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冬うらら2  作者: 霧島まるは


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01/30 Sun.-2

 この家の玄関の前で、面白いものを拾っていた。


 ソウマは、ニヤニヤとカイトを小突いてはいたものの、その切り札をまだ使わずにいる。


 切り札は、一番効果的な時に使ってこそ、『切り札』というのだ。


 フトコロに、最高級のジョーカーを隠したまま、カイトが『結婚講座』に翻弄されるのを見ていた。


 結婚講座というのは、クリスチャンじゃない人間が、教会で結婚式を挙げるために受講しなければいけないものだ。


 神父様の、結婚にまつわるありがたいお話が聞ける、という寸法である。


 結婚への心得、というか。


 ソウマはその内容を、軽んじているワケではない。


 宗教を飛び越えて、素晴らしい話もたくさんちりばめられていた。


 が。


 カイト向きでは、ないということだ。


 あの男に、『どうやって結婚生活を幸福に続けていくか』ということを論じたところで、門前で突っぱねるのが分かっていたからだ。


 彼は、自分の手で自分なりにメイを幸せにすると、頑なに思っているようだった。


 その気持ちと行動は、最終的には神の教えに背くことではない。


 それどころか、見た感じ、誤解を受けやすい夫婦ではあるが、どこに出しても恥ずかしくない、『互いを慈しみ合う』夫婦になるだろう。


 どこの神様だって、喜んでくれる精神に違いなかった。


『んなの、分かってんだよ!』


 結婚講座の説教で、カイトが何度そう考えるか。


 それを想像すると、ソウマの目はランランと輝き、口元はニヤリとしてしまうのだった。


 ハルコが。


 ふと。


 あの当時は、余り考えたことがなかったが、ハルコが『結婚講座』を受けなければならないような、教会での挙式を望んだのは、どうしてだろうか。


 ソウマは、彼女の希望通りに、結婚式を挙げる必要があった。


 希望はかなえてやりたいという男心もきっちりあったが、それより前に、少々後ろ暗いところがあったのだ。


 別に浮気をしたとか、ハルコをないがしろにしたということではな―― いや、結果的にはないがしろにしたのだろう。


 彼女のことを、信じすぎていた。


 ではなく。


 彼女のことを見くびっていた、の方が正しいか。


『遠く離れていても、ずっと2人の心はつながってるさ、ハハン』


 男は、そんなロマンチストで、厄介な生き物だったのだ。


 だから、少々ハメを外しても度を超しても、ずっと昔から刻んできた時間に、ヒビ一つ入るものかと思っていた。


 だから彼は、密林の中に幻の植物を探しに行ったりという、どこかの特番のような真似ばかりしていたのだ。


 そのジャングルで、綺麗な宝石の原石を拾って。


 これは、ハルコへのおみやげにしようと、予定よりも大幅に遅れて帰国してみれば。


 彼女の部屋のドアは、固く閉ざされたままで、ソウマに向かって開くことはなかったのだ。


 大ショックだった。


 これまで、他の誰よりも当たり前のように開かれていたドアが、叩いても呼んでもダメなのである。


 天の岩戸よりも、強力だった。


 電話も、すぐ切られてしまう。


 何故、そんなに彼女が怒っているのか、理由さえ聞かせてくれないのである。


 放浪癖ならいつものことじゃないか、何故今回に限って―― ソウマは、不思議でしょうがなかった。


 しかし、同時に一番の危機感を感じていた。


 ここでしくじったら、一生彼女を失うのではないかと。


 それくらいの本気を、ハルコから感じていた。


 分かりやすく、スネたり甘えたりする性格ではないということは知っていた。


 物わかりがよく、出来るだけ感情のコントロールを、しようと努力しているのも。


 きっと。


 それが全部積み重なって、爆発してしまったのだろう。


 彼女の感情を、うまく理解することも出来ず、ソウマの方もイライラが積み重なる。


 帰国して、一度も会ってないのだ。


 もう何ヶ月、顔を見ていない算段になるだろうか。


 記憶の中の微笑みは覚えているが、それはきっともう本物ではない。


 本物のハルコが、見たかった。


 触れたかった。


 そして、ソウマも爆発した。


 白昼堂々、鋼南電気に殴り込んでしまったのである。


 そんな彼に、結婚講座を受講させたのは、ハルコの最後の反撃だったのかもしれない。


 神父の説教にあったのだ。


『楽しい時間を過ごしたいなら、楽しい相手を選べは良いのです。静かな時間を過ごしたいなら、静かな相手を選べば良いのです。波瀾万丈の時を過ごしたいなら、それに見合った相手を探すことです』


 ソウマは、どれも好きだった。


 楽しい時間も、静かな時間も、波瀾万丈な時間も。


 だから、その時に彼は決めたのだ。


 これまで、楽しい時間も静かな時間もハルコとは共有してきた。


 唯一、切り分けていた『波瀾万丈な時間』とやらも、これから彼女と共有しよう、と。


 山に登る時も、ジャングルに行く時も。


 彼女が、『もう行きたくないわ』というまで、連れて行こうと思った。


 今のところまだ行きたくないとは言わないが、彼女の身体を考えると不可能だ。


 結果的に、2人の世界から波瀾万丈な時間というものは、無事出産するまでは消え去ったかに見えていたのに。


「遅れちゃダメよ。ちゃんと神父様にご挨拶してね」


 まるで母親のように、甲斐甲斐しく2人に助言するハルコの姿ときたら、宝の埋まっている島を見つけた船長よりも、目を輝かせていた。


 さて。


 そろそろ潮時という感じになってきた。


 最初は、おとなしくぶすったれていたカイトの気配が、『出ていけモード』にシフトしつつあったのだ。


 じきに、キレて怒鳴り出しかねなかった。


 おなかの子供は、生まれるまで一体何度それを胎教にするだろうか。


「さて、それじゃ失礼するか」


 ソウマは、立ち上がった。


 今日は、何もカイトをキレさせる必要はないのだ。


 それよりも、素晴らしい爆弾のスイッチを、ソウマが握っているのである。


「あら、そうね」


 ハルコも、この切り札の存在は知っている。


 多少、プライバシーの侵害にはなるのかもしれないが、じっくり2人でどうするか吟味してしまった。


 素直に行くなら、これはメイに渡すべきだった。


 が。


「あ、カイトにちょっと話があるから、玄関まで送ってもらっていいか?」


 彼らが帰ることに気づいて、ホッとしたカイトの隙間に、そんな針を刺した。


 少し真面目な雰囲気を匂わせれば、彼の性格上、ついて来ずにはいられないということを知っていたのだ。


 メイ1人だけを残して、彼らは部屋を出たのだった。


「話って?」


 階段を下りながら、短気なカイトが聞いてくる。


 早く戻りたいに違いなかった。


 それに苦笑しながら、最後の1段になってから、懐からジョーカーを取り出す。


「玄関に落ちてたぞ」


 後ろも振り返らずに、肩越しにそれを差し出した。


 受け取られる感触がして、ソウマは手を離す。


 その後、しばらくはカイトの足音はついてきた。


 歩調がだんだんゆっくりになり、夫婦との距離が離れていくのが分かる。


 きっと、いまそのジョーカーを見ているのだ。


 ついに足が止まった時。


 彼らも、玄関のドアのところで立ち止まった。


「大事にしろよ」


 ニヤッと、ソウマが最後に決めようとしたのに。



 ズダダダーッッッッッッ!!!!



 もう、カイトはそこにはいなかった。


 物凄い轟音を立てて、いま降りてきた階段を走り登って行ったのである。


「ちょっと甘やかしすぎか?」


 その轟音を視線で追いかけて、見えなくなった後―― ポツリとソウマは呟いた。


「それじゃ、私もちょっと甘やかしてもらおうかしら。今夜はパスタにしない?」


『パスタ』


 それは、ソウマに料理を作って欲しい時の、合い言葉。


「オレは、他の料理も得意だぞ」


 何度もそう言ったにも関わらず、ハルコはパスタ料理ばかり彼に任せる。


 これは、どういうことなのだろうか。


 まだ、自分と彼女の間には『謎』がある。


 10年以上の、歳月があってもこうなのだ。


 ソウマは、軽く2階の方に視線を上げた。


 そこでは、にわか夫婦が一悶着を起こしているに違いなかった。



 ざまぁみろ。

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