第80話 夜の友達
「え?」
「だ~か~ら~、ずっとここに居よ。 レイお姉ちゃん」
俺の文字通り前に居るマイナちゃんは笑いながらそう言って来て顔を更に近づけて来る。 俺はそれに反射的に顔を遠ざける。 するとマイナちゃんは顔を寂しそうな表情に変わる。
「レイお姉ちゃんどうして?」
「あ、え、えっとね……」
マイナちゃんに俺が何か言い訳しようとしているとマイナちゃんが俺から離れ、立ち上がろうとする。 俺は何故かその動きに恐怖と……懐かしい感覚を感じた。 中学のいじめられていた頃に良く感じていた感覚。 それを感じた瞬間意識しない内にマイナちゃんの華奢な腕を掴み、そのままマイナちゃんを抱きかかえる。
「え?」
マイナちゃんは俺の急な行動に驚きの声を俺の首元で漏らしていた。 俺はそれを無視して更に強く抱く。
「……ごめんマイナちゃん。 今日はずっと一緒に居ようか」
「……うん」
マイナちゃんは俺の手の中で何処か安心したような表情をしながら俺に体重を預けていた。
「レイお姉ちゃん、そろそろ離してくれない?」
「ここら辺って夜寒いよね」
「お姉ちゃん、私は防寒具じゃないよ」
マイナちゃんが嬉しそうに文句を言って来る。 俺はそれを聞き少し腕の力を弱める。
「あっ……」
するとマイナちゃんはちょっと顔を寂しそうにするのですかさず腕の力を元に戻す。
「やっぱりこうしてよっか」
「……うん」
すっかり大人しくなったマイナちゃんを抱きながら俺は彼女が何故俺を部屋に呼んだのか考えていた……が理由は分からなかったので彼女に直接聞く事にした。
「マイナちゃんは何で私を部屋に誘ったの?」
「どういう事?」
「だってこんな夜だし。 たまたま廊下で出会っても夜に自分の部屋に誘うものなのかな~って思っただけ」
「……」
俺の言葉を聞きマイナちゃんは黙りながら体重を更に俺に託していた。 そしてポツリと話し始める。
「……お姉ちゃんが始めてだったから」
「始めて?」
「うん、私と会って逃げなかったのが」
逃げなかった……? 夜に出会って幽霊とかと間違えられたのだろうか。
「多分お姉ちゃんが思ってるのとは違う」
「?」
「……とりあえずお姉ちゃんが始めてだったの。 そしてお姉ちゃんは私と久しぶりに会話してくれただから……」
「だから?」
色々聞きたいことは有るがその気持ちを全て押し留めて話を促す。 マイナちゃんは一回息継ぎをし、小さな声で呟いた。
「私、お姉ちゃんと友達に成りたかったの。 友達になったら友達の部屋に入ったり連れてきたりするものなんでしょ? だから、つい」
「……そう」
俺を部屋に呼んだ理由は分かったので他の聞きたいことには全て目を瞑り、俺が抱きしめてるマイナちゃんの顔を見る。 マイナちゃんは目があったことに驚いたのか、直ぐ顔を伏せる。 それを見ながら俺はわざとらしく明るい声でマイナちゃんに話し掛けた。
「じゃ友達の部屋に来たし何しようか」
「え?」
マイナちゃんは俺の言葉に驚いた感じで俺の顔を見てくる。 俺はマイナちゃんに微笑みかけながら、マイナちゃんを体から引き剥がし、俺の前に立たせる。
「ほら、何する? おままごと? いや、マイナちゃん位だとガールズトークって奴? それとも私が友達から習ったタロット占い……あっでもカードが無いか」
「え、えっとレイお姉ちゃん」
俺が色々考えながら出て来た言葉を羅列しているとマイナちゃんが困った感じで話し掛けて来る。
「ん?何?」
「お姉ちゃん、本当に私と友達になってくれるの?」
「当たり前じゃん。 マイナちゃん良い子だし」
俺がケロッとした表情で言うとマイナちゃんは慌てた風に言葉を俺に話してくる。
「で、でも私何も出来ないよ。 周りに迷惑掛けるだけだし」
「マイナ、友達はビジネスパートナーじゃないんだからそういうのは良いの。 迷惑掛けてもちゃんと謝って、次はちゃんと出来るように頑張れば良いの。 それにマイナちゃんは迷惑なんて掛けてないじゃん」
「え?」
「私と頑張って友達に成ろうとしたんでしょ? だったら今、私は友達なんだから大成功してるし私だって暇だったんからどっちも迷惑じゃないじゃん」
俺が笑いかけながらマイナちゃんにそう伝えると、マイナちゃんは顔を輝かせて私に言って来る。
「うん、レイお姉ちゃんとは友達!」
「そうだよ」
「じゃあ、レイお姉ちゃんお話しよ! いっぱいお話しよ! 今夜はずっと!」
「うん、そうしようか」
先程とは違う笑い方をしながら話し掛けて来るマイナに私は微笑んで返答していた。
「で私の妹が泣きながら帰って来たの。 だから私が何か有ったのって聞いたらね……」
「うんうん」
マイナが病室のベットの上で足を俺に向け座りながら俺の話を聞き頷いている。 俺はそれを見ながら話を続ける。
「なんと財布を忘れたらしくてね。 それに気付かないまま物を買おうとしちゃって大恥をかいちゃったんだってさ」
「お姉ちゃんの妹って結構ドジなの?」
「ドジだね~。 真面目そうなのに良く何も無い所で転んだりしてたし」
「うわあ、ドジだ」
「でしょー」
マイナの部屋で大したことの無い話をしていた。 話す内容は基本的に家族の話で俺が喋っている事にマイナが時々言葉を挟むって感じだ。 ちなみに家族の話とは言っても元居た世界の事には触れないように当たり障りの無い内容にしている。
「あ、ドジといえばこの前私のお母さんもね……」
ちなみにマイナの家族は話を聞く限り父親と母親の3人家族らしい。 ちなみに何故マイナが病院に居るのかは触れない方が良いだろうと聞いていない。 マイナと初めに会った時の明るさが戻ってるんだしテンションを下げたくないしな。
「……でね。 その時お母さんが私が見てた虫を見た時に悲鳴を上げてバッグを落としちゃったんだよ」
「マイナちゃんお母さん、大変だね……」
「ええ~! これ笑い話じゃないの?」
俺の返答に大声で疑問の声を漏らすマイナ。 そういえば今、夜だけど迷惑じゃないのかな。 何てことを疑問に思うが、看護師は来ないし別に良いかなと心の中で自問自答する。
「ふぁ……」
「ん、眠いの?」
「……少し」
俺が頭の中で勝手に結論付けてるとマイナが俺の前で大きな欠伸をする。
「じゃあ、もう寝る?」
「……まだ」
マイナは目を擦りながら俺に返答する。
「……夜はずっと起きてるのに何でだろう?」
「はしゃぎすぎたんじゃない? マイナちゃん、とても楽しそうだったよ?」
「うん、初めてだったから」
「友達と遊ぶのが?」
「うん」
マイナが俺の言葉に眠そうな声で素直に返してくる。 俺はそれを見て椅子から静かに立ち上がりマイナの所に近づく。
「レイお姉ちゃん?」
「じゃあ、これから寝物語にしよっか」
「寝物語?」
「うん、私が勝手に話すから。 好きな時に寝て良いよ」
「……うん」
口数が少なくなったマイナは俺の言葉を聞くと素直にベットに入ろうとする。 が枕に頭を乗せようとしたところで何か思い出したのかゆっくりぬいぐるみの有るテーブルに手を伸ばす。
「ぬいぐるみが欲しいの?」
「うん、寝るときはいつも一緒に寝てたの」
「?」
マイナの言葉が過去形なのが気になりながらもマイナのぬいぐるみを手に取る。 ぬいぐるみは茶色の猫のような生き物がお座りしてるような形で首の所に星形の飾りが付いた赤いリボンが巻かれている。 その猫をマイナに渡す。 マイナはぬいぐるみを受け取ると、赤いリボンをぬいぐるみから解いた。
「何してるの?」
「これあげる」
そう言いながら赤いリボンを俺の方に渡してきたので、俺はそれを受け取る。
「これは?」
「お母さんがくれたの。 この子を可愛くしたいって言ったら」
この子……ああ、ぬいぐるみの事か。
「でも良いの? お母さんがくれた物を私にあげて」
「良いよ。 だって初めての友達だもの」
「そう、じゃあ明日私も何か渡さないとね」
「え?」
「お返ししなくちゃね」
リボンを手に持ちながら何を渡そうか考える。 アイテムボックスにはアクセサリーも有ったし何にしようかな……。 何て考えているベッドの上に居たマイナがぬいぐるみを持ちながら大きく欠伸をした。
「じゃあ、もう寝よっか」
「ううん、寝物語聞きたい」
「あ、そうだね。 忘れてた」
「お姉ちゃんもドジだね」
ベッドの上で寝ながら俺を見ていたマイナがそう言い静かに笑う……その事は否定できないな、俺。
「まあ、私がドジかは放って置いて……」
「放って置いちゃうんだ」
「う、うるさい……」
「ふふ……」
毛布で口を隠しながら笑い声を漏らすマイナ。 それを見て俺は何故か安心感を持ちながらゆっくり寝物語を始めた。
「じゃあ、昔々有るところに1人の少年が居ました……」
寝物語が始まるとマイナは目を閉じ、静かに聞いている。
「その少年には兄が居て、兄は新米騎士でした」
ちなみに寝物語の内容は俺が「白崎 陸」だった頃読んだ本を何とか思い出しながら話す事にした。
「ある日、兄にとって大事な騎士同士の試合が有るのに兄は騎士にとって大切な剣をうっかり忘れてしまいました……」
「王は槍で裏切り者の腹を……って寝ちゃった?」
俺が寝物語をしばらく話して居た時、マイナが寝息を立てている事に気が付いた。 ぬいぐるみを胸に抱きかかえ顔を俺に向け、何だか幸せそうな顔をしている。 その安らかな顔を見ていたら自分にも眠気が襲って来る。 流石に深夜だし限界だな。 眠気で思考がとぎれそうな頭で俺はこれからどうしようか考えた……ここ俺の病室じゃないし。 まず考えたのは自分の病室に戻る……自分の部屋の番号分からない。 その次にとりあえず移動……迷いそうだから却下。
「……この部屋に居ようかな」
思考が停止したとかじゃないし、消去法で決めたんだし。 っと何処にも居ない誰かに言い訳をしながら俺はマイナのベッドに顔と腕を乗せ、顔を伏せる体勢で眠りに付いた。
「ありがとう、レイお姉ちゃん」
寝る直前にマイナの感謝の言葉が聞こえたような気がしたので俺は小さな声で返した。
「どういたしまして」