01/23 Sun.-3
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イライライライラ。
メイのことを思って、ここまで我慢してやっているのだ。
カイトは、膝の上で指先を震えさせるのを、ぐっと我慢した。
昨日、きっちり電話で『結婚した』と伝えたというのに、父親は今更、その話から蒸し返すようなことを言い出すのである。
挙げ句、母親のしゃべりときたら、どれもこれもカイトにとってロクなことにはならないのだ。
結婚した=おめでとう、そりゃよかったな―― それで終わりでいいではないか。
ありきたりの祝福の言葉は嫌いなカイトでも、その一言で十分、目的を達成して帰ることが出来るのである。
なのに、グダグダとメイを値踏みするのだ。
普通の親ならば、普通の現象であったとしても、カイトには耐えられない。
この短気のせいで、親とはそれなりのトラブルを起こしたし、大学に入学してから一緒に住んでいないのだ。
とっくに自分は、親離れをしているつもりだった。
なのに、親という生き物は、どうしても懲りない。
カイトのことは、永遠に自分たちの息子だと思っているらしく、いつでも自分のことを気にしているようにさえ思えた。
いつだったか、ゲーム機本体はないくせに、カイトの会社が作ったゲームの箱が本棚に立ててあるのを見て、唖然とさえしたのだ。
それが、父親の本棚だったからなおさら。
フラリと、家に帰った時のことだった。
それ以来、帰っていない。
そういうものを見せられると、『いい加減にしろ!』と、怒鳴ってしまいそうな自分がいたからだ。
親が思っているほど、自分は親のことを思っていないという自覚があった。
だからこそ、彼らがカイトに向ける、無償の愛とやらにも、何をやっても結局許されているような感触とやらにも、絶対に慣れることは出来ないし、それに甘えることも出来ないのだ。
自分では認めたくないが、一種『かなわない』とさえ思える何かが、親という存在にはあった。
だからあがくし、もっと上に登らないと気が済まなかった。
オレがオレの力で――
そこまで、思った時。
「とりあえず、名前を教えてもらえるかな? 息子は、私らの娘になる人の名前も教えなかったんでね」
父親が、言った。
ふっと。
イライラが、死んだ。
父親が、さらっと言った言葉の中に、強い意思と他の別のものが入り交じっていたからだ。
カイトは、何も考えられないまま隣を見た。
そこには、メイが座っていて。
彼女も、一瞬時を止めているように見えた。
「メイと申します。本当にふつつか者ですけれども、どうかよろしくお願い致します」
さっきまでガチガチに緊張していたのが嘘のように、言葉は固いけれども―― でも、それは自然なメイの表情だった。
父親も、母親も。
ふわっと笑った。
カイトの心に、苛立ちが戻ってくる。
クソッ。
こういう雰囲気も苦手なら、父親が彼女の緊張を解いたのも腹立たしかった。
でも、一番腹立たしかったのは。
また、あがかずにはいられないような見知らぬ力が、この中年男から感じられたからである。
面白くもない公務員で、趣味は釣りで。
母親とは平凡な夫婦を続け、貯金もそれなりにある。
明日の生活に憂いは何もない、こんな普通のオッサンに、どうしてこんなに苛立たなければならないのか。
ただの他人であれば、道ばたで通り過ぎても、決して振り返ったりはしないような相手であるというのに。
誰も、この中年男の人生を振り返って、こうなりたいと夢を見ないだろう。
カイトは、若い割には華々しく生きている。
何度となく人生のバクチを打ったり、自分の才能でここまでやってきた。
彼のこれまでの人生を振り返った時、その成功に何人の人間がこうなりたいと夢見るだろうか。
なのに。
全然、勝った気がしなかった。
それが、悔しいのだ。
それが、息子という生き物だった。
「信じられないわ」
母親が言った。
その声で、彼は現実世界に完全に足をつけたのだ。
「信じられない…カイト、こんないい子を、どこからかどわかしてきたの?」
本当に、信じられない声だった。
この分では、昨日の眠れなかったという夜の間、どんな女を想像していたのか分かったものではない。
その辺で遊んでいる女に、手をつけたとでも思ったのだろうか。
頭に来ること、この上ナシだ。
「そ、そんな! かどわかされたなんて…そんなことありません!」
カイトが反論するより先に、メイは弾かれたように一生懸命な唇で、それを主張した。
被害者だと思われていた存在が、被害を否定したのである。
これで、カイトの疑いは晴れるかのように思えたのだが、ますますもって、母親は信じられないという顔をしたのだ。
「ところで…」
コホンと、父親が言いにくそうに咳払いをする。
その後で、母親の方をチラリと見やるのだ。
何か言いたそうだが、どうにも言いにくそうな内容だった。
母親の方は、一瞬分からないような顔をしたが―― 次の瞬間、はっと思い出したようで。
今度は、二人してメイをまじまじと見る。
何かケチでもつける気か。
カイトが、心の中でガルガル言っていると、多分最初から役目が決まっていたかのように、母親が口火を切った。
「それで、その……予定日はいつなの?」
明らかに、メイに問いかけていた。
「は?」
カイトの隣で、よく分からないという声があがる。
彼も心の中で、まったく同じ言葉を思い浮かべていた。
ほとんど同時に。
「あっ、あ、あの……来月の14日に…その……」
メイが、やっと合点が言ったのか、結婚式の日取りを口にした。
思い出すように、確認するように、カイトの方に視線をかすかに動かしながら。
バレンタイン・デーということで、忘れる日でも間違える日でもなかった。
一体、どこのロマンチストが、そんな日に結婚式を挙げるのか。
任せた相手が悪かったが、今更言ってもしょうがないことである。
「えっ! 来月じゃない? まあ、どうしましょう……でも…目立たないわねぇ」
ちゃんと食べてるの?
母親が、大慌てし始める。
父親も、いきなり落ち着かなくなる。
そして、二人の視線は不思議そうにメイに。
いや。
カイトは分かった。
分かったら、こめかみにピキピキと血管が浮き上がるのが分かった。
両親は、メイの―― おなかをじっと眺めていたのだ。
「ふざけんな!!!!!!!」
こんな下衆の勘ぐりをされているとは、予想もしていなかった。
「だってしょうがないじゃない…あんなにいきなり、事前に紹介もなく結婚したなんて言われたら、誰だって絶対そうだって思うわよ」
両親ともども、ごまかすように笑いを浮かべていたが、すっかりカイトは怒ってしまっていた。
すべての言い訳は、母親が一手に引き受けていたが、どれも彼を説得出来ない。
彼らは、息子がメイを孕ませたので、結婚したと思っていたのだ。
「けど…」
ふっと。
母親は、ついに息子をなだめるのはやめたようで。
代わりに、不思議でしょうがないという声を出した。
「けど…子供が出来たんじゃなければ、どうしてそんなに急いで籍を入れたの? 何か事情があったわけ?」
ガスッッッ!!!!!!
痛恨の一撃だった。
カイトは絶句した。
ただでさえ言葉が苦手だったが、こればっかりは言葉が得意であったとしても、絶対に答えられなかっただろう。
とにかくいますぐ彼女を、自分の側から絶対に離したくなかったからなんて。




