第108話 準備万端?
視点変更 レオーナ→アリア
「ハイちゃん、じゃあまたね」
「はい、気を付けて」
レイさんが横で気楽な感じで女王様に別れの挨拶を告げている。 そのレイさんの後ろには魔導隊の隊長のナハトさんと規則正しく並んだ魔導隊の皆さんが立っている。 更にその後ろにはレイさんが召喚した巨大な街(ジャイアントスパイダーというモンスターらしい)がそびえ立っている。
レイさんが全速力で走った後を私にとっての全力で追いかけるとそこには巨大なモンスターと呆然としている魔導隊の皆さん、そしてレイさんに突っ込みを入れるネイの姿が有った。 その後、私も話に加わりレイさんの話を聞いたところどうやらこのモンスターの上に乗る事で私達と魔導隊の皆さんを一気にヴェルズ帝国に運ぶらしい……何というか相変わらずのレイさんでした。 突然突拍子も無い事をするので本当に困ったものです……何て私やネイは諦め混じりで納得出来ますが、魔導隊は大混乱でした。
でも魔導隊の隊長であるナハトさんが正気を取り戻し魔導隊に指示を出したおかげで魔導隊の方々が冷静になり荷物をジャイアントスパイダーに運び込む事に成功しました。
『凄い他人事』
「……そうですか?」
レイさんが女王様と手を繋ぎながら別れの言葉を掛けているのを見ていると黒猫さんが足元から話し掛けてきました。
『まだあのモンスターに驚いているの?』
「あ、いやそういう訳ではないんですけと……」
黒猫さんがジャイアントスパイダーの方に視線を向けながら私に聞いてくる。 確かにあのモンスターにびっくりしたがレイさんの幾つもある前例から特に驚かなくなっている。 けど他人事とは……?
「その、他人事ってどういう事ですか?」
『何か周りと雰囲気が違う。 あの魔導隊やネイ、ご主人様も多少なりとも緊張してるのにアリアは何か傍観しているみたい』
「そう……ですかね?」
私は黒猫さんに指摘され頭の中で考える。 確かに、これから「魔神」というボイルの港町でレイさんが戦った人達よりもずっと強い敵に戦いに行くにしては緊張感が無い気がする。 レイさんみたいな能天気な感じとは違って何だか心が体から離れているような……何だか物語を見ているような不思議な気分。
『緊張の連続で疲れた?』
「そうかも知れませんね」
良く思ったらレイさんと出会ってから驚きの連続だったのだ。 初めて村の外を見て幻のモンスターに出会い、憧れの女王様と対面し、魔族と出会ったり……中々無いことが目白押しだったのだ。 心が考えるという事を疲れて止めてしまったのかも知れない。 ……そういえばさっきレイさんから衝撃的な告白を聞いた気もするし多分そう。
『緊張が無いのは悪くないけど。 適度な緊張感はちゃんと持って居た方が良い』
「はい、そうですよね」
緊張で体が動かなくなるのは問題だけど、緊張感が無さ過ぎで周囲に気を配れなくなるのは駄目。 確かそんな話を本で読んだ気がする。
私は深呼吸を少しして気を引き締め直す。 すると感覚に少し現実感が戻って来る……うん、大丈夫。
『アリア、頑張ろう』
「え、あ、はい」
私が心の中で自分に喝を入れていると黒猫さんが私に対して珍しい言葉を掛けてくる。 その声音はとても優しく、私は教会の外へ遊びに行く時に心配してくれたお母さんを一瞬思い出させた。
「黒猫さん、意外と世話焼き?」
『……何と』
私がそう黒猫さんに言うと「そんな事言われるのは初めてだ」という顔をハッキリとしていた。
視点変更 アリア→レイ
ハイちゃんに見送られながら私はモンスターの街の中に入る。
俺が勢いでで召喚したモンスターの名前はジャイアントスパイダー。 通称「マジック・テイル三大事件」の一つに数えられる有名なキチガ……強力モンスターだ。
今は建物が皿の上に有るようにしか見えないが、古代遺跡の様な建物を支えている皿は半円球の物体の上にあり、そこから岩のような四本の足が展開され立ち上がり、歩き出すとても大きなモンスターだ。
そして半円球の部分から爆弾のような物を落としたり、大砲が出て来たり……といった色々ロマン溢れる攻撃をして来るモンスターである(一説では開発陣の趣味で生まれたとか)。
だがジャイアントスパイダーはロマンが溢れているだけではない。 ジャイアントスパイダーは「マジック・テイル」では数少ない街に突撃して破壊してくるモンスターである。
街が破壊されると色々なデメリットが有る。
例えば個人ギルドの拠点が破壊されたら作り直さなければならない、破壊された街のギルドの依頼が全体的にしょぼくなる(街の復興系の依頼ばかりになるらしい)、お店の商品もしょぼくなる等々色々な事が起きる。 個人ギルドに入っていなかった俺としては街が破壊されたら別の街に移れば良いのだが、個人ギルドの拠点を作っていた人達は色々大変らしい。 俺としては破壊される位なら拠点なんて作らなければ良いのに……と思わなくもないが、拠点が有る街では他の街よりNPCのお店でアイテムが安く買える。 変わった依頼を受けられる……等の地味ながら嬉しいメリットが有るそうだ。
……ともかくそんなプレイヤーにとって夢のマイホームをガンガンとまるで積み木を蹴散らす子供のように破壊してくるジャイアントスパイダーは余りの強さにプレイヤーから恐れられ「マジック・テイル三大事件」の1つに数えられる様になった……とのこと。
「ま、今は私の味方だけどね」
「レイ様、魔導隊準備揃いました。 いつでも行けます」
「あ、うん分かった。 今から動かすから揺れに気を付けてね」
「はい、分かりました」
私がヴェルズ帝国の方を向きながら立っているとナハトが私に報告をして来る。
彼はジャイアントスパイダーを見ても直ぐ魔導隊に指示をとり、ジャイアントスパイダーの上に荷物を素早く運び込ませていた。 あの巨大なモンスターを始めて見てからのあの冷静な判断は中々凄いと思う。 俺がジャイアントスパイダーを始めて見たときはかなり焦ったし……やはり彼は魔導隊の隊長だけあって相当な精神力?のような物が有るのだろう。 神経が図太いって言うのかな?
「その言い方はどうかと……レイ様に召喚すると伝えられていたのでこのモンスターはあなたが召喚したのだと気付いただけです」
俺の顔に思っている事が出ていたのか少し笑いながら俺に返答をするナハト。 でも彼は凄い……流石魔導隊の隊長だ。
「そんな褒められても困ります。 それよりもあんなモンスターを召喚したレイ様の方が凄いです」
「あ、そう?」
「ええ」
俺がわざと白々しい返事をするとナハトが真面目に言葉を返して来る。 素直に俺の事を評価していたようだ。 嬉しいけどこの力は「マジック・テイル」で手に入れたもの……アリアに話したからか、少しその事を意識してしまい良心の様な物が少しチクリとする。
「しかし、これほどの力とは……こんなモンスターをどこで捕獲したんですか?」
「んー、それは内緒かな。 それに聞いても捕まえられないと思うよ?」
俺はナハトに遠慮無く思っていた事を伝える。 けど「マジック・テイル」でも苦戦していたジャイアントスパイダーがまだこの世界に居たら正直街なんて跡形もなく無くなっていたと思うので多分探しても居ないだろうし、もしジャイアントスパイダーが居ても直ぐに全滅させられそうだ。 なので警告と諦めをかねてそう伝える。
「……そうですか、残念です」
「まあ、そんなにがっかりしないの。 ……そろそろ動かすから、乗っている魔導隊のみんなに伝えて」
「分かりました」
俺の言葉を聞きキビキビと体を動かし移動していくナハト。 俺はそれを見ながら、アリア達と一度集合しようとジャイアントスパイダーの上を歩き始める。
ジャイアントスパイダーの上は巨大なビル群みたいになっており、下手に歩くと軽く都会を歩いている気分になる……そしてモンスターの上なのにそこそこ広い。
「アリア達、何処だろ?」
俺は立ち止まり、そう呟くが周りには誰も居ない。 そんな俺の前を何故か西部劇に出てきそうな干し草が流されて行った。