第122話 作戦始動
巨大な4本の岩の足を大きく動かし、ジャイアントスパイダーはヴェルズ帝国を守る壁に向かっていく。 最初はゆっくりと、徐々に速くなっていく。
そしてジャイアントスパイダーの街はまるで地震の如く大きく縦に揺れまくっていた。 ……いや、こんな巨大なモンスターがダッシュしてるのにこの程度で済むのは良い方なのか?
「うわ、うわわ!」
ネイはジャイアントスパイダーの振動に普段はゆらゆらと揺れている尻尾をピーンと伸ばし、地面に張り付いている。
「ねえ、他の人達は大丈夫かな?」
「この巨体が動くんだ。 揺れること位は想定済みだ。 それに騎士は馬で揺れには慣れてるだろうから大丈夫だろう」
「あ、そっかー。 騎士って馬にも乗るのか」
というか、馬に乗る兵士を騎士って呼ぶんだっけか? まあ語源については置いといて、ジャイアントスパイダーはそろそろ壁にぶつかる所まで来ている。
「みんな、凄い揺れ来るよ!」
「了解した」
「見れば分かる」
「わわわっ……」
俺が体を丸めながら言うと、俺の言葉に三者三様の反応が返って来る。
そしてみんなの準備が整った瞬間、ジャイアントスパイダーが勢いを全く殺さず壁に激突する。
ジャイアントスパイダーの街はヴェルズ帝国の砦より上に有ったので瓦礫が降ってくる……なんて心配はしなくて済んだが、恐ろしい勢いで今まで首都を守って来た城壁に突っ込んだのだ。 その衝撃が並大抵のものの筈がない。
巨大な街は一際大きく揺れ、何処からか魔導隊か騎士の悲鳴が聞こえた。 そしてジャイアントスパイダーの動きが収まったのか、揺れが無くなり暫く静かになる。
「おい、起きろ! エルフ!」
私がしばらく体を丸めたままでいると、バルテンが私に必死な声を掛けてきた。
私が立ち上がるとそこには呆れ顔のバルテンとレオーナ、そして疲れた顔のネイが立っていた。
「あ、あれ?」
「ジャイアントスパイダーが首都に突っ込んでからが始まりだろ。 ボケッとするな」
「あ、ああ……そうか。 そうだね」
バルテンの言葉で俺は作戦を思い出す。 ジャイアントスパイダーで首都へ侵入が出来た。 つまり第1段階は完了ということだ。 けれど問題はこの後の「魔神」の捜索……魔族がうじゃうじゃしている街の中から「魔神」を探し出し、倒さなくてはいけないのだ。
「レイちゃん、大丈夫?」
「あ、うん、私はネイは?」
「ちょっと驚いたけど大丈夫! さ、早くジャイアントスパイダーから降りないと! 魔族が来る前に」
そうだ、ジャイアントスパイダーに乗っているみんなが囮になるのだから魔族が来る前に降りないと……。
そう思った瞬間、俺は手を上げ声を出す。 俺が昨夜【召喚】しておいたモンスターの名を。
「来て、シムルグ!」
俺が叫ぶとジャイアントスパイダーの街の中心の方から巨大な翼をはためかせ、勢い良く飛んでくる1羽の鳥がいた。
オルアナ王国でもお世話になった世界の始まりを知るとされる鳥……シムルグさんである。 彼(彼女)は私達の傍に綺麗に着地をした後、体制を低くし、乗りやすくしてくれる。 何という紳士。
「良し、みんな早く乗って!」
「あ、ああ……」
「こんなモンスターも【召喚】出来たのか」
「誉めるのは後! とりあえず早く乗って!」
「いや、別に褒めないが……」
俺は驚いているレオーナとバルテンに声を掛けながら、先にシムルグの上に乗る。 その後に続き、彼らもシムルグの上に急いで乗り込む。
これで3人は乗ったが、ネイが北の方……つまりジャイアントスパイダーの前方を眺めてぼうっとしている。
「ネイも早く!」
「あ、うん。 ごめんなさい」
俺が声を掛けると直ぐにシムルグの上に乗ってくれた。 ネイが何を考えていたか少し気になるが、とりあえず今はシムルグで首都へ降下することに集中しないと……。
「ねえ、レイちゃん。何か黒いのがたくさん来てるよ?」
「え……?」
俺がシムルグに指示をしようとしたところで声が震えているネイの言葉に思わず体が止まる。 そしてつい前を見てしまう。
俺が最初思い浮かべたのは羽虫であった。 良く頭の上とかに群がってくる若干うざく感じるが何もしてこないあの虫。 だが、よく目をこらしてみるとそれはコウモリのように思えた。羽を動かして飛んでいて、大量にまとまって洞窟が出てくるほ乳類。 そして最後にそれが人型だと分かった。 ボイルの港町で戦ったあの強力な「黒」……そう魔族だ。 奴らが首都の真ん中にある巨大な建物(恐らくヴェルズ帝国の王が使っていた城だろう)から続々と出てくる。
魔族が攻撃してくることは予想はしていた。 だが、その数と雰囲気に思わず体が恐怖で震えた。 彼らが全部俺たちを殺そうと飛んできている……。 勝てるはずが無い。 ラズ1人だけであんなに苦戦したのに……この数は……。
「レイちゃん、レイちゃん!」
「……あ」
「大丈夫?」
「ネイ……」
俺が思わず諦めかけていた意識をネイの声が戻してくれた。 ネイの顔を見ると不安と必死で一杯の顔をしていた……けど彼女の顔は失望してはいない。
「……すまないレイ。 あれを見て現実逃避する気持ちは分かるが、今はこのモンスターの事に集中にしてくれ。 私とバルテンはモンスターに乗ったことが無いし、このモンスターは恐らく君しか言う事を聞かないだろう。 それに言ったはずだ。 私たちはあの「魔神」を倒すのが目的だ。 彼らを全滅させるのが目的では無い」
「そうだ。 とりあえずここで怖じ気づいても何も始まらない。 早く行くぞ」
「うん、そうだね」
俺は男二人に励まされながら、頭の中で考える。 降りるときはできる限り気づかれないようにしたいな……。 とりあえずど派手な攻撃で注意を逸らすか。
「ジャイアントスパイダー! もう攻撃を始めちゃって! 私たちはその攻撃に紛れて一気に降下する! ……それで良いかな?」
「うん、分かったよ!」
「了解した」
「お前らしい無茶苦茶な戦法だな」
「会ったの数回なのに分かったような口を聞かないでよ! エセ貴族!」
「……もう普段通りになったな」
各々返事を聞くと、俺は直ぐにシムルグに空を飛ぶことを指示する。 瞬間、ジャイアントスパイダーの前方についている主砲が火を吹いた。 勢い良く飛び出した火の玉は遠慮無く、敵の塊の中に突っ込んで行く。
「……やったかな?」
「多分、やってないよネイ……シムルグさん、行くよ」
火の玉を放った後、ジャイアントスパイダーは更に体から大量の火の玉を塊目掛けて飛ばしている。 この隙に一気に降りる。 そう考えていた途端、シムルグさんが翼を広げて勢い良く飛行を始める。 石の柱が並ぶジャイアントスパイダーの街から升目に規則正しく石を並べたような首都へとシムルグは体を弾丸のように翼をたたみながら一気に降りる……というか落ちる。
「だ、大丈夫なの!? レイちゃん!?」
「多分!」
「多分!?」
「シムルグさんのことだから大丈夫!」
ネイの悲鳴のような声に思わず無茶苦茶な返事をする。 多分大丈夫。 だってシムルグさんだもん。 決して俺は一片足りても不安には感じて無いよ……うん。
シムルグさんはそんな心配を余所に地上に落ちてゆき、地面ギリギリで羽を広げて速度を落とし、見事な着地をする。
「……全く死ぬかと思った」
「怪我は無いか?」
「私は大丈夫……」
「私も問題無し!」
全員怪我などは特にしておらず五体満足のようだ。 若干バルテンが顔を青くしているが、大丈夫だろう。 Aランク冒険者だし。
俺はその後、シムルグさんをジャイアントスパイダーを守るように指示をした後、空の黒い塊を見る。 数は決して減っておらず、寧ろ真ん中の城から数を増やしてジャイアントスパイダーに近づいている。
「とりあえず「魔神」はあの城に居るだろうな」
「え? レオーナ何で?」
「力で無理矢理頂点に立った奴がどこか狭い場所に隠れているとは思えない。 だから私としてはあの塊の最前線に居るか、自分の部下を監視出来るあの城にいると思った。 それだけだ」
「ふぅん……まあ、当てはないし城に行こうか。 けど敵に気づかれないかな?」
「……そこら辺は騎士団と魔導隊次第だし、城に入れば戦闘にはなるんじゃないかな」
「魔族は基本空を飛ぶみたいだな。 なら私たちは地面を歩けば気づかれにくいだろう……とりあえずここから城へ歩くぞ」
とりあえずこれからの行動の指針は決まった。 俺たちは忍び足をしながらゆっくりと規則正しいまっすぐな街道を歩き出した。