02/08 Tue.-2
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ドキドキドキドキ。
メイは、じっとカイトの動向を見守った。
彼が、袋を開けていく指の動きも目の動きも、それから袋の中を覗き込んだ後も―― 全ての反応を記憶しておこうと、必死でカメラを回していたのだ。
よ、喜んでくれるかな?
それが、すごく不安でしょうがない。
「多分喜んでくれる」に8票投票されているのだが、それでも、残り2票は違う結論を出しているのだ。
「普通」とか、「興味ない」とか。
彼女の心の中から、「イヤがる」だけは除外していた。
そんなことを考えようものなら、余計に不安になってしまうからだ。
思えば。
メイから彼に何か贈るのは、これが初めてのことだった。
いままで、服や指輪を彼女は買ってもらっていたが、逆はなかったのだ。
第一、自由になるお金は、ほとんどなかった。
だから、気軽に何かを買ってあげるということは、不可能だったのである。
確かにカイトは、まるで好きに使えと言わんばかりに、大金の入った通帳を彼女に投げて寄越してくれていた。
その額を見て、驚いたのだ。
どうして、こんな金額を全部、普通預金に入れているのか。
貯金に、税金がかかっちゃう!
最初に考えたのは、そんな所帯くさいもので。
慌てて小分けして、郵便局などの定期にしたのである。
こっちの方が、利子もいいし。
そうして、預金通帳から税金を取られないようにしたのだった。
メイは、その作業を終えたことで大変満足してしまい、自分が使って減らす、ということには考えが及ばなかったのである。
いや、勿論日常生活を営むための買い物は、ちゃんとしている。
しかし、こちらはハルコが渡してくれた家政婦用の通帳に、まだたくさん金額が残っているので、そのメインの通帳に手をつける必要はなかった。
買い物だって、ちゃんとやりくりをして。
家計簿をつけて。
服は、まだ季節が変わってないので、新しいものはいらないし。
メイという存在は、非常に家事を行う上では有能だったのだ。
カイトが、それについてどうコメントするかは、脇に置いておくとして。
もとい。
彼女がいま渡した贈り物―― セーターが、今やまさに覗き込まれようとしていた。
がさがさ。
手が、突っ込まれる。
まさしく掴み出すという動きで、袋の中からきれいな毛糸だったものが引きずり出されたのだ。
ばさっと。
全体を握っていなかったらしく、綺麗に畳んでいたセーターは自分の重みで袖や裾を広げ、ぶら下がった。
その勢いで、袋が跳ね飛ばされ、床に落ちる。
あっ。
この時、メイのカメラは一瞬、足元に視線を投げてしまった。
だが、すぐに袋などどうでもいいことに気づく。
後で拾って、きちんと折り畳んで、また何かに使えばいいのだ。
いまは。
いまは、間違いなくセーターを見ているだろうカイトの表情の方が。
ぱっと顔を上げると、驚いた顔のままで彼がその毛糸を見ていた。
まだ驚いてる。
まだ驚いて。
まだ。
あれ?
メイは、じっとカイトの顔を見た。
同じ表情で、固まったままだったのだ。
このまま、彼が戻ってこないのではないかと心配した彼女は、勇気を持って解説するコトに決めた。
「あっ、あのね…多分、ちょうどいいと思うの……毛糸もふかふかだし。ま、まだ2月だから着られると思うし…えっと、あ! 無駄遣いしたワケじゃないのよ…毛糸だと結構安いし」
は。
はやく、何か言って。
ベラベラベラベラと、緊張しているせいで、言葉が止まらない。
しかも、ロクな意味合いにはならなかった。
普通ならもうちょっと、バレンタインのプレゼントなのだから、ロマンチックな言葉を言えばよかったのだ。
そんな原料の金額とか、サイズについてとか、聞きたいワケではないだろうに。
カイトの視線が、ゆっくりとセーターから動いた。
スローモーションのような顎の動きが、しっかりとメイの方に向けられて。
来る!
ドキン、と心臓が高鳴った。
彼に。
抱きしめられるのではないかと思ったのだ。
そういうオーラを、感じたような気がしたのである。
本当に喜んでくれたのなら、彼はいつもそういう行動に出てくれたハズだ。
だから、メイはそれを一瞬、期待してしまったのである。
が。
ばさっ。
カイトは、セーターを掴んだまま、いきなり背広の上着を脱ぎ捨てたのである。
えっ。
そう、メイが思うまもなく、セーターが空中で踊った。
カイトのワイシャツの腕が、その中につっこまれる。
右も、左も―― 最後には頭も。
ぐっと。
手が出てきた。
右も、左も。
そして。
髪の毛が。
いや、顔が、首が出てきたのだ。
カイトが。
セーターを着ていた。
うわぁ。
彼女は、大きく目を見開いた。
セーターを編んでいる間、ずっとカイトが着たところを想像していた。
本についている、モデルの人の顔を彼にすげ替えたりして、似合うとか似合わないとか考えていたのである。
しかし。
本人が実際に着込んだ時の姿は、やっぱり想像とは一致していなかった。
モデルのように、ポーズをつけているワケでもなく、表情もキメてるワケでもない。
いつもの仏頂面に見えるけれども、どこか少し。
そう、頬の端の辺りが、少しだけ照れているような顔に見えたのだ。
けど。
白いセーターは、思いの外カイトの肌の色と合っていて―― 彼女の胸をドキドキさせた。
「あったかい?」
ギュウっと抱きしめられるのはなかったが、もう既にメイは満足のレベルをぶっちぎっていた。
着てもらえたのだ。
それだけで、言葉にならないくらい嬉しい。
聞きたいことは、本当はいろいろあったのだ。
着心地とか、サイズとか。
でも、一番最初に出てきたのは、そんな温度にまつわるもので。
冬の寒い風の中でも、そのセーターがあったかければ、カイトを守れたような気がしたのだ。
メイが、彼を守っているという実感ができそうな。
二、三度、彼が口元を動かした後。
「あったけぇ…」
ぼそっと、カイトは呟いた。
視線が、斜め下に落ちるのは、じっと見られていることが恥ずかしいからだろうか。
「ホントに? ホントに?」
その答えに、すっかり嬉しくなってしまって、彼女は念を押して尋ねた。
あのカイトがあったかいと言ってくれているのだから、本当なのだろうが、メイにしてみれば、何度だってその言葉が聞きたかったのである。
何だか、ホメられてるような気がした。
先生に『よくできました』の、桜のハンコをもらった時のように、顔が緩んでしまう。
昔から、あんまり人に自慢できるような取り柄がなかった。
勉強もそこそこ。運動もそこそこ。
何でもかんでも十人並だったメイだったけれども、家庭科の時だけは先生にホメられることがあって好きだった。
彼女の得意技は、地味なものが多かったので、余り周囲の評価にはつながらなかったけれども。
ケーキを焼くよりも、里芋の煮っ転がしの方が得意だったのだ。
しょうがない。
ケーキよりも里芋料理の方が、作る頻度が高かったのだから。
綺麗な刺繍よりも、ボタンの付け方が得意だったり、裾上げが上手だったり。
でも、先生はちゃんとそういう地味なところを見てくれて、「大変丁寧に出来ていますよ。よくできましたね」とホメてくれたのだ。
何だか。
その先生に、ホメられている時のような嬉しさが出てきた。
いや、相手がカイトなのだから、もっともっと嬉しい。
「あぁ…あったけぇ」
苦手そうな口調ではあるけど、もう一度言ってくれた。
嬉しい、嬉しい!!
身体中が、落ち着かなく昂揚してくる。
細胞の一つ一つまでが、嬉しそうにジャンプをしているかのようだ。
ホメてもらえた。
カイトに、ホメてもらえたのだ。
「嬉しい…よかった」
あったかいんだ。
メイはもう、自分が何を口走っているのか、よく分かっていなかった。
同じことを、何度も繰り返しているような気がする。
バカみたいに、『あったかい』と。
ようやく、カイトにじっと見つめられていることに気づいて、慌てて口を閉じた。
恥ずかしくなってしまったのだ。
1人だけ、妙に浮かれ騒いでしまって。
そうしたら。
そうしたら、彼の腕が。
「あっ……」
ぐっと、抱き寄せてくれた。
セーターの柔らかい胸の中に、飛び込む結果になってしまう。
あぁ。
メイも、ぎゅっと彼を抱きしめた。
カイトの体温が、セーターを通して彼女に伝わってくる。
「ホント…あったかい」
今夜は、羊の夢が見られそうだった―― 2人一緒に。




