01/16 Sun.-3
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あのままだったら。
メイは、真っ赤になったままお茶を入れていた。
もしも、あのままドアを開けなければ、きっとソウマたちは彼らが今現在、まさしくそういう状況であると勘違いしたに違いなかった。
そんな誤解でもされようものなら、余りの恥ずかしさに、次から顔を合わせられなくなってしまいそうだったのだ。
だから、大慌てでドアを開けに行った。
親しくつきあい続ける相手だけに、変な女だなんて思われなくなかったのだ。
お茶をいれながらも、上の方の様子が気になる。
どうにも、ソウマという人間は、カイトをイライラさせることにかけては天下一品のようで。
彼がいる時に、カイトが穏やかだった試しがない。
いまにも怒鳴り声が、上から聞こえてきそうでヒヤヒヤしていた。
とにかく、急いでお茶をいれてから2階に戻る。
「お待たせしました…」
おそるおそる中に入る。
しかし、予想していた怒鳴り声はなかった。
じゃあ仲良くしているのかいうと―― 入った瞬間に、まだ空気が殺伐としているのが手に取るように分かって困ってしまう。
パソコンに向かっているカイトの背中が、訪問客に対して、かなり強い威嚇を表していた。
どうにも、カイトという難攻不落の要塞を攻めあぐねているようなソウマと目が合う。
その瞬間、彼はにっこりと笑った。
今までの『やれやれ』という表情が一転したのに、メイは驚いた。
どうして、自分の顔を見るや笑ったのか分からなかったからだ。
顔に、何かついてるのかな。
両手がトレイでふさがっているので、ぱぱっと顔を触って確かめるワケにもいかない。
とにかく、これをテーブルに置こうと、彼女はお客様の方に近づいていったのだった。
その時。
ハルコが、動いたのが目の端に映った。
しかし、気にとめていなかったら。
「きゃっ!」
いきなり。
視界が一転して、メイは硬直してしまった。
トレイをがっちり握ったまま、フリーズしてしまったのである。
まるで。
白いモヤのような世界。
そのモヤの向こう側で―― カイトが意を決したように振り返っていた。
目が合う。
そのモヤごしにではあるけれども、彼のグレイの目が自分の瞳と、正面衝突したのが分かった。
あ。
カイトの口は、そんな風に開いた。
自分を見て、驚いている顔だ。
そうして、彼もフリーズしてしまう。
メイは。
まばたきをした。
しかし、モヤが取れない。
もう一度。
でも、ダメ。
これ…・。
メイは、いきなり視界を覆ったものが何であるか、理解しようとした。
だが、それより早く口を開いた人がいる。
ハルコだ。
「やっぱり…すごくよく似合うわ……それ、私の時のなのよ」
私の時?
言葉の意味が分からずに、きょとんとしてしまった。
気づけば、目の前にはソウマが立っていて。
カイトとの視線が遮断された。
「ほいほい、こういうのは向こうに置いて」
彼は、いきなり手を出すと、メイからトレイを奪ってしまった。
強引な受け渡しに、ガチャンとカップがぶつかり合う。
あっと思っているうちに、彼女は白いモヤの中で手持ちぶさたになるのだ。
ソウマの背中が、ガチャガチャとそのトレイをテーブルに置く背中を見ていた。
彼が身体をかがめたので、再びカイトを見ることが出来た。
まだ。
彼は、メイを見ていた。
さっきとまったく同じ驚いた顔のまま。
横から、すっとハルコの細い指が伸びてくる。それが、モヤを揺らした。
ふわっと、まるで風に押し流されるようにモヤは消え、視界がクリアになる。
何の邪魔もなく、はっきりとカイトが見えた。
どうリアクションしていいか分からないまま、立ちつくしていると。
その空気を破るように、ソウマが手を二度ほど打ち鳴らした。
はっと我に返る。
カイトの瞳も、同じように自分を取り戻した。
「さあて、新郎新婦さんたち…打ち合わせに入ろうか」
よどみないソウマの強引な笑顔に気を取られて、彼女はしっかりと言葉を聞き取ることが出来なかった。
いま―― 何と言ったのか?
※
ソファに座ったメイは、膝の上に白いモヤを乗せていた。
ハルコが頭から下ろして渡してくれたそれは、世間一般ではヴェールという代物だ。
何というか、主に結婚式の時などで、花嫁さんが使用するグッズの一つである。
シュルシュルの触り心地を、彼女は落ち着かないまま撫で続けた。
カイトは、隣に座っている。
ソウマたちは、向かいに並んで。
そして、テーブルの上には、お茶と―― パンフレットの山。
「一応、来月に仮押さえしてきたぞ…会社の都合なんかをシュウに聞いて、ちょうど納期開けすぐだ。週末は無理だったが…平日でもかまわないだろう?」
すらすらと。ソウマはまったくつかえる様子もなく、さも当たり前のように言葉を続ける。
よく分からないけれども。
話が、どんどん進んでいく。
ちらりと横を見る。
すごく不機嫌そうな顔のカイトがいた。
無理矢理、この土俵に引きずり上げられたことが、不満でしょうがないという様子だ。
「何の話だ?」
ソウマという存在自体に反発した声で、カイトは言葉を遮った。
彼に持ちかけられる話は、どれもこれも気に入らないのだ。
内容ではなく、誰が、というところが一番のポイントのようだった。
「何の話って……結婚式に決まっているだろうが」
この状況を見て、何故分からないのかが不思議そうに、ソウマは眉を寄せた。ふふふ、とハルコが笑う。
確かに。
式場とかそれ関連のパンフレットを山と積まれて、なおかつ、メイの膝の上ににはヴェールが置いてあって、そして―― 婚姻届を出したばかりの二人がここにいるのだ。
結婚式、という言葉は容易に想像がつく。
「何で、んなコトしなきゃなんねーんだよ! 勝手に決めんじゃねー!!!」
その言葉について、彼女はいろいろゆっくりと考えようとした。
しかし、すぐ隣からの怒鳴り声に、いろんなものが一瞬で吹っ飛んでしまう。
ひゃーっと、反射的に身をすくめてしまった。
やはり、相手がソウマだとこういう状態になってしまうのだ。
「あら…でも、結婚式くらいちゃんとしないと…それに、ウェディングドレスは、女の子の夢ですもの…」
そんな怒鳴りには、ビクともしないハルコは、視線をぱっとメイに向ける。
まだ、さっきの音量に、毛を逆立てたままだった彼女は、不意打ちをくらってしまう。
「え…あ…あの…」
ウェディングドレス。
ちらっと見えた、テーブルの上のパンフレットには、真っ白いウェディングドレスを着たモデルさんが、すごく幸せそうに微笑んでいた。
『お父さん…私の結婚式で…泣く?』
そう聞いたら笑っていた。
お前が着られるウェディングドレスがあればいいなと、チャカしさえした。
でも、きっとお父さんは泣く―― 分かっていた。
記憶の。
フラッシュバック。
「あの…でも、別に…」
慌てて、それを振り払う。
式を挙げるということが大事なんじゃないんだと、自分に言い聞かせる。
いま、誰かに『幸せ?』と聞かれたら、きっと誰にでも「YES」と答えられる。
その事実だけでいいのだ。
これ以上を望んだりしたら、本当にバチが当たってしまう。
「ダメよ、遠慮なんかしちゃ。一生に一度しか着られないのに…後から着ればよかったって思っても、もう遅いのよ」
大事な、それで素敵な思い出になるわ。
「経験者の私が言うんだから…本当よ」
見るからに幸せそうなハルコが、にこにこと続ける。
まるで、自分がもう一度ウェディングドレスを着られるかのような笑顔だ。
ちらっと横を見る。
きっと、いままでカイトの頭の中には『結婚式』などという単語はなかっただろう。
そんな話が出る素振りもなかった。そして、彼は、きっと『結婚式』などというものが嫌いに違いない。
メイにだって、それは簡単に分かった。
カイトは、最初から式をする気はなかったのだ。
彼が嫌いなモノを、どうして自分が強要出来ようか。
別に、ウェディングドレスなんか着られなくたって……。
「勝手にしろ!」
びくっっっ!!!!!
沈みかけた意識が、いきなりの銃声に逃げ散らかす。
まさか、ここでカイトのコメントが入るとは思わなかった。
「そうか! それじゃあ勝手にさせてもらおう!」
途端。
ソウマの声が、半音以上一気に上がった。
ご機嫌そのものの、浮かれ上がった声に変わったのだ。
「すごく楽しみよねぇ」
ああ、コースはどれにしようかしら。
え?
カイトを見る。
え?
彼は、ちょっと向こうの方を向いているので、よく表情が分からない。
えー??




