第98話 世界の変化
「良し、ハイルズに行こう!」
「お~!」
次の日の朝、ハイナ教国に入った俺達はもう一度スレイプニルに乗り、ハイルズに向かう。
茨の砦に居た魔導隊の人達から見送られ今森の中を走っている所である。 彼等は出発する直前の俺達に森に最近多く生息しているモンスターの話をしてくれた。 とても丁寧な人達の様だ。
「ハイナ教国にはどの位で着くかな?」
「昼には着きたいな~」
「何でですか?」
「ほら、アルカやサラに挨拶とかしたいじゃん?」
「ああ、そうですね」
俺の言葉に明るく反応するアリア。 それを聞き昨日の夜考えていた事を思い出す。
「ねえ、アリア」
「はい?」
「もし、私が居なくなったら……どうする?」
「急にどうしたんですか?」
俺の言葉に不思議そうな声を上げるアリア。 俺が「例えばの話だから」というとアリアは「うーん」と悩み始める。
「居なくなるってアバウトに言われましても……」
「じゃあ、突然消えたら!」
「突然ですか? ……うーん、私に出来る限り探しますかね」
まあ、曖昧だったしそんな返答が当たり前か。
「じゃあ、それが絶対見つからなかったら?」
「絶対ですか?……絶対見つからないって自分が納得するまで頑張って探すと思います……その後は私には分かりません」
そう悩んで言った後、「本当にレイさんどうしたんですか?」と不思議そうに聞いてくる。
「ん?何でもない。 とりあえず「魔神」の事を考えないと」
「あ、レイちゃん。 もしかして……」
俺が呟くとネイが何か思い当たったような声を上げていた。
太陽が高く登り始めた頃、スレイプニルが颯爽と草原を駆け抜ける。
「けど凄かったね~すれ違った商人の顔」
「かなり驚いてたね~」
「そりゃ、自分の頭上を伝説のモンスターが飛び越えたら誰でも驚きますよ」
アリアが俺の言葉にため息混じりのツッコミを入れる。
ついさっきスレイプニルで全力疾走していた所、商人の馬車と接触事故を起こしかけたのである。 それはスレイプニルが思いっきりジャンプする事で難を逃れたが、アリアには肝が冷える出来事だったようだ。 ちなみにそう言う事も有って今は普通の馬ぐらいの速さで走っている。
そういえばアリアはスレイプニルの上でツッコミを入れる位には慣れたようだ。 アリア曰わく「レイさんにしがみついて背中だけを見ていれば意外と安心でした」とのこと。
俺としてはこの言葉に嬉しく感じるが、つまり自分の背中を女の子にガン見され、触られているという事なので相当気恥ずかしい。
「やばい、顔が赤くなる!」
「レイさん、手綱離さないで下さい!」
おっと危ない危ない。 手綱を離して顔を覆い隠す所だった。
「いやあ、ごめんごめん」
「もう……」
アリアがため息をつきながら呆れた声を出す。 その息が背中に当たり、体が少し暑くなる。
久々に思春期の自分を感じているとスレイプニルが森の中に入る。
それに対してネイが歓声のような声を上げる。
「あ、ここハイルズの近くだね」
「あ、確かに」
『ご主人様、分からないで森に突っ込んだの?』
関心した声を上げる俺に黒猫さんの冷静な声。 うん、相変わらず反応が全然違う俺達だ。
俺がそんな事を考え、少し笑っていると頭に声の様な物が聞こえて来た気がした。
「ん……」
俺はスレイプニルの速さを下げながら周りの音に耳を澄ます。
「ネエネエ、キコエル?」
すると頭の中に独特な口調の懐かしい声が聞こえた。
俺はスレイプニルを止め、周りを見渡す。
「ん? どうしたのレイちゃん?」
「あ、何か精霊が話し掛けてきた」
俺がそう言うと納得しながら周りを見渡すネイ。
「へえ~、近くに精霊が居るんだ」
「姿は見えませんよ?」
「それでもつい探したくなるじゃん」
『そう?』
ネイとアリアと黒猫さんが微笑ましい会話をしているのを聞きながら意識を精霊の方に向ける。
「で、何のよう?」
「マジンノコトデタイヘンダロウケドイッテオキタイコトガアル」
「へ?何?」
「アナタノセカイトコノセカイガマタチカヅイテル。 リユウフメイ」
「なんと」
世界が近づいているとは……。 ぶつかったら大変な事になるんだよな?
「今は大丈夫なの?」
「マア、イマノトコロハ……ケドゲンインフメイダカラチュウイ。 ナオワタシタチノアイダデハマジンノエイキョウデハ?トヨソウチュウ」
「へ?何て言った?」
俺は精霊のカタコト口調について行けず聞き返すがもう声は返ってこない。
「ん~急いでたのかな?」
「レイちゃん、どうしたの?」
俺が首を傾げながら疑問符を口にすると後ろからネイが聞いてくる。 あっちの世界とか言っても通じないだろうしな……別の事言うか。
「なんと言うか……「地球は良い所だ。 みんな帰ってこ~い」だって」
「はあ……地球?」
「どういう事?」
『分からない』
俺が適当に言った言葉にアリア達が首を傾げる。
「ま、まあ特に大した話は無かったから。 さ、立ち止まっちゃったしハイルズに行こ!」
「あ、そうですね」
「地球……球?」
ネイが俺の言った内容に首を傾げているが気にしない。 俺はスレイプニルを操り、ハイルズに走って向かうのであった。
視点変更 レイ→彰
「ねえ、アキ知ってる?」
「何が?」
いつも通りアルナと待ち合わせ、一緒にモンスターが出るダンジョンに向かう。
その道の途中で彼女が突然聞いてきた。
「最近「マジック・テイル」で不思議な事が起こるんだとか」
「不思議な事? 例えば?」
アルナは「マジック・テイル」の小さなイベントや本当かどうか分からない眉唾物の情報に関してはかなり知っている。 恐らくリアルでも都市伝説とかが好きなのだろう。
そんな彼女が俺の言葉を聞き、得意気に笑いながら意気揚々と答える。
「何でもね~、幽霊が時々町とかに出るんだって!」
「幽霊?」
俺はアルナの言葉を聞き、陸の事を思い浮かべてしまった。 まさかとは思うがもしかして本当に陸は……。
「あ、ごめん! 幽霊ってそういう意味じゃなくてね……」
「あ、ああ分かってる」
アルナが俺の顔を見て慌てて弁明をする。 まあ、本気の幽霊な訳が無い。それくらいは分かる。
「その……ね? NPCじゃないんだけどプレイヤーでも無い。 おかしな人が時々町に居るみたいなの」
「へ~」
成る程、それは気になる。 けどNPCでもプレイヤーでも無い?
「プレイヤーじゃないっていうのはまあ分かるが、NPCじゃないっていうのはどう見分けるんだ?」
「何でもいきなり現れてはすぐ消えたりするみたいよ」
「だから幽霊なのか」
確かにそれは不気味だし幽霊というのも納得だ。 五感がリアルな分不気味さもリアルなものだろう。
「掲示板とかじゃ新しいイベントの前触れ説やモンスター説……色々あるよ~」
「ふ~ん……」
俺がその言葉を聞きながらアルナと共に町を出ようとした直前、俺の前から茶色い塊が飛んできた。
「うわ!」
俺は手で顔を覆い塊から身を守る。 ……が、塊は俺をすり抜け、町の道端に勢い良くぶつかる。
アルナは道端の塊を見て驚いた顔をする。
「あれ、マンスターじゃない?」
その言葉を聞き俺も塊の方を向くと、茶色い小さな人型……マンスターが立っていた。
「え、町にモンスターは入って来ない筈……」
アルナが呆然と呟く。
「マジック・テイル」の町にはモンスターは基本入って来ない。 入って来るとすれば、そういうイベントが有ると事前通告される。 だがそんな通告は聞いた覚えが無い。
俺達が何事かと驚いていると、マンスターは奇声を上げながら俺達の方に走って来る。 それに対して俺がナイフを構えると目の前で猛ダッシュしてきたマンスターの姿が溶けるかのように消えた。
「な……」
「も、もしかして……幽霊?」
驚いている俺の隣でアルナが声を震わせながら呟いた。