01/15 Sat.-3
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うわぁ。
軽トラックの助手席は、懐かしい世界を彼女に見せてくれた。
父親は、乗用車も持っていたけれども、仕事の関係でトラックも持っていたのだ。
軽ではなかったが、やはり乗った時の目の高さの違いが、昔を一気に甦らせた。
座り心地の悪い座席も、バックミラーから見える景色も、どれもこれも懐かしい。
あまり嬉しそうではないカイトが、運転席にいる。
何故か、彼はこの車に乗せたくないようだった。
アパートの鍵だけ借りて、一人で行こうとしたのだ。
そんなこと、メイがOKを出せるはずがない。
カイトに見られたくないものも置きっぱなしにしているし、最後なので掃除もしてこなければならないし。
不動産屋にも、ちゃんと話しに行かなければならない。
彼女でなければいけない、ということがたくさんあったのだ。
それで、ようやく一緒に出かけることになった。
そう。
一緒に―― 出かけたい、というのもあったのだ。
カイトと一緒に過ごした記憶は、本当に短いものだった。
そのどれもこれもが濃度の高い、信じられない出来事ばかりだったので、物凄くたくさんあるように思えるが、日数で考えれば、まだほんの一月半ほどだ。
一緒に写真を撮ったこともなかった。
だから、二人が一緒にいるという証拠は、役所に行って書類で確認するか、こうやって本物がそこにいる時にしか分からないのだ。
一緒にお出かけ。
その事実は、たとえ引っ越しという名目があっても、こっそり彼女を嬉しがらせていたのだ。
しかし、残念なことに、アパートまではそんなに遠くはない。
あっという間に、ドライブは終わってしまった。
「す、すぐ荷物を積めるように片づけるから」
メイはカギを開けて中に入ると、バタバタと荷物をまとめ始める。
家から、段ボールや袋を持ってきていた。
段ボールは最初どこにあるか分からなかったけれども、カイトがパソコン関係の名前がついている箱をたくさん出してくれた。
そんなにたくさんの荷物はないというのに。
だから、3つくらいだけもらってきた。
ペシャンコにつぶれたままの段ボールを、カイトが部屋に置いた。
車の荷台から彼女が持っていこうとしていたのに、ぱっと横から手を出して無言で抱えてくれたのだ。
すごく、優しい。
それだけでさえ、メイはぽぉっとなってしまった。
そういう態度を見せてくれるたびに、もっと彼を好きになってしまう。
畳の上で箱を手早く組み立てる指。
何で、そんなにいろんなことが素早く出来るんだろう。
魔法のようだった。
一つそれをもらって、服や小物を詰めていく。
これと、これと。
家から持ってきたもの。
ここに来てから買ったもの。
どれもこれも、きちんと顔を覚えていた。
たくさんでないだけに、どれにもすごく愛着があったのだ。
ガチャ、ガチャッ。
そんな彼女の後ろの方で、金属の音がいきなり聞こえ始めた。
何の音かと思って振り返ったら、カイトが工具箱を開けている。
そうして、銀の長いドライバーを出した。
「……?」
何をするのかと見ていたら、彼はいきなりベッドをバラし始めたのだ。
彼女がここにいる間に使っていた、あのパイプベッドを、だ。
確かに。
この状態のまま、あのトラックに積めないことはないだろうが、アパートの入り口から出すとか、階段を下りるとかの面倒を考えれば、バラした方が都合がいい。
彼女は何もお願いしていなかったのに、カイトはちゃんとこのベッドのことを覚えていてくれたのだ。
工具箱を持ってきてくれてたなんて。
その横顔を、じっと見つめてしまった。
カイトが、あのベッドを分解している。
彼と、初めて――
「ん?」
視線に気づいたのか、ふっと顔が上がる。
そして、メイの方を向いた。
「あっ! さ、寒くない? ストーブつけるね」
見とれていたことに気づかれるのが恥ずかしくて、彼女は慌てて取り繕うために動いた。
ちっちゃなストーブには、灯油を入れっぱなしだった。
だから、まだつくはずだ。
予想通り、ストーブをつけることに成功して、メイはぱっと振り返った。
カイトはドライバーを持ったまま、まだ彼女の方を見ていて、胸をドキドキさせる。
「あ、あの…そのベッド、どうしよう…」
バラして運ぶのはいい。
でも、最終的にベッドはどうしたらいいのか分からなかった。
あの家に、パイプベッドは必要ないのだ。
部屋には一緒に眠れる大きなベッドがある。
客間にもそれぞれちゃんとベッドがあるのだから、本当にそれは不要なのだ。
帰りに、リサイクルセンターに置いてきた方がいいのだろうか。
でもでも。
2人が初めてそういうことになったベッドを、他の誰かが買って眠る―― とか考えると、やっぱり何となくイヤだった。
「空き部屋にでも入れておく」
カイトの視線が、ベッドに向く。
最初からそう考えていたような、よどみない口調だ。
そっか。
メイは思った。
そのベッドに、カイトは大きな関心がないようだ。
他の荷物と、同じような扱いのようである。
でも、いいのだ。
メイは、再び段ボールの中に、持ち帰るものを詰め始めた。
捨てる、と言われなかっただけよかったのだ。
少なくとも、あのベッドは人手に渡ることなく、家のどこかに存在し続けるのだから。
※
ガチャガチャと、ベッドがバラバラになっていく音がする。
気がつくと、彼の方をちらちら見ている自分がいた。
多分、きっと音のせいだった。
金属質の音は、骨を震わせるので、ついそっちを見てしまうのだろう。
そして、ついに彼の長い指が、瞬く間にベッドを、ただの金属のカタマリにしてしまった。
無言のまま、カイトはその金属を運び出す。
きっと車に積みに行くつもりなのだ。
その背中を、またぽけっと眺めてしまった。
いけない、いけない。
カイトが、あんなに働いてくれているのに、自分一人トロトロしているワケにはいかなかった。
早く片づけて、彼を休ませてあげないといけないのだ。
パタパタとあちこちを駆けずり回っていたメイは、その時は、まだ気づかなかった。
カイトが、車から戻ってきたのまでは分かっていた。しかし、彼は台所の流しのところに立っていたのだ。
そして、水を出している。
どこかで手でも汚してしまったのだろうか。
水音で気づいたメイは、いま詰めかけた綺麗なタオルをひっぱり出して、彼に持っていこうとした。
その次の瞬間。
カイトの濡れた手が、ひょいと何かを掴んだのだ。
流しのすぐ横の、食器を入れておいたプラスティックのケースの中から。
何気ない動き。
喉でも乾いたのかな、とメイが思うくらいの、自然な動きだった。
が。
そのカイトの動きが、いきなりビクッと驚いて固まる。
え?
メイも、つられて固まった。
固まったが、視線は彼の手元から離さなかった。
その手には。
手には。
きゃー!!!!!!
み、見られちゃったー!!!!!
うっかり。
メイは、本当にうっかり、その存在のことを忘れてしまっていたのだった。




