01/16 Sun.-4
☆
「そう言えば…あの二人、結婚式はどうする気なんだ?」
夕食の時に、ソウマは素朴な疑問をぽろっと口に出した。
本当に何気なく、ぱっと思い浮かんだものだったのだが、それを言い終わった瞬間、向かいのハルコの瞳がきらっと輝いたのが分かった。
別に、『誰の結婚式』と言ったワケでもないのだ。
なのに、いま二人の夕食のおかずになる人間の中で、『結婚式』などという一生に数少ないセレモニーを必要としているのは、たった一組だけだったのだ。
「そうね…式は挙げないといけないわよねぇ……でも、きっと本人たちは忘れていると思わない?」
彼女も、『誰』かということは言わないまま、押さえきれない笑顔をこぼしながら、話を先に進めようとする。
本当に彼らの話になると、途端にハルコは幸せそうになるのだ。
そういう顔が見たくて、ついつい自分からいつも話を振ってしまう。
そうすると、ハルコは本当に楽しそうに、話題に食いついてくるのだ。
「忘れてるだろうな…少なくとも、あいつの方は」
「そうよねぇ…たとえ、彼女の方が気づいていたとしても…自分から言いそうにはないし」
二人、一瞬だけ考え込むような素振りをした。
しかし、実際のところ二人とも何も考えていなかっただろう。
少なくとも、ソウマの方はそうだった。
最初から、これからどうしたらいいか分かっていたのだ。
お互いがお互いの目を盗み見るようにして―― 同時に、目だけで笑った。
「きっと、今週末はどんなに仕事が忙しくても、休日出勤はしていないと思うわ」
こう言ったのは、ハルコ。
「万が一休日出勤だとしても、土曜日だけだろう。日曜は間違いなくいるんじゃないか?」
返したのはソウマ。
こうして、彼らの週末の予定ははっきりしたのだった。
※
「さあ、忙しくなるぞ…」
カイトのお許しが出たのだ。これでもう、彼には何の文句も言わせないで済む。
この『勝手にしろ』を言わせたかったのだ。
最高級の許可である。
目の前では、カイトがあまりに理不尽な状況にそっぽを向き、メイの方は、ヴェールを膝の上に乗せたまま、事態の把握ができずにキョロキョロとしている。
いったい、どういう風に話がまとまったのか分からないようだ。
「そのヴェールは、式で使ってね」
ハルコは、彼女にそう言った。
式が執り行われるということが、たったいま決定したのだと教えているのだ。
直接的な表現を使用しないのは、ロコツな言葉だと、カイトが追いつめられて前言撤回の咆吼をあげかねないからである。
そうなると、また説得に困るのだ。
外堀から埋めていくように、カイトはワナに追いつめていかなければならない。
失敗したとしても、いざとなったら最終兵器『メイ』を使用すればよいだけだった。
「あの…でも……」
落ち着かない目で、彼女がカイトを見る。
本当にそういうことをしてもいいのだろうか、不安そうだ。
カイトの許可が、分かりにくいのがいけないのである。
長くつきあっているソウマやハルコだからこそ、彼の言動の裏側が分かるのだが、まだつき合いが浅い――別の意味では深いだろうけれども―― メイでは、ぱっと吸収出来ないのだろう。
日常のコミュニケーションはどうやって取ってるんだ?
それが、ソウマの不思議なところである。
カイトが、いまだこの調子なのだ。
どうやって、『好きだ、愛している、お前しかいない! 俺と結婚してくれ!』と言ったのだろう。
一度、詳しく聞いてみたいものだった。
この男に聞いても答えないのは分かっているので、是非、彼女の方に。
きっとカイトは、自分では思い出したくないくらいの、ヘタクソな告白だったに違いない。
ソウマはそう睨んでいる。
そう睨めば睨むほど、真相が聞きたくてしょうがなかった。
あのカイトの口からそんな言葉が!
聞きたい。
うずうずとする唇を、ソウマはぐっと我慢しなければならなかった。
いまこの場で聞けば、カイトが活火山になるのが分かっている。
うまく引き離した時にでも―― もしくは、ハルコに任せるというテがあった。女同士の方が、メイもガードが甘くなるだろうし、二人きりになる機会も多いだろう。
「話は終わっただろ! 帰れ!」
そんなソウマの心でも読んだのだろうか。
またも、カイトが牙をむく。
いますぐ、彼らをここから追い出したくてしょうがないようだ。
いや、それは最初からそうだった。
よほど、二人きりの時間を邪魔されたくなかったらしい。
まあ、確かにまだ結婚して一週間なのだから、その気持ちも分からないではないが。
「まだ、いろいろ決めないといけないことがあるのよ…女性にはいろいろあるんだから…ね、メイ?」
ハルコは、パンフレットを数部持ち上げると微笑んだ。
ナイスな妻だ。
ソウマは、何を言ってもなかなかカイトをいさめることは出来ないが、彼女は野獣のような相手でも落ち着かせることが出来る。
その上、ハルコは妊婦で。
そんな相手に、カイトが本気でひどい態度に出られるとも思っていなかった。
よしよし。
予定通り、彼は顔を般若のように歪めながらも、それ以上噛みついてこなかったことに、ソウマは満面の笑みを浮かべる。
さて、そろそろ自分も、ナイスな夫にならなければならなかった。
「そういえば、おまえは仕事中みたいだな…邪魔をしちゃいけないだろうから、彼女だけ借りて、ほかの部屋で相談してもいいぞ」
満面の笑みのまま、ソウマは提案した。
バッッ!
瞬間的に、カイトが目をむいてソウマを睨んだ。
何ということを言うのか、という目でもあったが―― 同時に、自分から彼女をひきはがそうとしているのに気づいて、それに噛みつくような目でもあった。
たまらん。
笑いを、ぐぐぐーっっとソウマはこらえた。
満面の笑みどころか、吹き出してしまいそうだったのだ。
何というかもう。
本当に。
メイという女性に。
ゾッコンなのだ。
片時も、側から離したくないように。
そんなのは、この部屋に入った瞬間から、本当は分かっていた。
いままで、その机の上にはノートパソコンが一つ置いてある程度だったのに、いまの状況を見てみろ。
まるで、会社の自分のデスクをそのまま持ち帰ったような騒ぎになっているではないか。
本当は、休日出勤をしなければいけない立場なのだろう。
それを、自宅作業にするためだけに、これだけの機材を持ち帰ってきたに違いないなかった。
自宅作業したい理由など。
考える間もなかった。
ソウマは、メイを見た。
カイトとソウマの間の緊迫した空気にオロオロしている彼女こそが―― この世の中で、ただ一人、カイトに魔法をかけることが出来る存在なのである。
ソウマたちなど、ただの奇術師だ。
カイトの思いも寄らない方向からハトを出して驚かせているうちに、自分たちのペースにハメる程度なのだが、メイは根本的に違った。
彼女が望めば。
本当に、カイトは世界征服だってしそうだったのだ。
ある意味、メイが普通の子でよかった、というところだった。
悪女だったら、本当にとんでもないことになっていただろう。
まあ、カイトが悪女にひっかかるとも思えなかったが。
「あの…そうですね。お仕事の邪魔しちゃいけないですから…」
この空気を壊したかったのだろうか。
メイが、慌てたように立ち上がった。
少なくとも、カイトとソウマを同じ空間に置いておいては危ないと―― さすがに、彼女も分かってきたのだろう。
「じゃあ、ダイニングにでも行きましょうか?」
ハルコは、にっこにこになった。
移動の雰囲気を作り出すように、机の上のパンフレットを片づけ始めたのだ。
「そうだな…それじゃあ、後は彼女の方と下で相談して…」
ソウマがとどめを刺した。
ぐぐぐっっっ。
ソファから立ち上がると、座っているカイトの拳が、ぎりぎりと握りしめられているのが分かる。
「邪魔じゃねぇ!!!!!」
どぎゃーん。
カイトは、吠えた。
「あら、そう? それなら、ここで相談しようかしら…うふふ」
「そうさせてもらうか…それなら、彼女もいろんなことを決める時に心細くないだろうしな」
ソウマは、内心でヒューッと口笛を吹く。
彼女は、やっぱり魔法使いだった。




