01/22 Sat.-5
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い、言っちゃった。
メイは、恥ずかしさに死にそうだった。
言わなければいけないと、ずっと考えていたのだけれども、もうちょっと穏やかな表現方法はなかったのか。
しかし、女に起きる現象を分かりやすく伝える言葉など、ほとんどないことに気づいたのだ。
『アレなの』なんて言葉はイヤだし。
『ダメな日なの…』じゃ、伝わらなさそうだし。
結局、あんな直接的な言葉になってしまったのだ。
頑張ろうと気負ったあまり、大きな声になってしまったのも恥ずかしさに拍車をかける。
お風呂にも入ってないのに、熱々な身体になってしまったメイは、おそるおそる彼を盗み見た。
一体、カイトがどんな反応をしているのか、気にならないはずがなかった。
すると。
彼は、目を大きく見開いたまま―― 石像になっていた。
ああっ!
その姿に、ますますいたたまれなくなってしまった。
普通の男の人でも、きっとよく分からない現象だろうそれを、更にそういうのに疎そうなカイトに言ったのだ。
驚かれて当然だった。
言わなきゃよかった。
彼女はそう思ったが、その気持ちが一時的な感情であることも知っていた。
いつかは言わなければならないことだと、分かっていたハズだ。
5日間ほどの日数を、同じベッドで過ごす間柄で、隠し通せるはずがなかった。
黙っていると不自然な態度になって表れてしまい、カイトに誤解されそうだ。
そんなのは、イヤだった。
それくらいなら、恥ずかしい思いをしてもちゃんと言おうと。
彼がお風呂に入っている間に、そう決意したのだった。
しかし、いたたまれない。
どんな言葉をかけられても、メイは恥ずかしかった。
いたわって欲しくて、言っているワケじゃない。
女としては当たり前の現象だし、毎月起きることなのだ。
最初にちゃんと伝えておけば、きっと来月からは、もっとソフトな表現で伝えられるに違いなかった。
最初の一ヶ月である今回だけ、恥ずかしい思いをすれば何とかなるのだ。
メイは、そんな風に自分に言い聞かせ、恥ずかしさを紛らわそうとした。
夫婦なのだから。
これも、共有しなければいけない情報の一つなのだか―― いやー!!
分かってはいるのだが、やっぱり恥ずかしい。
言い聞かせていた言葉は、全て無駄になってしまう。
「じゃ、じゃあ…お風呂もらってくるね…」
ついに耐えきれなくなって、メイは石像の前から逃げ出したのだった。
※
湯船の中で、極力彼女は何も考えないようにした。
そうでないと、端から不安が押し寄せてくるのだ。
今頃、カイトはどう思っているだろう、とか。
お湯は温かくて、オトメ・デー特有の張りつめた身体をほぐそうとしてくれているのに、これから出ていくことを考えると、別の緊張がメイを取り巻いた。
ただ一つ分かっているのは。
今夜は間違いなく、清らかな夜ということである。
メイもそれを望んだし、変なタイミングでカイトにストップをかけずに済んだはずだ。
最悪の気まずい雰囲気は、避けられたはずだった。
しかし、やっぱり気が重い。
ベッドで、ぎゅっと抱きしめてくれないような気がしたのだ。
こんな状態なのだから仕方ないと自分でも分かっているのに、わがままな自分が現れて、彼女を困らせようとするのである。
我慢させようとしても、すっかりカイトの腕の中にいるのが当たり前のようになってきた生活のせいで、今更何も接触ナシで眠るということを、受け入れたがらないのである。
あと、何日かじゃない。
そう言い聞かせはしたけれども、成功はしなかった。
そんな風だったので。
お風呂から上がり、パジャマに着替えて部屋に戻った時には、すっかり気落ちしてしまっていた。
身体が、彼女をこんなにも、ブルーにさせてしまっているのだろうか。
部屋は。
一瞬、カイトがどこにいるのか分からなかった。
最初はソファを見たけれども、そっちに姿はない。
次はコンピュータの方―― いない。
その後でベッドを見た時、そこに彼がいるのが布団の輪郭で分かった。
もう寝てしまったのだ。
しゅーん。
メイは、更に気落ちする。
昨日は彼女が先に寝てしまったのだから、お互い様と言えばそうなのだが。
さっきの話からの延長で考えると、はぁとため息が出てしまう。
かと言って、一人で起きているのもつまらないし、うるさいと疲れているカイトを起こしてしまうかもしれない。
おとなしく、彼の横にもぐりこもうとベッドに近づいた時。
ばさっと。
え?
メイは、そこで立ち止まった。
布団が、いきなりめくられたのだ。
彼女が近づいてきた方の部分が。
カイトを見ると。
彼はあおむけに横たわっていたけれども、その目は開いて天井を見ていた。
眠っていなかったのである。
無言だったけれども、『早く入れ』と言っているような態度。
パッとメイは表情を明るくした。
何て現金なんだろう。
こんな、ちょっとした優しさが、すごく嬉しくてしょうがなかった。
さっきのことを、もう何も気にしていないのだと、教えてくれてるような気がする。
彼の匂いのするベッドにもぐりこむ。
布団をきちんとかけるのを待っていたかのように、カイトは電気を消した。
何て安心する匂い。
メイは目を閉じて、その巣の匂いを感じた。
そうなのだ、ここは巣なのだ。
ほかのどこでも得られない、カイトの体温が残る場所。
今日は。
ちょっと離れてしまっているけれども。
それは寂しいが、ゼイタク過ぎだ。
この匂いが、側にあるだけでいいではないか。
ほんのしばらくの辛抱なのだから。
お風呂場で考えた時よりも、もうちょっと前向きで安らかに、そう言い聞かせることが出来た。
やっぱり、側にいる時と離れている時だと、側にいる時の方が、気持ちの針は段違いに幸せの方に近づくのだ。
「あっ……!」
なのに。
横から近づいた力が、メイをぐっと引き寄せる。
吐息が、かかった。
それくらい、彼が側にいるのが分かる。
え? え? え???
完全にないと思っていた事態だけに、彼女は硬直した。
そしてパニックになった。
まさか、あの言葉はちゃんと伝わらなかったのだろうか、と。
そんなハズはない。
彼は、メイがイヤがることは、何もしない人だというのに。
自分の反論通り、それ以上は何もなかった。
そうなのだ。
カイトは、ただぎゅっと抱きしめてくれているだけなのである。
嬉しい。
身体じゃなくて、心をいま抱きしめてくれているような気がした。
真っ直ぐで力強い、彼の気持ちを感じる。
あんな言葉くらいでは、何も揺らがないのだと、この腕が教えてくれるのだ。
すごく幸せで、どうしたらいいのか分からなくなりそうだった。
その気持ちをいっぱいに押し込めて、彼女もぎゅっと抱きしめる。
すると、カイトがビクッとしたのが分かった。
「大好き…」
その腕に、小さく言うと。
また、彼がビクッとする。
どうかしたのかと顔をあげようとしたら、もっとぎゅっと強く抱きしめられてしまった。
「寝ろ…!」
言い捨てるような言葉だ。
照れているのだろうか、とメイは解釈した。
ちょっと笑いそうになるのをぐっとこらえて、彼の身体に頭をすり寄せた。
でも、もうちょっと力を緩めてくれないと眠れない―― それは、彼女は言わなかったけれども。




