結婚式:控室-1
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当日は朝から。
窮屈な、しかも似合わない衣装の中にぎゅうぎゅうに押し込められ、ついでに新郎控え室に押し込められたまま、カイトは軟禁状態だった。
部屋の端の方では、石油ストーブがちらちら揺れている。
レトロな教会だった。
同じ部屋にいるのは、もう見飽きた連中の顔。
ソウマとシュウだ。
シュウにいたっては、一体何日ぶりに顔を合わせるだろうか。
納期前で忙しかったこともあるが、同居人にはあるまじき久しぶりさであった。
ケイタイで、何度か声を聞いただけだったが、相変わらずロウでもハイでもない、一定のテンションを保ち続けているようである。
もう二度と、鏡など覗き込みたくないという意気込みを表すように、カイトはそれに背中を向けて座ったまま、イライラし続けていた。
かろうじて、まだきっちりとはめていない、ブラさげた蝶ネクタイが、彼の反逆の証。
新郎の支度など、実際は結構早いものだ。
そして、もうかれこれ1時間近く、メイとひきはがされたままである。
いくらなんでも、そろそろ綺麗なウェディングドレス姿が出来上がっているだろう―― ただ、この教会の控え室は意地悪な作りになっていて、教会の建物を挟んで両側に離されていた。
彼女に会いたければ、教会の前を横切って駆けていかなければならない。
のだが。
そろそろ表の方では、招待客の連中が集まり始めたようなざわめきが聞こえてきた。
クソッ。
イライライライラ。
会えない環境を作られるのは、イヤだった。
ほんのわずかな時間であれ、他人に強制されて引き離されているのは、トラウマのせいか、彼の心をひどくかき乱すのだ。
抱きしめさせろ、とは言わないが。
ガタッ。
耐えきれずに、カイトは立ち上がった。
そして、大股で出口の方へと向かう。
「おいおい! どこに行く!」
監視係のソウマに見つかって、入り口の前に立ちふさがられる。
黒いモーニングなんか来て、髪も綺麗になでつけて。
悔しいけれども、彼のその格好は似合っていた。
着慣れている風格というか。
少なくとも、カイトの濃紺のそれとはえらい違いに感じる。
男としての嫉妬が、余計にソウマへのイラだちを募らせるのだ。
「どけ!」
どうせ、一緒に祭壇の前まで行くのだ。
それまでちんたら、こんなムサ苦しいところで待っている必要はない。
最初から、カイトが連れていけばいいのだ―― 完全に、彼はリハーサルを無視しきっていた。
「まあまあ、もうすぐ始まるから、もうちょっとおとなしくしていろ」
宥めようとする態度が、またカンに障る。
押しのけて出ていこうとすると。
「シュウ! そっち押さえろ!」
「分かりました」
てめぇらぁ~~~!!!!
※
「そろそろお時間ですが…」
男性陣の衣装が、メチャクチャになる寸前に、制止の声が入った。
メイとの事前の再会は、失敗に終わることとなったのだ。
2人の有能すぎる友人たちを呪う余り、カイトは新郎とは思えない目つきの悪さになった。
「すぐに引き合わせてやるから」
ソウマが苦笑しながら、自分の衣装と髪を整える。
その後で、くるりとカイトの方を向き直ると。
「ほらほら、ちゃんとしろ」
などと、小学生を相手にするかのように、彼の衣装を整えようとしてくれるのだ。
気色悪い余り、その手を払う。
いつぞは―― そう、リハーサルの時は、ネクタイを締められそうになり、慌てて蹴り飛ばして逃れたことを思い出した。
彼のネクタイに触れてもいい人間は、自分ともう一人だけだったのだ。
が。
今日は、そのもう一人にネクタイを整えてもらうことは出来ない。
鏡を睨みつけて、カイトは襟を正した。
そして、ついに観念して蝶ネクタイを結んだ。
どんな格好をしようとも、そこには昔からずっと付き合ってきた『カイト』という男の顔がある。
その顔を維持する余り、似合う格好と似合わない格好というものが、ばっきりと別れてしまった。
普通ならば、その衣装にあった表情をすべきなのだ。
なのに、カイトはいつまでたっても、狭いマンションの自室で、身動きが取れないほどマシンを押し込んでいた頃と、同じ顔をしている。
1人の時は、いつもこうだ。
彼の人生を表すBGMは、『ワルキューレの騎行』であり、『結婚行進曲』ではない。
そんな彼が。
たった1人の女のために、一生に一度の大ハジをかくのだ。
こんな顔に似合わないチャラチャラした衣装を着せられ、胸に花なんかくっつけられ。
どうしてもそれだけは我慢しきれずに、カイトは生花でできたそれをむしりとった。
「カイト!」
ソウマは慌てたが、到底間に合うものではない。
「これでいい」
カイトは、鏡に背を向けた。
見えるのは、あきれたソウマの顔と、メガネの位置を治すようにしながら、彼を観察しているシュウの顔。
花は、いらない。
カイトにとっての花は、たった一輪だけだ。
その花と一緒にいるのだから、わざわざ他の花は必要なかったのである。
ため息の後に、ソウマが控え室の扉を開けた。
寒風が、わっと吹き込んでくる。
また一段と冷え込んだのだ。
昨日よりも、一昨日よりももっと寒い二月。
その空気の中に、彼らは足を踏み出した。
「お前は、先にドアの中に入っておけ」
教会のドアの前で、ストップの手のひらを向けられる。
ソウマに、だ。
リハーサルの時点で、ソウマが新婦の父親役の代理をすることが決まっていた。
カイトのところまで、彼女をエスコートしてくるのだ。
教会の神父とやらが止めなければ、最初から自分が連れてくるところだった。
厳格な聖職者というものほど、融通が利かないものがない―― と、いつぞ遅刻していったことを、咎められなかったことも棚に上げて、カイトは不満に思ったのだ。
相手が、やんわりとした神父だったからこそ、カイトが引き下がったというのもあったが。
そういうタイプは、昔から苦手だった。
「それじゃあ…あ、カイト」
新婦控え室に行きかけたソウマが、ふっと足を止めて戻ってくる。
いやに神妙な表情だ。
「新郎の心得を、ひとつ」
などと、手袋をした人差し指を立てる。
かつて、ここで結婚式を挙げた先輩新郎様から、ありがたいご訓辞があるらしい。
結婚式なんかやったこともないカイトは、その雰囲気に引っ張られて、思わず耳を傾けた。
彼の知らない、新郎の作法などがあるのだろうか。
「……『誓いのキス』の時に、舌は入れるな」
時が―― 止まった。
カチ。
コチ。
カチコチ。
ドガーン!
カイトの蹴りが炸裂した。




