後編
「くそっ、一体全体どうなってやがる!
魔獣をおびき寄せる狂乱丸でも焚いてたのか!?」
チャパムは狼のような魔獣の首を刎ね飛ばしながら叫んだ。
始末屋として広く名を馳せる彼が、柄にも無く戸惑っているのにはワケがある。
国境を越えるため関所へとやって来た俺達を出迎えたのは、警備兵でも役人でも無く十体ほどの魔獣だったのだ。
そもそも、魔獣王の住処から最も遠いとされるこの国で魔獣に出会う確率はまだまだ低く、俺達が今までに出会った回数も片手で数えられる程度でしかなかった。
しかも、厄介で有名な魔獣王の住処付近でしか見られないらしい人型の魔獣が三体もいたとすれば、彼のその反応も当然である。
特に今は素人に毛が生えた程度の実力しかない俺と言う名のお荷物がいる。その俺を守りながら戦わねばならないのだから、いかにチャパムでも攻めあぐねて無理はない。
人型の魔獣を初めて見た俺は、その見た目のあまりの醜悪さに吐き気を覚えた。
ゾンビゲームの敵をよりリアルに、より怖ろしくしたような姿形。それでいて人を超えた俊敏な動きを見せるのだからたまらない。
場に漂う今にも逃げ出したくなるようなこの腐臭は、おそらく奴らが汚く喰いあさった関所の人間たちの残骸から来るものだろう。
ちなみに俺は現在、関所後方の木の陰からこそこそとチャパムの戦闘を見守っている。
ただ庇われるだけというのはあまりに心苦しく、パッと思い浮かんだ熱々汁顔面ぶっかけ作戦などを実行しようとも思ったのだが、相手の動きが速すぎてインスタント麺の出現させる場所が定まらないという情けなさ。
今の俺に出来る事と言ったら、魔獣の注意を引かないよう息を殺し、あとはせいぜい心の中で彼の応援をする程度だ。
これで仮にも救世主と呼ばれる身だと言うのだから笑わせてくれる。わははのはー、っだ。
「拓斗ッ!」
自嘲しているところに切羽詰まったようなチャパムの呼び声が聞こえて意識を戻すと、豹のような魔獣が一体とハイエナのような魔獣が二体、猛スピードでこちらに向かって来ているのが見えた。
ちょっ、三体、無理、死ぬっ!
頭では逃げなければと思うのに身体が竦み上がって動こうとしてくれない。
獰猛な咆哮と共に、三体それぞれが残り十数メートルの距離を埋めようと跳びかかって来た。
目前に迫った死の恐怖に俺は堪らず叫び声を上げる。
「うぼあああぁぁああああぁあああッ!」
半ばパニックになりながら両手を前へ突き出すと、ほぼ無意識に能力を発動させていた。
一瞬にして俺の前方に巨大な醤油味の熱湯壁が現れる。もちろん、中には麺やかやくも浮いている。
それは、今の今まで全く考えもしなかったインスタント麺の複数同時召喚だった。
…か、火事場の馬鹿力?
跳躍していたため避けきれず全身にもろに熱湯を浴びてしまった魔獣たちは、俺を捕えること無く地面に落ち火傷の痛みにもがき苦しんだ。
そこへ、なんとか人型の魔獣を振り切って助けに来てくれたチャパムが怯む三体を流れるように切り捨てていく。
魔獣特有の黒い血が飛沫を上げた。
チャパムは俺の方を見ずにそのまま踵を返しながら、大きな声で言う。
「拓斗っ。今のと同じヤツが出せんなら、あっちにも頼む!」
あっちとは当然、残り六体になった魔獣たちの事だ。
名を呼ばれたことでハッとして、軽く頭を振り思考をクリアにすると、俺は走る彼の背に答えを返した。
「…やってみます!」
さっきのは無我夢中でやった事で意識的に出来るかどうかは分からないけれど、とりあえず試してみて損は無い。
幸い魔獣たちはチャパムへと真っ直ぐに突進して来ているため、そう広範囲に出現させる必要は無さそうだ。
何個分だとか細かく考えずに大まかな幅や高さ等を決め、その範囲内に同種のインスタント麺がギッシリ詰まっている様子を思い浮かべる。
「おおぉぉぉおおおお茹で上がれっ、出前っ万っ丁ぉーーーーーーッ!」
~~~~~~~~~
満面の笑みを浮かべたチャパムが剣を鞘に戻しながら傍へと駆けて来る。
片手を地面について荒く呼吸を繰り返す俺の肩をバシバシと叩きながら彼は興奮気味に賛辞を述べた。
「すっげぇじゃねぇか、拓斗!見直したぜ!」
「……こっ……こ…。」
「ん?こ…何だ?『怖かった』か?
それとも、もしかして『腰が抜けた』か?」
「こ……攻撃に使用されたインスタント麺は、スタッフが後で美味しくいただきました。」
「…………は?」
チャパムにこれ以上ないほど怪訝な目で見られてしまった。くそ、異世界世知辛ぇ。
実際は食べてないし、というかそもそもスタッフとかいないし、別に好きに消せるんだから食べ物を粗末に云々って事にはならないだろうけど、何となく日本人として言っておかなければならない気がしたんだよッ。
暢気に会話をしているところから分かるだろうが、俺の能力は無事に発動し、その隙をついてチャパムが魔獣を片付けた。
ようやく緊張から解放された俺は、気が抜けて地面にへたり込んだ…という流れだ。
何はともあれ一件落着。チャパムが伝書鳩的なものを飛ばしていたので、死体の埋葬などは確認に来る保安部隊に任せて大丈夫だろう。
そして、この日以降、俺の役割は大きく変わった。
救世主としては相変わらず論外だが、これがなかなかサポート役として重宝されるようになったのだ。
今回の相手を怯ませる熱湯壁にしてもそうだが、例えば少しだけゆるく戻した焼きそば麺で吹っ飛ばされた身体を受け止めたり、乾燥麺を重ねに重ねて敵の攻撃を防御したりと優秀な後方支援っぷりを披露している。
そう言えば、ここ数日になって魔獣の数が急激に増加しているという話を国境を越えた先の町で聞いた。
関所の悲劇は『この辺りはまだ安全だ』などと思い込み油断していたがゆえに生まれたのだろう。
前の国では一週間に一度ほどのペースで出現していた魔獣が、日に一度ペースにまで増加していた。
否応なしに戦闘機会が増え、命のやり取りも少なくない中で少しずつ精神力が上がり剣の扱いも上達していく。
さらに、チャパムとの連携も日に日に向上しており、それと比例して敬語で話す事も無くなった。
場所は変わり、季節が変わり、いつの間にか旅立ちから一年が経とうとしていた……。
~~~~~~~~~~
「ダメだ、剣が通じねぇ!どこ狙っても弾き返されちまう!」
足の関節の隙間を狙って攻撃をしかけていたチャパムが悔しげに言った。
今、俺達の目の前には黒と茶の斑模様を持った巨大で不気味な蜘蛛がいる。
……魔獣王だ。
気味の悪い赤茶の複眼に俺達の姿を映しながら、ヤツは驚異的なスピードで住処である森の中を音も無く移動しつつ襲いかかって来る。
死角から放たれる毒液や前足での突き刺しを避けるだけで一苦労だと言うのに、戦闘のさなかでも産み出され続ける魔獣たちがとにかく鬱陶しく邪魔臭い。今の俺にとってただの魔獣は十数秒で倒せる雑魚だが、それでも魔獣王と同時に相手をしなければならない状況では非情に厄介な障害物へと変わる。
死角を減らすため、チャパムと背中合わせに剣を構えながら愚痴を吐いた。
「くそっ、せめて魔獣たちの足止めが出来ればっ……!」
「なんだ、拓斗!あのデカブツを倒す策があるってのか?」
「博打みたいなもので良ければな!」
「どうせ、他に打つ手もねぇし!このまま無駄死にするよりマシだろ!言ってみろ!」
猛然と襲いかかって来る魔獣を蹴散らしながらの会話は自然と叫ぶような形になる。
魔獣王は現在、森の中に身を潜ませて俺達の隙を虎視眈々と狙っている状態だ。
あの巨体で一体どうやってとは思うが、要は腐っても蜘蛛という事なのだろう。
「外側は固くても、内側までそうとは限らないだろ!?」
「……ったって、どーすんだよ!口の中に飛び込むってんなら完全に自殺行為だぞ!?」
「俺の能力で、ヤツの体内をインスタント麺でいっぱいにするんだ!それこそ内臓が破裂するぐらいにな!」
「お前がアレを出せるのは見える場所だけじゃなかったか!?」
「だから博打だって言ってる!
ぶっつけ本番だから上手く行くかどうか分からないし、そもそも中身も強固だったら麺じゃどうにもならない!
その前に、魔獣をどうにかしないと能力を発動する隙が……チャパム右っ!」
「だぁっ!…っぶねぇ!」
木々の隙間から魔獣王の毒液が弾丸のように飛んで来るのをギリギリかわして、再び魔獣を掃討していく。
軌道を追ったところで、すでに場所移動されているのは現在までの経験で分かっていた。
「とにかく、コイツらがお前に寄らないようにすりゃあイイんだよな!?」
「でも、それが出来たら苦労はしないってヤツだ!数が多すぎる!」
「なぁに、話は簡単だ!狂乱丸を使えばいい!」
「きょっ!って、まさかチャパム!あんた一人で囮になる気か!?死ぬぞ!?」
「はん!始末屋チャパムの実力をなめんじゃねぇよ!
それとも他にもっと良い案があるってのか!?迷ってる内に二人とも死んだら阿呆だぞ!」
「くっ……分かった。チャパム、雑魚は頼む!」
「おうっ、任されたぜ!」
そう言って、俺から離れて行くチャパムを熱湯を降らせることで援護しつつ、自分自身の身も戦い守る。
やがて、彼の消えた先で紫色の煙が上がり、魔獣全てが盲目的にそちらへ向かっていくのを確認した後、俺はそこから少し離れた位置に立ち止まり剣を持った腕をだらりと下げた。
すると、その行動を隙と見たのか動かない俺の側面から魔獣王の突き刺し攻撃が鋭く迫る。
それを懸命に避けながら森からはみ出していたヤツの顔面を視界に捉えた。
「っ喰らいやがれぇぇぇえええぇぇええッッ!」
魔獣王の頭の中に大量のインスタント麺を投入する。
この場から見えないので成功しているのか否か分からないが、とにかく出し続ける。
それから五秒ほど経った頃、一瞬ピタリと動きを止めた魔獣王は、次に狂ったように暴れ出した。
統率のとれていない足で木々をなぎ倒し、毒液を無闇矢鱈に吐き散らす。そこに自らの産んだ魔獣がいようともお構いなしだ。
……イケる…のか?
暴走する魔獣王からダッシュで距離を取り身体全体を視界に収めた俺は、ヤツの胃と言わず脳と言わず体中のありとあらゆる場所に麺を出現させていった。
どれぐらいの時間、それを続けていたのかはよく分からない。
ほんの五分程度だったような気もするし、一時間くらいそうしていたような気もする。
急に魔獣王の動きがゆっくりになったと思ったら、身体全体をブルブルと震わせ出した。
そして、ヤツは口や目やその他ありとあらゆる穴から麺を飛び出させながら引っくり返り、数度の痙攣の後、絶命した。
勝った、と勝利の余韻に浸る暇もなく、既視感のある白い光が俺の身体を包む。
「この光っ、もしかして召喚の!?」
「どうやら上手くやったみてぇだな!」
魔獣王は麺の攻撃に苦しみ出してから一切魔獣を産みださなくなっていた。
だからだろう。明らかに数が少なくなっている魔獣の群れと交戦しながら、チャパムが俺の元へとやって来た。
さすがに親玉の魔獣王が死んだからといって、ゲームのように生み出された手下も同時消滅といった具合にはいかないらしい。
俺はそんな彼にありったけの感謝の気持ちを込めて叫び返す。ついでに最後の援護とばかりに魔獣に熱湯をかけてやった。
「ありがとう!何もかもチャパムのおかげだ!恩、返せないけど、ごめんっ!」
「恩も何もねぇ、お前は魔獣王を倒してこの世界を救ったんだ!
胸を張りやがれ、拓斗!いや……救世主・拓斗!
…………っ達者でな!」
チャパムのその言葉が耳に届いたと同時に、俺、井上拓斗はこの世界から永遠に姿を消した。
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こうして、魔獣王討伐を見事に果たした俺は日本へと帰還した。
すでに他の住人が入っていたアパートに戻ったおかげで不法侵入扱いされたり、神隠しの青年奇跡の生還などと無駄にニュースになったり、そのおかげでタチの悪い嫌がらせを受けたり、無断欠勤で当然のごとく無職になっていたり、それはそれはショッキングな出来事に連続で見舞われながらも、あちらの世界で鍛えられた不屈の精神力でもって何とか平穏を取り戻した。
それから数年後。とある町の小さな飲食店街の一角にこれまた小さな店を構えた俺。
素人が何を商売などと思うだろうが、今日も今日とて二十畳程度の狭い店内は客で溢れかえっている。
「マスター、注文ー。ボン兵衛、硬麺ー。」
「こっちはうまかとばい大盛り、トッピングにワカメとコーン。」
「特製ドッキング麺の八平ちゃん&UHOをマヨだくで。」
「あいよーっ!」
向こうの世界で神ラァムに授けられた能力は地球帰還後も失われず、どうせならと有効活用させてもらう事にしたのだ。
少しばかり奥まった場所にあるため始めた当初は閑古鳥が鳴いていたものだが、段々と口コミで評判が広がっていき、今では盛況に次ぐ盛況で休む暇も無い。
全国各地を巡りご当地もののカップ麺等も網羅した俺は、目下インスタント飯屋として奮闘中だ。
「ねぇ、マスター。ちょっと質問。」
「おー、何だ?」
「前から気になってたんだけど、このお店の名前ってどういう意味なの?どっかの外国語?」
「いや……。
昔、俺のふるまうインスタント麺を誰より喜んで食べてくれた奴がいてな。」
もう絶対に会えない場所にいるんだけど、それでもいつかまた食べさせてやりたくて…。
勝手だとは思ったけど、そいつの名前を貰ったんだよ。…『チャパム』……ってな。
インスタント・メシア奮闘記 完
その後の小話↓
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