんの手が彼の顔の横まで挙がりました。

「え? へ? レイちゃん何したの? 僕の名前呼んだのはわかったけど」

「日本語で『エドワードさん、手を挙げてください』って言いました」

「え、つまり、手を挙げさせる魔法を使ったってこと?」

「はい。他にもいろいろ出来ると思います。立たせるとか座らせるとか」

「つまり」

 ずっと黙っていたジークさんが言いました。

「レイは簡単に新しい魔法を作れるのか」

「そうです。日本語がわかる人なら誰でも出来ます。あ、でも、魔法陣がいるのは出来ないと思います。どうなってるのかまだよくわからないです。呪文だけじゃ火とか水とか出てきません」

 実際、何かを出す魔法で魔法陣無しでいいものは、教科書にも先生が見せてくれたそれ以上の本にもありませんでした。

「そうか。ふっ、ははははは」

 どうしたんですか、エドワードさん。いきなり笑って。

「勇者の子孫かもしれない優秀な剣士と、神様のお告げの優秀な魔法使いが自分の味方なんてね。僕はついてる」

 えー。私はまだ優秀じゃないですよ。攻撃魔法は教科書を見ながらじゃないと使えないし魔法陣描くのに時間かかるし。

「ふふふ。レイちゃん、今日はありがとう。おかげで無傷で神の道具が手に入った」

 エドワードさんはとても機嫌が良いようです。林で見たあの機嫌の悪い、「殺す」とまで言った彼は一体何だったのでしょう?

「ジーク、レイちゃん、長い旅の間に一緒に強くなろう。あの子が何も言えなくなるくらい」

「それはいいな。あのうるさいのが黙るのはいいことだ」

「ジークもうるさい奴って思ってるんだな。レイちゃんは?」

「私はあの人は高飛車で嫌いです。偉そうにしてるのがイライラします。だから私もあの人を魔法を使わずとも黙らせられるくらいに強くなります!」

「よし、いい返事だ」

 エドワードさんは満足そうに笑って言いました。

「二人とも、これからもよろしく」

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