第136話 不思議な場所で、少女と共に
「お姉ちゃん! レイお姉ちゃん!朝だよ~」
「ん?」
目を開けた時、俺は真っ白な部屋に居た。 日光が窓から入って来て、白いカーテンがゆらゆらと揺れている。
俺の前にはまたも白いベッドが置いてあり、俺は丸椅子に座りベッドを枕にして眠っていたみたいだ。
「あ、おはよう! お姉ちゃん!」
俺はまた声を聞き、顔を上げる。 その時、俺はベッドの反対側に黒い髪の少女の姿を見かけた。 というかあの子は……。
「ま、マイナちゃん!?」
そう、ライヴァン同盟の病院で出会った獣人族の少女。 マイナがベッドの反対側から俺をニマニマと笑いながら見ていた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「え、あれ? だってマイナちゃんは……」
マイナと俺は友達だ。 だが、彼女はもうこの世には居ないはず。
それに俺は先程まで魔王と戦っていて、「魔神」と思わしきものの攻撃を食らった筈だ……。
なのに今居る部屋はそんな空気は微塵もない。 真っ白なまるで病室のような部屋にいる。
「……?」
良く思ったらこの部屋もおかしい。 いや、この部屋に居ること事態がおかしいのだが……。
ライヴァン同盟の病室は材質の違いからか茶色い部屋だった、だがこの部屋はまるで元の世界の病室に近い。 が、元の世界の病室よりも純白で汚れを知らない雰囲気に満ちている。
「ってあれ?」
よく見たら俺の服装も戦いの時の純白の鎧から一番最初に着ていた「聖女のワンピース」になっている。 まあ、どうでもいっか。
「もしかして……」
ここは死後の世界なのだろうか。 ふと俺は思った。
恐らく満身創痍の状態で「魔神」の攻撃を食らったのだ。 そのまま死んでしまってもおかしくはない。
……それに
「どうしたのお姉ちゃん? こっちをジッと見て。 顔に何か付いてる?」
俺がマイナの顔を見ると、彼女は不思議そうな顔をしながら自分の顔を触りだした。
……マイナはライヴァン同盟の病院で満足して天国に言ったはず。
だから「俺が天国に来た」というのが、俺の心の中で納得出来てしまった。
「ねえ、お姉ちゃん? 聞いてる?」
「あ、うん、聞いてる聞いてる。 何? マイナちゃん」
俺が頭の中で考え事を纏めていると、暇なのかマイナが不満そうな顔をし始める。
「やっぱり聞いてない。 これから外で遊ぼーって言ってるのに」
「あ、そうだね。 マイナちゃん、遊ぼっか」
「うん! じゃあ、外に行こ!」
俺が頷いた瞬間、顔をコロリと笑顔に変え、俺の手首を掴む。
そして病室のような部屋から駆け足で出て行こうとするマイナ。 手首を掴まれた俺はもちろんそれに引っ張られながら付いていくことになる。
「え、ちょ、マイナちゃん!?」
「さあ、早く行こ! 早く早く!」
マイナは俺の事なんて感じさせない勢いで部屋から飛び出していく。
そんな彼女の顔は、ライヴァン同盟では見れなかった。 純粋な嬉しさに満ちた、友達への笑顔だった。
その後、俺はどこを走っていたのか。 どのくらい走っていたのかは全く覚えていない。
ただ何時の間にか周りの景色は変わり、赤レンガで出来た広場に来ていた。
広場は周りが白いビルのような建物で囲まれており、真ん中には大きな宮殿にありそうな動物が彫られた噴水が堂々と置かれているが水は流れておらず、見るものにどこか寂しげな印象を持たせていた。
「じゃあ、何して遊ぼっかな~」
マイナはそんな枯れ果てた噴水の縁に座り、足を動かしながら楽しそうに喋り出した。
ずっと病院に居た彼女は、もしかしたら外には全然出ていなかったのかもしれない。
俺、心の中でそんなことを考えていると、マイナは俺の方に愉快そうに笑いながら顔を向ける。
「じゃあ、追いかけっこしよ! 追いかけっこ!」
「追いかけっこ?」
「うん! まずはお姉ちゃんが私を追いかけて。 そして私をタッチしたら、次は私がお姉ちゃんを追いかけるの! じゃあ、行くよ!」
マイナは言い終えると噴水から飛び降り、直ぐに俺のそばを離れていく。
つまり、マイナは鬼ごっこがしたいと言っているようだ。
「……鬼ごっこ、か」
鬼ごっこなんて何年ぶりだろう。 小学生の頃は遊んでいたが、中学に入ってからは一度もした覚えがない。
けれど、こうして可愛い女の子に誘われると少しワクワクしてし本気で鬼ごっこをやりたくなってしまう。
でも相手は普通の女の子。俺は見た目はか弱い少女だが、レベル500エルフマスター。 運動神経なんてスポーツ選手と小学生程の差は有るだろう。
そんな圧倒的な差だし、どれくらい力を出せばいいのだろうか……
「お姉ちゃん! 早く早く!」
俺が噴水の傍で悩んでいると、中庭の端っこで元気に飛び跳ねるマイナの姿が見えた。 どうやら彼女は準備万端みたいだ。
「よし、じゃあ行くよ!」
俺は彼女の元気な様子に、思わず口元が緩む。
ま、細かいことは考えなくていっか。 彼女が笑ってくれるなら。
俺は心の中で考えることを放棄して、彼女の元へ一気に駆け出す。
この静かな世界はしばらくの間、2人の少女の声と軽快に走る足音だけが聞こえていた。
それからどれ位経っただろうか、しばらく俺とマイナはずっと追いかけっこをしていた。
マイナを何回か捕まえ、それと同じ数だけマイナに捕まった。
たった2人だけの鬼ごっこ。 普通ならば、どちらかが飽きて終わるであろうこのゲームを俺たちは繰り返し続けていた。
「……マイナちゃん?」
そんな単調なゲームをし続けている途中、不意に鬼だったマイナが立ち止まった。
それに気づき、逃げ回っていた俺も足を止めた。
立ち止まって足を止めたマイナは何かを我慢しているような、少し辛そうな表情をしている。
「どうしたの? マイナちゃん」
「ねえ、お姉ちゃん。 お姉ちゃんは気になることがあるの?」
「え……?」
マイナのいきなり発した言葉に体が硬直する。 実際に気になることがあるからだ。
「魔神」がどうなったか。 アリアやネイ、黒猫さん達は無事かどうか……自分が居なくなった後の世界の事。 気になることが多すぎる。
それでも、マイナを不安にさせないようにしていたつもりだった。 自分は死んだんだと心の中で言い訳をして。
「有るんだよね?」
「……うん、有るよ」
「そうなんだ……」
「でも、良いの。 私はもう死んじゃったんだ。 心残りが有っても……何も出来ないよ」
「それは、違うよ」
俺がすっかり諦めきった時、彼女はそれを否定した。 今までとは違う。 小さい声ながらも力強い口調で。
瞬間、広場に有った噴水が、急に大量の水を噴き出した。
「わっ!?」
その水の余りにも強い勢いに巻き込まれ、俺は思いっきり吹き飛ばされ、レンガの床に尻餅をつく。
「いたた、一体何が……」
俺は尻を触りながら、立ち上がり周りを見渡す。 すると
周りの景色は一変していた。
広場を囲む白い建物は消え、地平線まで青々とした空が広がっている。 レンガの床や噴水も姿を消し、地面は水か鏡みたいに青々とした空を写し出している。
まるで夢のような世界の変化に俺は思わず、口を開けてしばらく動けなかった。
マイナの声が何処からか響き渡る。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんはやり残したことがあるんだよね?」
「……うん」
それに不思議となんの警戒もせず首を縦に振る。
「私はね、ここでお姉ちゃんと遊べて楽しかったよ。 お姉ちゃんとずっと遊びたいと思ってた」
「そうなんだ……」
ずっと病院で満足に友達が出来なかった少女。 そんな彼女が友達と遊びたがるのは当然のこと。
俺は死んだと思った時、彼女を笑顔に出来るならそれどもいいと心の中で言い訳をした。
……でも
「ごめんね。 マイナちゃん、私にはまだやりたいことがある」
俺の大切な仲間、旅で出会った人達。 まだ必死で国の為に戦っている騎士団や魔導隊の人々。
俺は彼らの為に
「凄いね。 お姉ちゃん」
俺が言葉を発する前にマイナの声が何もない青空に響いた。
「お姉ちゃん、とっても強いね」
「ううん、マイナちゃんも凄いよ」
俺の前には何時の間にか白い両開きの扉が立っている。 俺は説明されなくてもこの扉を通れば、元の場所……「魔神」の居るヴェルズ帝国に戻ると分かった。
俺はゆっくりと扉に近づく。 そんな俺の意思に反応したのか扉はゆっくりと開き、中から洗われるような光が漏れ出る。
「お姉ちゃん」
俺が扉をくぐった途端、マイナの声が聞こえた。
「私に出来るのはここまで」
するり
そんな音と共に俺のポニーテールがほどけ、髪がばらける。
何時の間にかマイナのリボンはどこかに消えていた。 でも、マイナの優しさは心に満ちている。
「マイナ、ありがとう」
俺は扉の中、体全身が光に消える前にマイナに呟いた。 その時、俺の耳にマイナの言葉は聞こえた。
「お姉ちゃん、どういたしまして」