02/13 Sun.-1
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あ。
あした。
メイは、がちがちに肩に力が入っていた。
明日の結婚式のことを考えると、昨日よりももっと眠れないのだ。
おかげで今日も、いろんなものをひっくり返してしまった。
カイトが会社に行っててよかった―― が、それらは全部、一緒にいたハルコに目撃された挙げ句、妊婦という立場で彼女だって大変なのに、残りの仕事を奪われてしまった。
はぁ。
おかげで、自己嫌悪もついてくる。
家事に関することだけは、自分が全部やりたかったのに。
『今日はもう、何もしちゃダメよ』
明日の最終確認が全て終わって帰る時、ハルコがそう釘を刺した。
おかげで、夕食も作っていない。
何度も作ろうと思い立ち、調理場までは行ったのだが、今日のその場所は、夜の森のように彼女に優しくなかったのだ。
多分、もうすぐカイトが帰ってくるだろう。
その時に、夕食も作っていない彼女をどう思うだろうか。
それ以前に、どう説明をしよう。
緊張しすぎて、何も手につきませんでした?
何て、マヌケな言い訳だろう。
う。
ダイニングの席に座ってため息をついていた彼女は、ちらちらと夜の森の方を見る。
『夜の森にだけには、行ってはいけないよ』
そう禁じられた、おとぎ話の主人公の気分だ。
言いつけを破ったら、大体不幸になるのである。
おなかすかせて帰ってくるかなぁ。
森の誘惑の声が聞こえる。
ええい。
メイは、覚悟を決めた。
勢いよく椅子を立ち上がると、こういう日は何もかもダメなのか、椅子がガターンと後ろに倒れて、彼女を驚かせた。
慌てて、抱え起こす。
それから。
彼女は。
森ではなく―― 玄関の方に向かったのだった。
せめて、何か出来合いのものでも、買ってこようと思ったのだ。
もう夜は遅いが、大通りのコンビニは開いている。
こんな緊張したまま、ずっと家にいるのも耐えられなかった。
何かしていれば気が紛れるのだが、またお皿を割るワケにもいかない。
それに、まだ手よりも足の方が、ちゃんと動きそうだった。
コートに袖を通してお財布を持って、彼女は玄関を開けた。
途端、寒風がぶわっと吹き込んでくる。
昨日よりも、もっと冷えた気がした。
身震いを一つした後、メイはたたたっと駆け出した。
大通りまでは、走れば5分くらい。
別の意味での夜の森の中に、彼女は飛び込んだのである。
しかし。
やはり5分も走り続けることは出来なかった。
元々、運動神経は真ん中より少し下のメイだ。
おまけに、学校を卒業してから、これというスポーツをしていたワケでもなく。
道半ばあたりから、ぽてぽてと歩き初めてしまった。
外灯と外灯の間まで、少しある。
その間だけ、小走りになった。
明かりの真下に来ると、ほっとする。
人や車とすれ違う時は、すごく怖い。
どうして、自分がこんなに暗いところが苦手になったのかは、よく覚えていない。
正確に言うと、暗いところがキライなのではなく、暗いところに一人で立っているのがキライなのだ。
あとちょっとで大通り。
大通りの、はっきりと明るい世界に向かって、メイは勇気を抱えて走ろうとした。
この道に入ってきた、車のハイビームのライトで一瞬目がくらむ。
慌てて視線をそらして、その車をやりすごそうとした―― が。
急ブレーキで、車が止まったのだ。
えっ。
「メイ!」
車のドアが開くなり、大声が自分を呼ぶ。
暗くてよく見えないが、あの声を、自分が聞き間違うはずがなかった。
「カイト…」
ほっとして、たたたっと駆け寄る。
怖い人だったらどうしようかと思ってしまったが、よく考えれば、この道に入ってくるのだ。
彼であってもおかしくない。
お仕事、終わったんだ。
嬉しい気持ちをいっぱいに側まで寄ると。
カイトが。
険しい表情をしているのが分かった。
「あっ、あのね…ちょっとそこのコンビニまで…今日あの…夕ご飯…作れなかったから」
ごめんなさい。
こんな夜に、外をフラフラしていたのに怒ったのだろうか。
「乗れ!」
そのことを言及することはなかったが、彼の声が強い音を作る。
その吠え声に追われて、メイは慌てて助手席側に回った。
運転席のカイトのオーラは、やっぱり怒っているように見えて。
彼女は、小さくなっているしか出来なかった。
車はUターンして、大通りの方に出る。
しかし、コンビニは素通りだ。
お弁当屋さんも素通り。
重い沈黙のまま―― また、外食になった。
※
カイトは、怒ってはいなかった。
深夜までやっているファミレスの席で、彼女がすっかり小さくなっているのを見て、言いにくそうに『怒ってねぇ』と言ってくれたのだ。
それにホッとした。
きっと、心配してくれただけなのだろう。
思えば、明日結婚式なのだ。
いくら、夕ご飯のことがあったからといって、彼女の行動は不用意だったのかもしれない。
もし何かあったら、明日の予定に関わるではないか。
そうなったら、カイトにもソウマたちにも、ほかのたくさんの関係者にも迷惑がかかる。
もっと、ちゃんと考えなくちゃ。
ついつい、目先の大事さにとびついてしまう、自分の浅はかさにゲンコツを入れる。
それと、この緊張グセに。
うっ。
しかし、それに関して言えば、家に帰りついてもまだ、全然はがれ落ちていなかった。
心の中の緊張感の糸は、張り巡らされたまま彼女を取り囲んでいるのである。
きっと、リハーサルの時からすでに、メイはからくり人形のようだったに違いない。
右足とか左足とか、ちゃんと頭で考えないと動かないような気がするし、考えれば考えるほど、ぎこちなくなってしまうのだ。
一生に一度のこと―― というプレッシャーも押し寄せる。
「お、お風呂入ってくる…」
あんまり緊張していることがバレると、またカイトに心配をかけてしまう。
つとめて落ち着いたフリをしながら、彼女はバスルームへと逃げ出した。
温かいお風呂の中なら、少しは身体もほぐれるのではないか、と希望を抱いてもいた。
なのに。
「きゃあっ!」
ガッシャン!
やってしまった。




