第120話 決戦前夜~騎士団長と貴族の考え~
視点変更 レイ→レオーナ
「魔法騎士隊、九割が準備完了しました」
「良し、終わった所から明日に備えて寝るように伝えろ」
「了解」
夜の騎士団の駐屯地。その中のテントの一つで私は騎士からの報告を聞く。
今は明日に備えて【召喚】を行っている。 普段はモンスターが暴走する可能性が有るのでそんなに多くは出さないが、今はそれどころではない。 ヴェルズ帝国首都へ行くという事は「魔神」と呼ばれる強大な敵と戦う作戦。 勝つにはかなりの準備が必要。 ならば私達も相応の準備をしなくてはならない。
私が騎士達からの報告書を眺めながら、承認の判子を押す。 大体の資料は明日の為の道具の許可証や騎士団で使用が制限されている【使用厳戒奥義】の解禁要請が大半。 私の部下達も明日が正念場なことは理解しているようだ。
私がそんな書類の山を睨んでいると、テントの中に「失礼します」という簡単な言葉と最低限の音だけを出して静かに書記官が入って来た。
「団長、あなたは明日、作戦の核といっても過言ではありません。 後は、私に任せてもう休んでください」
「ああ……書記官、済まない」
「いえ、私達が勝つためです」
私はテントの中に来た書記官の言葉に抵抗をせずに従う。 正直、私は明日の為に休息に入りたいと思っていたので助かった。
「そういえば書記官」
「はい、何でしょうか」
「何故、魔導隊の隊長にあんなに喧嘩腰だったのだ?」
私は何となく先程の書記官の態度を不思議に思い尋ねる。 普段の書記官はいつも涼しい顔をしており、大抵の事には……特に他国の人間との会話では真顔で応じるような男だ。 先程の会議はらしくないどころかあんなに敵意たっぷりな書記官は初めて見た。
「……」
私が指摘した瞬間、彼は動きを止め、目を閉じてしまった。
「何と言いましょうか……」
そして彼らしくないハッキリとしない話し方になってしまう。
「ナハト、でしたっけ?あの魔導隊の隊長は。 彼を見ていると何故か私を見ているような気分になりまして……」
「同族嫌悪という奴か?」
「……恐らく」
書記官の返事を聞いた後、魔導隊の隊長を思い浮かべる……確かに、あの淡々とした感じは似ているかもしれない。 だが
「そんな理由でこれから共闘する相手に喧嘩を売るな」
「申し訳ございません……」
大きく腰を90度近く曲げ、謝罪をする書記官。 ……会議は終わったし、これで許すとするか。
「では私は休もう。 失礼する」
「は、はい。 団長、お疲れ様でした」
珍しく狼狽えた返事をする書記官を残し、私は睡眠用のテントへ向かうのであった。
「……団長、これから休憩ですか?」
テントへ向かう途中に赤いマントを着た男……バルテンと出会う。 冒険者部隊はモンスターを持つ者は少ないので騎士に迷惑が掛からないよう、基本的に直ぐ寝るよう指示されていたはずだが……。
「ええ、ですが私的な準備の為に騎士達の所に居ました」
「私的な準備?」
「はい」
私が疑問を投げかけるが、バルテンは躊躇なく返事を返す。
彼は明日私やエルフのレイ等と共に危険な任務に行くのだ。 用意をしているのは可笑しくないが……。
「何か?」
「いや、何でもない。 準備は済んだのか?」
「はい、騎士達の協力もあって直ぐ済みました」
「協力?」
バルテンの言葉からすると私の部下達が彼の準備を手伝ったようだ……バルテンは冒険者ギルドの中でも最高のAランク。 バルテン独自の武器とかの大きな準備をしていたのだろうか。
「あ、無断で手伝った騎士達を責めないで下さい。 私が貴族としての権力をちらつかせたので」
「いや、それは問題だろ。 バルテン」
真面目な顔でとんでも無いことを言い出すバルテン。 彼は冒険者や継承権の低い三男という立場とはいえ、オルアナ王国の名門貴族、リヴィル家の息子だ。 普通の……特に平民出の騎士じゃ従うしかない。
「……まあ、良い。 その話は戦いの後聞こう」
「は、分かりました」
「ところで、バルテン。 お前は何で「魔神」討伐の任を受けた」
私はバルテンに対して、唐突に私もバルテンにも分かりきっている質問をした。 それに対して彼は何の躊躇も無く、私の予想通りの答えをする。
「はっ、私の家であるリヴィル家に偉大な功績を残す為です」
「……随分とハッキリ言ったな」
「団長はあの女との話を聞いたでしょう?」
そう言うと整った顔に笑みを浮かべるバルテン。 あの女……レイのことみたいだが、彼は彼女を相当毛嫌いしているようだ。 彼女も「エセ貴族」と呼んでいたし両者共に嫌いだという事は見て分かったが。
それはそれとしてバルテンの話に戻す。
「家の為……か」
はっきり言えば私には漠然としか分からない。 私はオルアナ王国の為に戦ってはいたが、自分の家系に箔を付ける為に命懸けの任に就くなんて、思ったことがない。
「団長、あなたがそんなに考える必要は有りません。 私は褒美が欲しい普通の騎士や冒険者と何ら変わりはありません」
「そうか、お前が言うならそうしておこう……私は休む。 バルテンも寝ろ」
「はい、安らかな眠りを」
私の言葉を返し、冒険者部隊用のテントへ向かうバルテン。 私は彼の背中を見て、彼の兄……カナト・リヴィルを思い出した。
自分の兄、そして弟の事を「自分よりも才能がある」と自慢気に話していた彼。
それを思い出したら、彼の弟の背中が泣きながら兄を追い掛ける、必死な子供の様に見えてしまった。