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結婚式:控室-2

「あっはっはっは……」


 おかしくてたまらない笑いと共に、ソウマは新婦の控え室をノックした。


 いくら支度が済んだからとは言え、彼は女性の園に無粋に立ち入るような男ではないのだ。


 たったいま。


 その無粋男を、からかってきたばかりだった。


 こんなにおかしいことはない。


 そりゃあもう、予想以上の反応だった。


 見事に報復は食らったものの、ここまで笑わせてくれたのだ。


 チャラにするよりも、ソウマの方がお釣りを払いたいくらいである。


 さてさて、誓いのキスが見物だ。


 あの忠告を聞いて軽く済ませることが出来るか、新婦の可愛さに吹っ飛んで人前で自爆するか―― どっちにしろ、ソウマに幸せを振りまいてくれることだけは間違いなかった。


 あの男が、そつなく人前の誓いのキスをこなせるとは、到底思えなかったからだ。


「何を笑ってるの…?」


 クスクス笑いの声で、控え室の扉が開く。


 誰あろう、彼の妻だ。


 薄青いドレス姿で、一段と綺麗になっている。


 身体の関係上、締め付けないデザインだが、とても妊婦に見えなかった。


 このままもう一度、式を挙げたいくらいである。


 その気持ちをこめて、軽く頬に挨拶のキスをした。


 しかし、2回目になる彼らは、今日は遠慮すべきだ。


 ちらりと奥の方を見やると、ヴェールを深くかぶって椅子に腰掛けている新婦の姿があった。


 顔ははっきりとこの距離では見えないが、その全体的な姿を見るだけで、思わず口笛を漏らしそうになる。


 この瞬間の女性だけは、かなり特別な存在に見えるものだ。


 勿論、それは自制した。


 彼女に向かって、そんな安っぽい反応をしただけで、呪いそうな男を知っていたのである。


 今頃、教会の中でイライラしているに違いないのだ。


 そんな、今日の主賓に声をかけようとするより先に。


「まあ!」


 ハルコが、驚いた声をあげた。


 何事かと思って、彼女の方を見ると―― 驚きの後に、おかしくてしょうがないという顔になって。


「また、カイトくんをからかったわね」


 妻は、お見通しと言うわけだ。


 一体、どんな証拠が残っているかと思いきや、パンパンとソウマの背中を叩きだした。


「くっきり残ってるわよ…27センチの足形が」


 まったくもう。


 苦笑混じりに、かなりしつこく背中をはたかれた、ということは、予想以上の足形だったワケだ。


 身長は違うのに、ソウマと同じ足のサイズというところが、生意気なカイトらしかった。


「いや…まあ、その…」


 詳しい経過は、家に帰ってゆっくり話してやろうと思っていた。


 挙式前の新婦に、大きな声で聞かせる内容ではないからだ。


『蹴られない程度にからかう術を知っているくせに、いつもギリギリまで踏み込んでいくのが、あなたの悪いクセよ』


 カイトに、予定よりも大きな反撃を食らってしまった時は、いつもそういう言葉でたしなめられる。


 しかし、このギリギリがやめられないのだ。


 ブルドックのつながれている鎖の半径に、どこまで近づけるか。


 そんな、子供時代の名残だろうか。


 ソウマの中にも、まだまだ子供じみた感性が残っているようである。


 いや。


 まだ子供時代の方が、やっていることはおとなしかったような気がする。


 何でもそつなくこなすのが、自分の対外的なスタイルで、無意識にそれを保持しようとし続けてきたのだ。


 ソウマの中にも、自分が求める『かっこいい男』、というデザインは存在するのである。


 それを求めているうちに、こんな男になっていたのだ。


 いろんなことが、かなり自分でコントロールできるようになっていた。


 それは、人生を楽しめる大きな力ではあったのだが、それだけでは、本当に自分の望む男ではないような気がしていた。


 対外的な女性には、『優しい人』のレッテル程度でも全然オーケィだったが、この妻にだけは、いつまでも『男』と思われていたいのだ。


 彼の頭の中で、妻が占める割合が上がりそうになった瞬間、猛犬注意の看板の陰からブルドッグが飛び出してきて、物凄い勢いで吠えたてた。


 いまも、きっとまだカッカしているに違いない男の顔が、頭をよぎったのである。


 可愛いブルドッグだったな。


 さっきのカイトの様子を思い出してしまい、また笑いがこみあげてきた。


 が、いつまでもこうして、のんびりしているワケにはいかなかった。


 他の誰より我慢の効かない男で、あんまり待たせると教会内で騒動を起こしかねなかった。


 ストッパーの役目であるソウマが、こんなところにいるのである。


 周囲の人間は、さぞや取り押さえるのに苦労するに違いない。


「さて」


 もう一度、乱れてもいない襟を正す。


 今日の彼は、新婦の父親代理なのだ。


 彼女の父親は、もうこの世には存在しない。


 知らない相手ではあるけれども、ここはその人に向かって敬意と、ほんの少しの間だけ、大事にお預かりするという気持ちをしっかりと胸に抱えて。


「行こうか」


 ソウマが新婦に近づくと、ヴェールがこくりと上下に動いた。


 ハルコが、椅子から立ち上がる手伝いをしにいく。


 裾や足元を、もう一度確認するように動かして。


「すごく、綺麗よ…だから心配しないで」


 下からヴェールの中を覗き込むようにしながら、励ましの言葉をかける。


 ということは、彼女はかなり緊張しているということか。


 その上、慣れない格好と慣れない靴と―― 女性は大変だ。


 男の身綺麗など、知れたものだと思った。


「は…い…」


 震える声で、何とか返事をしましたというカンジで。


 見事な緊張さ加減だ。


 リハーサルの時も、緊張していたのは分かっていた。


 腕を貸すものの、ぎこちない動きで横を歩いてくるので精一杯という様子だった。


 やはり、式の前にちょっとでも、カイトと会わせておいた方がよかったのだろうか。


 コホン、と一つ咳払いをして。


「大丈夫だ…カイトの顔を見たら、落ち着くさ」


 そうして、彼女に腕を差し出した。


 ハルコ公認の、短時間レンタルである。


 白い手袋に包まれた指が、こわごわ触れてきて。


 そのまま、気をつけてエスコートする。


 視線の端で、ハルコにアイコンタクトを忘れなかった。


 小さな歩幅で、ゆっくりと歩き出す。


 彼女が動くたびに、ドレスがふわりふわりとソウマにぶつかってきた。


 カイトが、うっかり裾を踏んづけたりしないかが心配だった。


 おっと。


 いつまでも、ニヤニヤしているワケには行かない。


 控え室を出ると、フラワーガールの女の子が、寒そうにぴょんぴょん跳ねていた。


 花嫁さんを発見するなり、更に興奮してしまったようだ。


 その子の母親が、子供の溢れるパワーを押さえ込むので大変そうだった。


 しかし、小さなレディは、綺麗な花嫁をすぐ側まで連れていくと、不意にしおらしくなってしまった。


 きっとこの子の頭の中に、『花嫁さん』へのあこがれを、くっきり焼き付けたに違いなかった。


 ちょっと遠巻きにしているのは、リングベアラーの男の子。


 ソウマが預かっていたリングは、既に渡してある。


 そんな大事なものを預かったまま、落ち着かなそうに―― しかし、その目はフラワーガールを見ていた。


 けれども、声をかけられない様子だ。


 いずこも同じ、というところか。


 どこにでも、そういう性格の人間はいるものだ。


「それじゃあ…」


 最初に、ハルコが教会の中に案内される。


 可愛いフラワーガールと、リングベアラーも一緒だ。


 これだけでも、きっと聖堂はぱっと明るく花が咲いたようになるに違いない。


 そうして、席にいる関係者は、次に入ってくる彼らを待つのだ。


 ちらりと、新婦を見やった。


 うつむいている上にヴェールなので、余計に様子が分からないが、ぎゅっと捕まっている指先に力が入ったのは感じた。


 カイトに殺されそうだ、と思うと、またおかしくなったが、ぐぐっと顔をひきしめる。


 教会の中で、進行の声が聞こえる。


 生演奏の、結婚行進曲つきだ。


 さて。


 カイトにとっての、大事な大事な花嫁である。


 きっとこれを逃せば、あの男は一生幸せにはなれないだろう。



 男1人の人生を考えて、ソウマは慎重な一歩を踏み出したのだった。


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