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01/16 Sun.-2

 ピンポーン


 チャイムが鳴った瞬間、カイトはムカッとした。


 誰が来たとか知っていたワケではない。


 それが誰であろうと、同じように機嫌が悪くなっただろう。


 せっかくのお茶の時間を、邪魔されることだけは間違いなかったからだ。


 きっと彼女は立ち上がって、一階に降りて応対をしようとするに違いない。


 自分以外の誰かのために。


 それが、腹立たしいのだ。


 せっかく彼女がそばにいるのに、仕事をしなければならない自分に、最初から腹を立てていた。


 その上の追い打ちだったからこそ、余計に不機嫌になったのである。


 予想通り立ち上がった彼女を、無理矢理止める。


 シカトしてろ!


 絶対に今日、彼が会わなければいけない客というのは、この世の中に誰一人として存在していなかった。


 それなら、彼女が降りていく必要はない。


 そわそわしているメイを見張ったまま、カイトはチャイムが止まるのをイライラしながら待った。


 そうして。


 ようやく鳴りやんだ。


 あきらめたに違いない。


 今日は外には出ていないので、まだカギはかかったままの可能性が高い―― おそらく、多分。


 だから、たとえ相手が一番イヤなあの辺りであったとしても、すごすごと帰らざるを得ないはずだ。


 ふぅ。


 安堵のため息をついた。


 これで、貴重な彼女との時間を邪魔されずに済んだことになる。


 よし、と自分の勝利を確信したカイトは、コーヒーの続きに口をつけた。


 まだ、今日という時間はたくさん残っていた。


 仕事もするけれども、彼女が存在するという空気に、もっと馴染まなければならないのだ。


 そっちの方が、ほかの何よりも最優先だった。


 この。


 あたたかくて。


 おだやかで。


 優しくて。



「おーい…」



 しかし。


 カイトの心の中に珍しく芽生えた、ふわっとした柔らかいものは、ドアの向こうからかけられた声で、すべて台無しになった。


 思わず、彼女との大事な時間の象徴であるマグカップを、落としそうになってしまった。


 ばっとドアの方を睨む。


 そこは閉ざされたままだ。


 しかし、そのすぐ向こうに誰かいるのは間違いなかった。


 しかも。


 あの声は。


「おーい、開けてもいいか? もしかして…取り込み中か?」


 はっはっは、何しろ新婚だからなー。


 この声を―― 聞き間違うハズなどない。


 ソウマだ。


 しかも、内容の下世話なこと下世話なこと。


 この部屋の中で、まさしく今、情事でも行われているかのような聞き方である。


 いや、もし本当にそんな状況であったなら、今頃彼の命はない。


「もう、ソウマったら…」


 くすくす。


 おまけに。


 現れた悪魔は一匹ではなかった。


 ドアの向こうには、テレビショッピングよろしく、もう一匹ついてきているのだ。


 いや、正確には一匹半かもしれないけれども。


「くんな!」


 一番、最悪の客だ。


 この二人の時間を壊すということでは、セールスマンなんかとは比較にもならない。


「お! やっぱり取り込み中か…いやぁ、それじゃあ終わるまで下ででも待っているかな…カイト、ほどほどにしとけよー」


 ドアの向こうで、ひらひらと手を振っているソウマが見えるようだった。


 あまりの発言の数々に、怒りの余りカイトは口がきけなくなってしまう。


 ただ、ぴきぴきとこめかみの血管が浮き上がったのは、自分でも分かった。


「ちっ、違います!」


 変な誤解に耐えきれなくなったのだろうか。


 メイが、慌てふためいて立ち上がると、ドアの方に駆け出したのだ。


 今度は、止める間もなかった。



 あっ、開けんな!



 そう怒鳴るのも間に合わなかった。


 バタン。


 彼女にしてみれば、とんでもない誤解を解かないと恥ずかしくてしょうがなかったのだろう。


 しかし、あの連中に入ってこられるくらいなら、いっそ最悪の誤解をさせておいた方がマシだったというのに。


「お…」


「あら…」


 二人の来訪者は、同時にそんな声を出した。


 きっと彼らは、自分たちの想像が掠ってもいない現実に、がっかりしたに違いなかった。


 ※


 ぶっすー。


 カイトは、最初からもう、彼らと同席するつもりはなかった。


 思い切り不機嫌なオーラをまき散らしつつ、コンピュータの前に戻って『オレは仕事で忙しいんだ! とっとと帰れ!』と背中で怒鳴った。


 メイは、いまいない。


 何もしなくていいというのに、彼らのためにお茶の用意をしにいってしまったのだ。


 おかげで、この部屋に3人こっきりで取り残されてしまう。



 クソッ、クソッ、クソ!!!!



 汚い言葉で来訪者をののしる。


 結婚したばかりであることくらい、彼らも知っているはずなのだ。


 だから、ちったぁ遠慮しろ、というところだった。


「いやぁ…シュウがいてくれてよかった。カギがかかっていたから、開けてくれなかったら門前払いだったな」


「本当によかったわ。もう、私が元々持っていたカギは返してしまっていたから、入れなかったわねぇ」


 誰かさんたちは、聞こえなかったようだからな。


 無視しているというのに、勝手にソウマはしゃべり始める。


 独り言なら聞こえないように言え、というところなのだが、カイトに聞かせたい音量で言っているということも分かっていた。


 あんの…。


 階下にシュウがいたのは盲点だった。


 今日は日曜日。


 休日出勤しないという可能性を、すかっと忘れていたのだ。


 大体、メイと結婚してからは、あの副社長の存在のことなど、ほとんど思い出すこともなかった。


 滅多に、この家で顔を合わせることもないせいだ。


「おーい、カイト…今日はまじめな話できたんだから、ちゃんとこっちに座れー」


 不意打ちしておいて、要求の多い男だ。


 何か紙類をバサバサ言わせている音がする。


 まるで遠くにいる人間を呼ぶような声を、しかし、カイトは無視してキーボードを叩き続けた。


「お待たせしました…」


 そうしているうちに、メイが帰ってくる。


 このまま。


 メイの腕をつかんで、逃げてしまおうか―― カイトは、そういう提案を思いついた。


 車があるのだ。


 あとは、サイフさえあれば、どこででも時間はつぶせるだろう。


 よし。


 カイトは、椅子をくるっと回した。


 いま、自分が考えたことを実行しようとしたのだ。


 ぎょっ!


 しかし、目に飛び込んだものに驚いて、とっさに自分が何をしようとしていたのか吹っ飛んでしまった。


「きゃっ!」


 メイも驚いた声を上げた。


「やっぱり…すごくよく似合うわ……それ、私の時のなのよ」


 ハルコは。


 お茶を持ったままのメイに、真っ白い布っきれ―― いわゆる、ヴェールをのっけていたのだ。



 カイトは、口を閉じることも忘れて、そんな彼女に目を奪われてしまったのだった。


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