結婚式:誓いのキス-1
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「続きまして、永久の愛を誓う口づけを…」
口づけ。
こっぱずかしい指輪の交換が終わるや、更にこっぱずかしいの上塗りをするような行為を、ここでやれと言われるのだ。
いや、確かにそれはリハーサルの時にも、式次第の中に盛り込まれていた。
しかし、実際リハーサルでしたワケではない。
そう言われたら、軽く唇を触れ合わせるだけでいいですから―― とか何とか、進行役の男に言われたような記憶があっただけだ。
こんなところで。
カイトは、汗を浮かべた。
指輪の交換が終わってもまだ、カメラマンたちはそこに陣取ったままだったのだ。
今度こそは不意打ちにも負けず、いいものを撮影しようという気迫が伝わってきて、彼を壁際へと追いつめていく。
『舌は入れるなよ』
不意に、ここに入ってくる前にソウマに言われた言葉がプレイバックして、瞬間的に怒りの熱が上がる。
誰がするか!
しかも、こんな人前で。
こうなったらさっきの指輪よりも、もっと素早く終えてしまう他なかった。
これも。
これも、結婚式を望んだメイのためなのである。
カイトは、自分にそうぐっと言い聞かせて、暴れ出したい衝動を抑えたのだ。
深い吐息を一つついて、ワイヤーロープのような覚悟で自分をぐるぐる巻きにしてから、いざ。
ん?
しかし、現実は『いざ』もへったくれもなかった。
このままでは、キスなんて出来るはずもない状態だったのである。
メイの顔には、白い薄布がかぶったままだったのだ。
ハッ!
そこで、カイトは思い出してしまった。
リハーサルでは、指輪の交換の時にそれを持ち上げるように言われていたのだ。
野次馬どもに気を荒くしていたために、すっかり忘れきっていた。
ということは、さっきパシャパシャ撮られた写真の中に、彼女の顔は映っていないということである。
面白くもない、自分の顔だけが。
ムカムカ。
手際の悪い自分に腹を立てながら、カイトは彼女のヴェールに指をかけた。
あんまり変に力を入れると、破いてしまいそうな軽い布だ。
そういうものを、扱うのに慣れていない自分の指を抑えながら、彼はゆっくりとそれを持ち上げた。
そのまま、後ろに持っていけば―― !!!
カイトは、息を止めた。
目を見開いた。
白いヴェールの内側から、白い彼女の顔が現れたのだ。
白い肌、赤い唇。
そして、少し潤んだ茶色い瞳。
それが。
その瞳が、カイトをじっと見ていた。
思えば、ウェディングドレスを着たメイを見たのは、本当の意味で、この瞬間が初めてだったのだ。
いままで、隣にいるのは彼女なのだと、信じているしかなかった。
顔は、ほとんど見えなかったからだ。
しかし、いざヴェールをはがすと。
そこには、予想なんかとは比べものにならない、本物のメイがいたのである。
見つめている目が。
キュッ。
その色を見ているだけで、胸が締め付けられる。
誰よりも好きな女が。
いや、誰とも比較できない、唯一好きな女がそこにいる。
こんなに、カイトを好きなのだと伝えてくれる瞳で、すぐ側にいるのだ。
好きだ。
吸い込まれるように、カイトは顔を近づけた。
そっと瞳が閉じられるのが見えた時、全てを自分に預けてくれている気がして、更に胸が熱くなった。
彼女しか―― 見えなくなる。
唇を、触れ合わせる。
キスは、もう数え切れないほどした。
けれども、いつのキスもどのキスも、カイトにとっては特別なキスばかりだった。
ただの一つも、軽い遊びはない。
精一杯の気持ちを押し込めたものばかりだ。
メイ……。
そのまま、彼女の気持ちの海に沈みこもうとした瞬間。
ハッッ!!!!!
フラッシュの光が、カイトを正気に返してしまった。




