中編
あ…ありのまま今までに起こった事を話すぜ。
俺は日が暮れるまでに三度ほど柄の悪い男に絡まれてしまったと思ったら、毎回のように例の赤毛の男に助けられていた。
な…何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何が起こっているのか分からなかった…。頭がどうにかなりそうだった。
ご都合主義だとかヒロイン体質だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。
「兄ちゃんよぉ…。」
「申し開きもございません……。」
救出後、呆れた目で見られる俺。…うん。非情にいたたまれない。
男が去ってから、とりあえず常識を学ぼうと人通りの多い場所で人間観察をしていたら絡まれ、何とかお金を稼げないかと露天が並ぶ通りを歩き回れば絡まれ、どうにもお腹が減ったので広場の木の下でコソコソとカップラーメンを啜っていたら絡まれた。
そんなにカモオーラでも出ているのだろうか。日本では一度だって無かったのに……。
何気にショックを受けて俯いていると、あえて空気を読まないのか赤毛の男が鼻をスンスンと鳴らしながら話しかけて来た。
「……なぁ、何かこの辺やたら美味そうな匂いがしねぇか?」
「えっ、美味しそうな匂い…ですか?
いや…特に何も……って、あぁ。多分、俺が食べていたコレの匂いでしょう。」
絡まれた際、咄嗟に木の後ろに避けておいた食べかけのカップ麺をそっと両手で持ち上げる。
それを視界に収めた男が、まるで少年のごとき素直な反応を見せた。
「あっ、ソレだ!すげぇ、良い匂い!」
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結局、あまりにキラキラしい瞳で見続けられて、食べかけラーメンを差し出すと共に能力の事をバラしてしまった。
一応命の恩人であるし、何度も絡まれる俺を呆れながらも助けてくれる程度には善人みたいだから悪い様にはならないと信じた。
今は彼の泊っている宿の一室で、ひたすら色んな種類のインスタント麺を出し続けている。
「うっま!何だこりゃ、メチャクチャ美味いじゃねぇか何だこりゃ!
うぉっ、こっちも最高にうめぇ!ていうか、全部うめぇ!」
この能力で夕食を提供すれば、代わりに部屋に泊めてくれると言うのでホイホイついて来た。
最初はそれこそ本当にそれだけでいいのか、何か騙されていないのか、ノンケだって構わず喰っちまうような人間なんじゃないのか等色々と不安もあったが、目の前で大量に消費されていくインスタント麺たちを見て、これなら確かに浮いた食費と宿代がつり合ってもおかしくないと納得した。
自分の手柄では無いにしろ、こちらの世界の食べ物をベタ褒めされるのも悪くない気分だ。
それでも、もし後ろの穴が狙われたら全力で逃げ出すつもりで一応の警戒はしているが……。
食べるだけ食べてようやく人心地ついたのか、先ほど広場でチャパムと名乗った男はベッドの上で大の字になって腹を擦っている。
その顔はいたく幸せそうだ。
ちなみに、食べた後の空いた容器や袋などは消せる事が分かっている。
最初に広場で食べ終わった時に、土に還らないであろうソレをどうしようかと悩みに悩んだ。そして「いっそ消えてくれればいいのに」と頭の中で考えた瞬間、本当に容器がいずこかへと消え去ったのである。
さておき。彼に頼みごとをするのなら、とても気分が良さそうな今をおいて他に無いだろう。
「あの…、チャパムさん。」
「さんとかいらねぇって。で、どうした拓斗?」
「俺にはインスタント麺を出す事くらいしか出来ませんが…、それで良ければお願いがあるんです。」
そう言った途端、チャパムはスッと上半身を起こして真剣な顔つきで俺を見て来た。
思わず怯みそうになるが、勇気を奮い立たせ視線を逸らさずに見つめ返す。
別段、睨まれているとかそういった事実は無いのだが、陽気な雰囲気から一転した彼の真面目な表情には何とも鋭い迫力があった。
だからと言って、俯くわけにはいかない。無茶な願いを聞いてもらおうとしているのに、相手の顔すら見られないようじゃあいけない。
しばらく沈黙が続いたが、先にそれを破ったのはチャパムだった。
「拓斗よぉ。そりゃあ、俺が誰だか知った上で依頼がしてぇっつってんのか?」
「名前ならさっき聞きました。」
特におかしな事を言った覚えは無いのだが、なぜかチャパムはその返答を聞いた後、深く息を吐きながらがっくりと肩を落として額に手を置いた。
「いや、そうじゃねーっつの。流れ読もうや。
…って。まさかとは思うがお前、俺の仕事が何だか知らなかったりすんのか?」
「初対面の人間の職業を知っていたら逆に怖いですよ。」
何が言いたいのかよく分からず眉間に皺を寄せれば、信じられないと言った表情で口を開くチャパム。
「バカなっ。始末屋チャパムっつったら大陸裏の島国でだって通用するんだぞ!?」
その反応でなんとなく理解した。
なるほど、要は彼は始末屋という仕事をしている有名人らしい。
言い方から察するに、こちらの世界のハリウッドスターかそれ以上の知名度があるのかもしれない。それなら驚くのも無理はない。
ところで…。
「始末屋……って、何です?」
「おまっ、どんな未開の地に住んでたらそんな事も知らずに生きてられんだよ!」
「えーと、…………別世界?」
「はぁあ!?」
実は彼に元の世界に帰る手段を一緒に探して貰いたいと考えていた俺は、それからあっさりとここに至るまでの真実を告げた。
相手に信用して欲しいと思ったのなら、まず自分から相手を信じなければ…。とか言いつつ、ただ愚痴りたいだけだったかのような気もするがそこはそれ。
説明が終わった後で冷静になったチャパムに聞いたところ、始末屋というのは魔獣始末人の略称で、魔獣と呼ばれる生き物を殺して生計を立てている人間をそう呼ぶらしい。
魔獣というのは、十年程前に発生した悪魔岩の悲劇と呼ばれる現象の後から現れ始めた人を喰らう化け物の事なんだとか。
さらに、魔獣には理性が無く、己以外の全ての生ある存在へと襲い掛かる程獰猛な性質をしており、形は人型だったり獣型だったりと様々だが、焼けただれた様な皮膚と突出した身体能力があるため、簡単にそうだと判断がつくとの事。
この世界の人間は悪魔の悪戯だとか神の怒りだとか適当な理由を付けているようだが、個人的な意見としては、隕石が降って来てそれに付随していた未知の放射能的な何かに汚染され生態系が狂ったのではないかと思っている。
実は落ちたのは宇宙船で人型の魔獣は宇宙人、獣型の魔獣はそのペットという線もあるかもしれない…が、まぁこの推測は単なる俺の趣味だ。当たっている可能性は限りなく低いだろう。
宇宙の概念が無さそうな相手に話したところで理解が得られるとは思えないし、適当な憶測を語るのも憚られたので口には出さなかった。べっ、別に説明が面倒臭かったってんじゃないんだからねっ。
そうそう。チャパムはこちらが呆気に取られてしまうほど簡単に旅の同行を了承した。
あんな美味いモンが毎日腹いっぱい食べられるなら護衛でも魔獣王退治でもドンと来い、だそうだ。
それさえ叶えていれば、彼は旅にかかる費用を全額負担してくれるらしい。
そのかわり道中の魔獣退治の報酬などは全てチャパムの懐にという事らしいが、現状俺がお荷物でしかない以上、何のメリットにもなっていない気がする。
どうしようもない疑心暗鬼にとりつかれながら、詳しい話は明日だというチャパムの言葉に促されて、俺は大人しく床に就いたのだった。
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一夜明けて次の日。
朝の内にある程度の装備を整えた俺とチャパムは、王都を出て獣道のような街道を歩いていた。
ここは、最初に召喚された宮殿から見えた不気味な木々に被われた森の中だ。
町や村以外の人の住まぬ場所はどこもこんな感じらしい。現代人にはキツイ事実だ。
チャパムは俺の何倍もの荷物を抱えつつも、平然と話をしながら歩いている。
「おそらく拓斗が元の世界へ帰る方法は、神官どもの言葉通り魔獣王を倒すことで間違いねぇだろう。
召喚ってのはそういうもんだと聞いてる。
だが、間違ってもお前の能力で魔獣王を倒せる事は無いと思った方がいい。」
「……ですよね。」
俺はチャパムの言葉に乾いた笑いを返した。やはり、帰還は諦めるしかないのだろうか…。
だが、それならどうしてチャパムは俺と旅をしようと思ったのだろう?
彼になら魔獣王が倒せると、そういう事なのか?
けれど、再び口を開いたチャパムはそんな考えを否定するかのような情報を与えて来た。
「俺もまだ噂でしか聞いた事は無いが…。
魔獣王ってのは蜘蛛のような見た目をしていて、しかも、ただの魔獣と違って理性的で狡猾なんだそうだ。
そして、身の丈は驚異の八ガリブ…って分かんねぇか。えーと、お前の十倍くらいの大きさだ。」
「俺の十倍のサイズの蜘蛛とか想像だけでチビりそうなんですけど。」
「まだだ。さらに、口からは強力な毒液を吐き出し当たれば即死。
ケツからは随時魔獣が生み出され続けているらしい。」
なんだそのゲームのボスモンスターみたいな設定!
リアルってだけでマジ鬼モードだよ!
そして、宇宙人とそのペット説は消えてしまった。残念だ。
「それって人が生身で勝てる相手じゃなくないですか。」
「だから、ワザワザ他の世界なんてイカレた場所から拓斗が召喚されたんだろう。
まぁ、当ては見事に外れちまったようだがな。」
「あぁ…、そうでした。」
何だか唐突に崖の上から突き落とされたような気分だ。
こちらの落ち込みを察してか、それからしばらくチャパムが声をかけてくる事は無かった。
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その夜。街道を旅する者のために一定区間ごとに作られている簡素な小屋の中で二人、静かに腰を下ろしていた。
ふと、荷物の整理をしていたチャパムが話しかけて来る。
「なぁ、拓斗よ。役に立たねぇと嘆く前に、まずはテメェの力ってヤツをきちんと把握する必要があるんじゃねぇか。
色々とやってる内に、魔獣戦で使える方法ってのも考え付くかもしえねぇしな。」
「……そうですね。」
心の中で「気休めありがとうございます」と捻くれた気持ちで返答しながら、能力把握自体は確かにしておくべきかと寝るまでに色々と実験してみた。
結果。
カップに袋にトレー。オーソドックスなうどんやラーメン、他にもそば、スパゲッティ、焼ソバ、以前母がダイエットで食べているのを見た春雨スープにソーメンスープといったものまで、インスタント麺に分類されるものであれば種類は本当に何でも有りのようだ。
ただし、袋ものは完成品を出そうとすると袋無しで麺とスープが地面にダイビングしてしまうので自前の容器が必要になる。
また、かやくやスープや麺が単品で出て来る事はない。
開封前のものから完成後のものまで好きな状態で出すことが出来、また、嗜好に合わせて麺固めや逆に伸びきった状態のものなども出せるらしい。
怖ろしい事に、特に体力だとか精神力だとかその他物質的な何かだとか、とにかく引換に何かを失うといった事実は無く、望めば望むだけ、それこそ無制限に能力を使い続けられるようだった。
あぁ、後。見える範囲であれば、どこにでも出現させることが出来る。これが分かったのは僥倖だった。
例えば、敵と正面から睨み合っている時に背後で音を鳴らし相手の気を逸らしたり、例えば、自分は安全な場所に隠れたまま魔獣を誘き出せたりするだろう。
能力の把握を提案してくれたチャパムに感謝だ。
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旅を始めて最初の頃は何もかもがチャパム任せだったが、彼は段々と俺にも仕事を与えて来るようになった。
いつまでもおんぶに抱っこの状態じゃあ心苦しいし、出来る事が増えるのは楽しかったから、俺はそれを率先して引き受けていた。
彼は俺の実の兄と違って、とても面倒見の良い男のようだ。爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
ある日、腰から下げているだけだった俺の短剣を見ながらチャパムが言った。
「さて、そろそろその短剣くらいは最低限扱えるようになっておいた方がいいぞ。
もうちょい先の話になるが、国境を越えると魔獣の出現率がグンと上がるからな。
まぁ、ちょいとばかり扱いを覚えた程度で奢って自ら死に向かうようになりゃ世話ぁ無いが…。
いつでも俺が助けてやれるとは限らねぇし、せめて時間稼ぎくらいは出来るようになれ。」
これまでにも魔獣と遭遇した事はあったし、チャパムが動物を捌くシーンなんかは何度も見たからスプラッタな光景自体には随分と慣れたように思う。とは言え、正直刃物を扱うのは怖かった。
だが、自分の命がかかっている状況で言える我侭では無いだろう。
戸惑いながらもしっかりと首を縦に振り、その日から旅の合間に彼との特訓が行われるようになった。
彼の教えはいつでも実戦形式で相手はチャパム自身だったりその辺の獣だったり、彼が弱らせた魔獣だったりと中々にハードだったが、逆にそのおかげで俺も迷うことなく刃を振う事が出来たと思う。
そして、それから二週間。
国境を目の前にしてようやく己の技術に少しばかり自信がついてきた頃に突如それは起こった。