表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/198

01/23 Sun.-3

 イライライライラ。


 メイのことを思って、ここまで我慢してやっているのだ。


 カイトは、膝の上で指先を震えさせるのを、ぐっと我慢した。


 昨日、きっちり電話で『結婚した』と伝えたというのに、父親は今更、その話から蒸し返すようなことを言い出すのである。


 挙げ句、母親のしゃべりときたら、どれもこれもカイトにとってロクなことにはならないのだ。


 結婚した=おめでとう、そりゃよかったな―― それで終わりでいいではないか。


 ありきたりの祝福の言葉は嫌いなカイトでも、その一言で十分、目的を達成して帰ることが出来るのである。


 なのに、グダグダとメイを値踏みするのだ。


 普通の親ならば、普通の現象であったとしても、カイトには耐えられない。


 この短気のせいで、親とはそれなりのトラブルを起こしたし、大学に入学してから一緒に住んでいないのだ。


 とっくに自分は、親離れをしているつもりだった。


 なのに、親という生き物は、どうしても懲りない。


 カイトのことは、永遠に自分たちの息子だと思っているらしく、いつでも自分のことを気にしているようにさえ思えた。


 いつだったか、ゲーム機本体はないくせに、カイトの会社が作ったゲームの箱が本棚に立ててあるのを見て、唖然とさえしたのだ。


 それが、父親の本棚だったからなおさら。


 フラリと、家に帰った時のことだった。


 それ以来、帰っていない。


 そういうものを見せられると、『いい加減にしろ!』と、怒鳴ってしまいそうな自分がいたからだ。


 親が思っているほど、自分は親のことを思っていないという自覚があった。


 だからこそ、彼らがカイトに向ける、無償の愛とやらにも、何をやっても結局許されているような感触とやらにも、絶対に慣れることは出来ないし、それに甘えることも出来ないのだ。


 自分では認めたくないが、一種『かなわない』とさえ思える何かが、親という存在にはあった。


 だからあがくし、もっと上に登らないと気が済まなかった。


 オレがオレの力で――


 そこまで、思った時。


「とりあえず、名前を教えてもらえるかな? 息子は、私らの娘になる人の名前も教えなかったんでね」


 父親が、言った。


 ふっと。


 イライラが、死んだ。


 父親が、さらっと言った言葉の中に、強い意思と他の別のものが入り交じっていたからだ。


 カイトは、何も考えられないまま隣を見た。


 そこには、メイが座っていて。


 彼女も、一瞬時を止めているように見えた。


「メイと申します。本当にふつつか者ですけれども、どうかよろしくお願い致します」


 さっきまでガチガチに緊張していたのが嘘のように、言葉は固いけれども―― でも、それは自然なメイの表情だった。


 父親も、母親も。


 ふわっと笑った。


 カイトの心に、苛立ちが戻ってくる。


 クソッ。


 こういう雰囲気も苦手なら、父親が彼女の緊張を解いたのも腹立たしかった。


 でも、一番腹立たしかったのは。


 また、あがかずにはいられないような見知らぬ力が、この中年男から感じられたからである。


 面白くもない公務員で、趣味は釣りで。


 母親とは平凡な夫婦を続け、貯金もそれなりにある。


 明日の生活に憂いは何もない、こんな普通のオッサンに、どうしてこんなに苛立たなければならないのか。


 ただの他人であれば、道ばたで通り過ぎても、決して振り返ったりはしないような相手であるというのに。


 誰も、この中年男の人生を振り返って、こうなりたいと夢を見ないだろう。


 カイトは、若い割には華々しく生きている。


 何度となく人生のバクチを打ったり、自分の才能でここまでやってきた。


 彼のこれまでの人生を振り返った時、その成功に何人の人間がこうなりたいと夢見るだろうか。


 なのに。


 全然、勝った気がしなかった。


 それが、悔しいのだ。


 それが、息子という生き物だった。


「信じられないわ」


 母親が言った。


 その声で、彼は現実世界に完全に足をつけたのだ。


「信じられない…カイト、こんないい子を、どこからかどわかしてきたの?」


 本当に、信じられない声だった。


 この分では、昨日の眠れなかったという夜の間、どんな女を想像していたのか分かったものではない。


 その辺で遊んでいる女に、手をつけたとでも思ったのだろうか。


 頭に来ること、この上ナシだ。


「そ、そんな! かどわかされたなんて…そんなことありません!」


 カイトが反論するより先に、メイは弾かれたように一生懸命な唇で、それを主張した。


 被害者だと思われていた存在が、被害を否定したのである。


 これで、カイトの疑いは晴れるかのように思えたのだが、ますますもって、母親は信じられないという顔をしたのだ。


「ところで…」


 コホンと、父親が言いにくそうに咳払いをする。


 その後で、母親の方をチラリと見やるのだ。


 何か言いたそうだが、どうにも言いにくそうな内容だった。


 母親の方は、一瞬分からないような顔をしたが―― 次の瞬間、はっと思い出したようで。


 今度は、二人してメイをまじまじと見る。


 何かケチでもつける気か。


 カイトが、心の中でガルガル言っていると、多分最初から役目が決まっていたかのように、母親が口火を切った。


「それで、その……予定日はいつなの?」


 明らかに、メイに問いかけていた。


「は?」


 カイトの隣で、よく分からないという声があがる。


 彼も心の中で、まったく同じ言葉を思い浮かべていた。


 ほとんど同時に。


「あっ、あ、あの……来月の14日に…その……」


 メイが、やっと合点が言ったのか、結婚式の日取りを口にした。


 思い出すように、確認するように、カイトの方に視線をかすかに動かしながら。


 バレンタイン・デーということで、忘れる日でも間違える日でもなかった。


 一体、どこのロマンチストが、そんな日に結婚式を挙げるのか。


 任せた相手が悪かったが、今更言ってもしょうがないことである。


「えっ! 来月じゃない? まあ、どうしましょう……でも…目立たないわねぇ」


 ちゃんと食べてるの?


 母親が、大慌てし始める。


 父親も、いきなり落ち着かなくなる。


 そして、二人の視線は不思議そうにメイに。


 いや。


 カイトは分かった。


 分かったら、こめかみにピキピキと血管が浮き上がるのが分かった。


 両親は、メイの―― おなかをじっと眺めていたのだ。



「ふざけんな!!!!!!!」



 こんな下衆の勘ぐりをされているとは、予想もしていなかった。


「だってしょうがないじゃない…あんなにいきなり、事前に紹介もなく結婚したなんて言われたら、誰だって絶対そうだって思うわよ」


 両親ともども、ごまかすように笑いを浮かべていたが、すっかりカイトは怒ってしまっていた。


 すべての言い訳は、母親が一手に引き受けていたが、どれも彼を説得出来ない。


 彼らは、息子がメイを孕ませたので、結婚したと思っていたのだ。


「けど…」


 ふっと。


 母親は、ついに息子をなだめるのはやめたようで。


 代わりに、不思議でしょうがないという声を出した。


「けど…子供が出来たんじゃなければ、どうしてそんなに急いで籍を入れたの? 何か事情があったわけ?」



 ガスッッッ!!!!!!



 痛恨の一撃だった。


 カイトは絶句した。


 ただでさえ言葉が苦手だったが、こればっかりは言葉が得意であったとしても、絶対に答えられなかっただろう。



 とにかくいますぐ彼女を、自分の側から絶対に離したくなかったからなんて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ