結婚式:ブーケトス-2
●
視界に、ちらりと白いモノがひとひらだけ落ちた。
ヴェールの軌跡を変えるほどに、強い風が吹いた瞬間のことだった。
「あっ…」
白い蝶々を追いかけるように、メイは瞳を動かした。
雪だった。
※
「おめでとう!!」
「見て、雪よ!」
ざわめく背中が、彼女をはっと我に返らせた。
慌てて振り返ると、一面には白い花びらが、いっぱい散り続けていた。
寒い空気も、寒い自分の姿も―― この一瞬だけは、メイは全てを忘れて世界にみとれた。
あぁ。
雪。
彼女は、その年の一番最後の雪の日に生まれた。
本当なら、もう雪なんか降らないはずの春先の、最後の雪。
その日から、雪は彼女にとっては幸運のお守りになったのだ。
「あら!」
その雪に、みとれていたメイの心を奪ったのは、脇に控えていたハルコの信じられないという声だった。
日頃、彼女が驚く声なんかほとんど知らないメイは、びっくりして彼女の方を向く。
すると、ハルコは別の方をじっと見ていた。
え?
その視線の点々を追いかけていくと、華やかな女性の参列者たちの姿が見える。
さっき、ブーケを投げた輪の中だ。
「おめでとう、あなたが次の花嫁ね」
メイの女友達の1人が少し残念そうに、受け取った女性に声をかけていた。
長いコートを着込んだままの、すらっとした女性だ。
その女性が、ふっとメイの方に視線を向ける。
にこっと笑った。
次に、ハルコの方に。
あっっ!!!!
ここで、やっと分かった。
いつもと衣装が全然違うので、すぐには気づかなかったが―― 彼女は、間違いなくあの居酒屋の女将である。
招待状は、出していなかった。
その人が、何故かこんなところにいたのだ。
一体、どこで聞きつけたのか。
こうしてみると、とても若いというのが分かる。
それもそうだ。
ハルコと、同級生という話なのだから。
あの居酒屋での雰囲気は、職業柄にじみ出てくるものなのだろうか。
「あなたは、もう…」
ハルコが苦笑しながら、段差を降りてブーケに近づいていく。
「2回ももらってどうするつもり?」
そんな声が、雪と風に追い立てられるようにメイの耳まで届いて、少し笑ってしまった。
ハルコの持ってきた、結婚式の写真のことを思い出してしまったのだ。
きっと彼女は、人よりも2倍幸せになれるに違いなかった。
好きな人がいると言っていた、女将の言葉を思い出す。
ハルコとは別方向から、女将の方に近づいてくる長身の男性がいた。
カイトの、会社関係の招待客だろうか。
その彼を見た時。
女将が、動きを止めた。
『ちょっと暗いところと、長髪なのがタマにキズ』
それが、彼女の好きな人。
目の前に立った男の人も、長髪。
あ。
メイは、にこにこになってしてしまった。
きっと―― あれが、カノジョノスキナヒト。
※
「ああ、そういえばカイト…次はガータートスだぞ!」
もう片方の脇で、居残りをしていたソウマが、いま思い出したとばかりに手を打ち鳴らした。
「何だ、そりゃ?」
ジロリという風に、カイトが彼の方を見ている。
ガッ、ガータートス??
メイは、びっくりした。
まさか、そんなものまで織り込まれているとは、思ってもみなかったのだ。
要するに、今度は独身男性へのプレゼントだ。
メイのしているガーターベルトをカイトが外して、ブーケみたいに投げるのである。
勿論、この場所で外される―― 要するに、カイトがドレスの中に潜り込むようにして―― きやぁぁぁっっっっっ!!!!
「何だ、そりゃ?」
カイトの方は分かっていないらしく、眉を顰めて。
「お、知らないのか? それじゃあ教えてやろう…ちょっと耳を貸せ」
にこやかにソウマが近づいてくるのを、メイはどうにかして止めたかった。
でも。
彼女が動くよりも先に。
こそこそ、と囁かれてしまったのだった。




