第103話 騎士対魔族
視点変更 レイ→レオーナ
「……ば、馬鹿な」
部隊長が驚愕の表情を浮かべながら、黒い男を見つめる。 彼の視線の先にはバリエンスの無傷の体。 そしてバリエンスの首に「当たっている」剣が有った。
そう「当たっている」。 刺さってはいない……彼の鋭い斬撃はバリエンスの首の皮膚で傷一つ付かず止まったのだ。
他の騎士達の攻撃も同様。 ある者の剣は無抵抗の腕で止まり、またある者の剣は胸を刺そうとして刃が折れている……無論奴は身動きしていない。
奴は全ての攻撃を抵抗せず全部受けた……その結果がこれだ。 何もせずとも体に傷が付かない。 私はそれがスキルによるものかと一瞬考えたが直ぐに否定する。 そんな素振りは全く無かった……つまり奴は単純な防御力で防いだのだ。
その様子に私の近くに居た騎士が呻く。
「こ、こいつどんな化け物だよ」
「……さて、チャンスは終わりだ」
バリエンスは余裕の表情で周りにいる切りつけて来た騎士を見渡し呟いた。
……瞬間
「うらあ!」
とバリエンスが叫んだ瞬間、周りの騎士がまるで石ころの様に吹き飛んだ。 そして勢い良く雪の中に突っ込む。
「なっ……」
「何が起こった!」
周囲の騎士達から驚愕の声が漏れる。 私も声には出さないが表情は驚きを隠せていなかっただろう。
「何を驚いているんだ? 素早く殴っただけだろうが」
だが、奴はそんな事気にせず頭をかきながらさも当然の様に言い放つ。 この様子から私達との実力の差が伺い知れる。
「……だが、諦めない」
仲間とそして部下を1人でも生きて帰らせるために……やるしかない。
「【魔法】の準備をしていた魔法騎士隊部隊長の指示の元攻撃開始! それ以外の魔法騎士隊は【召喚】の準備!」
「ほ、本気ですか」
私の指示に1人の騎士が慌てた声を上げる。 彼の気持ちは分かる。 【召喚】は自分より強力なモンスターを出す事が出来る一発逆転の技。 だが、それには大量の人が命懸けでやってやっと出来るスキルでその後【召喚】したモンスターを操作できなければ、敵味方見境なく暴れる可能性すらある。
「だが、それ以外に私達が勝つ手段は無い!」
「は、はい!」
「魔法騎士隊は良いな。 支援隊は先程の怪我人の治療を優先。 騎士隊と冒険者部隊は私に続け。 【召喚】の時間を稼ぐ」
「「「はい!」」」
騎士達の重なった声を聞きながら私は剣を抜く。
「やっとリーダーのお出ましか」
それを見たバリエンスが笑いながら右足を前に、左足を後ろに動かし拳を構える。 先程の攻撃からして奴の武器は……拳。
「接近戦が中心なのだろうが……あんな身体能力が有る。 気は抜けないな……皆行くぞ!」
「「「うおぉぉおお!」」」
私の言葉に騎士達が声を上げる。 そして声を受けながら私を中心に走り出す。
私が近付いてきてもバリエンスの構えは変わらなかった。 これは舐めているのかそれとも……。
「取り敢えず行くしかない」
足に力を入れ更に加速をする。
「行くぞ!」
バリエンスとの距離が2人分位になった所で剣を振る。 バリエンスは動かない。 だが、体には一遍の隙が無い。 まるで岩の様だと私は感じた。
私が振るった剣がバリエンスに当たり掛けた瞬間黒い巨体が動く。
奴は横から来た私の剣を右の前腕で何のためらいもなく受け止め、同時に左腕で私の鎧の中心を狙って来る。 このままでは奴の攻撃に直撃する……!
「させるか!【奥義 爆裂剣】!」
私が剣の柄に力を込める。 すると剣の刃が一瞬白く輝く。 そして……刃から熱と光と人が吹き飛ぶ程の強風が一気に放出される。 つまり爆発したのである。
「なっ……」
剣が爆発するとは思わなかったらしくバリエンスの顔に驚愕の色が浮かぶ。
その内に私は爆発によって勢い良く後ろに飛び、バリエンスの左拳の一撃を避ける。 空中で体勢を直しながら辛うじて足から着地する。
「騎士隊、【奥義】を使いながら攻めろ!」
「「了解!」」
バリエンスへ私と共に向かっていた騎士達は私の命令を聞くとそれぞれが【奥義】を使いながら立っている奴に向かう。
「……【奥義 ウイングジャブ】」
その時、バリエンスは呟いた。 そして奴は拳を顔の前で構え、走って来た1人の騎士に距離を自分から詰める。
「なっ……」
目の前に奴が来た私の部下は急な動きに体が一瞬硬直してしまう……が直ぐ奴に切りかかろうと剣に力を込めるのが分かった。 だがその一瞬が悪かった。 右拳を顔の前から素早く動かし、騎士の顎に拳を当てる。
何もない雪原に骨の折れる嫌な音と鮮やかな赤が周りに広がる。 そして血を出しながら鎧は空中を飛び、呆気なく落ちる。
その流れる様な惨状に騎士達が彫刻のように固まる。
だが奴は止まらない。 次の獲物を狙いに近くの騎士へ走り出す黒い影。
「……全騎士隊!退避!」
私がそう叫ぶと騎士達はハッと気付いたようだが1人の騎士の前に黒い巨体は覆うように立つ。
「ひっ!」
バリエンスの前の騎士が怯えた声を上げるが、そこに黒い右拳が飛び……そこに赤いマントを着た男がバリエンスの右腕へ横から剣で切りにかかる。
奴の腕に傷は付かなかったが、拳の軌道がずれ騎士の顔ギリギリで外れた。
「騎士よ。 暫く下がれ」
「は、はい!」
その男の声を聞いた騎士は慌てて後ろに下がる。 あのマントは……
「バルテン! 大丈夫か」
「問題無い……だが、何だこの硬さは」
先程の動きからして私のスキルもバルテンの攻撃も何の意味も無いようだ。 流石にここまで傷が付かないと恐ろしさが心の底に湧き上がって来る。
「あ?こんなもん自然になるだろ」
それを平然と奴は言い切る。 それを見たバルテンはため息を1つつきながら「まるで腹立たしいあいつの様だ……」と呟き剣を構える。
「団長、すみませんがこいつを私1人で抑えるのは厳しい」
「分かっている。 騎士隊全員で耐えるぞ」
私はバルテンにそう伝えると剣を構え直す。
周りの騎士達はバリエンスに空気を呑まれていたがバルテンのおかげで誰一人逃げずにバリエンスの動きを警戒している。
「成る程……骨は有りそうだ」
バリエンスは黒い巨体を動かしながら騎士達を見渡しそう呟くと翼を大きく広げ、拳を持ち上げる。
「さあ、行くぞてめえら! 直ぐにミンチには成るなよぉ!」
「……来るぞ!」