01/22 Sat.-4
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先にって。
すっかり、恥ずかしくなって逃げたらしいメイに、カイトもつられて赤くなった。
彼女がいなくなって、この瞬間だけは助かったかもしれない。
無意識に顔の下半分を、大きな手で押さえる。
フロに入るぞ―― これが、最大限の彼のアピールだった。
そのほか、鳥肌の立つ表現なら山積みなのだが、許される範囲の語彙の中では、それがギリギリのものだったのである。
彼女と一緒に。
それが実現できたのは、ほんの二度ばかりだ。
まだ、ロクな会話さえ風呂場では交わしたことはなかったし、彼女の身体を直視出来たこともない。
ここ数日ずっと忙しくて、やっと同じ夜の時間を共有できた今日。
昼間、ソウマやハルコに襲撃されたのも、もっと彼女の存在を味わいたいと思わせる原因だった。
おまけに、明日は厄介なことに、自分の親のところに連れていかなければならないのだ。
そういうことを考えると、この2人きりの時間というものは、かなり重要なものだった。
取り残されたカイトは、妙に肩に力を入れたまま、風呂場の方に向かう。
彼女が、わざわざ後かたづけに行ったのは気に入らないけれども、『先に入って』と言ったのである。
話の流れから考えると―― きっと、後から入ってくるのだろう。
前とは逆のパターンだ。
以前のは、カイトが後から殴り込むという形だったが、今度は。
カイトは、思考を止めた。
かなり、先行したところまで勝手に想像しようとしたのである。
それを振り切って、カイトははやる気持ちを押さえながら、一人で風呂に突入したのだった。
風呂の中での作法というものは、カイトには何もない。
面倒くさければシャワーだけだし、湯船につかるとしても順序も何もなかった。
その時の気分である。
しかし、今日のカイトはまず身体だの頭だのを洗った。
メイが入ってきた時に、自分が洗い場にいたら、間抜けなカンジがしたからだ。
身体を見られたくないとか、女みたいなことは言わないが、彼女も目のやり場に困るだろうし。
急いで洗ってしまう。
後かたづけと言っても、たかがカップ二つだ。
すぐに終わって、戻ってくる可能性が高かった。
「ふー…」
そして、すばらしい速度で作業を終えると―― カイトは湯船につかったのである。
これで、いつメイが入ってきてもOKだった。
※
グツグツ。
カイトは、茹でられていた。
ダシを取るのが目的なら、そろそろそれは達成されたハズである。
どうかしたのか?
しかし、メイが入ってくる様子が、一向になかったのだ。
意識の全部は、脱衣所の方に向けているというのに、ちっともドアが開く気配もない。
このままでは、カイトはふやけてグニャグニャになってしまいそうだった。
しょうがなく一度湯船から出ると、バスタブに腰掛ける。
少しして、身体が冷えてくるとまた湯船に。
熱くなって出る。
また入る。
また出る。
もう一回入る。
おせぇ!!
彼女は、マグカップを2つ洗っているだけではなかったのか。
もしかして、カイトの目がないのをいいことに、ほかの仕事もいろいろしているのでは。
などなど、頭の中には様々な疑惑がよぎる。
もしかして。
何かあったか?
こうやって、彼一人のうのうと風呂に入っている間に、彼女の身に何か起きたのでは。
そう思った瞬間、カイトは風呂場もそのままで脱衣所に飛び出した。
ほとんど身体を拭くこともせずに、パジャマを着込む。
ボタンは一つも止めないまま、部屋へ続くドアを開けた。
バターン!
力加減をしなかったので、ドアは勢いよく反対側にすっとんですごい音を立てた。
メイ!?
勢よく首を動かして、彼女の存在を探そうとする。
が。
しかし。
探すまでもなかった。
彼女は、ソファの方にいて―― カイトを見るや、まるで悪いことをして叱られた子供みたいな顔で立ち上がったのだから。
ほっ。
カイトが最初にしたのは、安堵したことだった。
少なくとも、彼の頭によぎった怖い考えとは、無縁の状態だったからだ。
そして、その顔を見れば分かった。
後から入ってこなかったことを、ちゃんとメイは、自分でも分かっていたのである。
別に、怒っちゃいねぇ!!
慌ててカイトはそれを否定した。
心の中で、だったが。
何事かは気になるけれども、風呂のことくらいで目くじらを立てるつもりなどはないのだ。
だから、そんな顔はしなくていいのである。
ただ、やっぱりどうしても、理由は知りたかった。
『恥ずかしくて勇気がでなかったの』という言葉が聞ければ、多分納得してしまうだろう。
そんなことくらい、と思いはするが、メイらしいではないか。
しかし、ほかの別の理由だったら。
オレの身体に、何か問題があんのか??
一番最初に、それが気になる。
男としては、重要なポイントだった。
「あ、あのっ…ごめんなさい」
カイトが、無言で悩み続けていたために、彼女の方がその沈黙に耐えきれなくなったように口火を切る。
クソッ!
「謝んな! 怒っちゃいねぇ」
そうなのだ。
心ではなくちゃんと言葉で言えていたら、メイがわざわざ謝る必要などなかったのに。
役立たずな自分の口を呪いながら、カイトはまっすぐに彼女を見た。
「ど、どうしようか一生懸命考えてたの…さっきまでずっと。でも、こういうことはちゃんと言わないといけないような気がして…あの…あっと…」
わたわたと。
彼女の方もスムースに口が動かないようで、とぎれとぎれに言葉をつなぐ。
しかしその言葉に、カイトの耳と目は釘付けになった。
まるで、これから何か重大なお知らせがあります、と言う風ではないか。
一緒に風呂に入れない理由が、そんな重大なお知らせだとは思わなかった。
何だ?
一気に、不安でいっぱいになる。
風呂を同じにするということは、好きとかそういう気持ちに関わることだ。
それが出来ないということは、やっぱり好きとかそういう気持ちに関わることなのだろうか。
一緒に風呂に入る=好き
一緒に風呂に入らない=***
んなワケねぇ!!!
***のところを、カイトは一文字も考えなかった。
なのに、何のことを指しているかは本能で分かっていたので、その気配すらも振り払う。
そうして、もう一度しっかりと彼女を見た。
聞いてやる、と真正面からこれから出てくる言葉を、受け止めようとしたのである。
メイの口から、どんなショッキングな事実が出てきたとしても、それがカイトを苦しめることとなったとしても、全部彼女のことなのだ。
しっかりと受け止める甲斐性を、自分に持たせようとした。
そんな言葉に、イチイチ右往左往するのではなく、どんと構えて『それがどうした?』と言える懐の広い男になりたいのだ。
そうすれば、もっとメイも、自分の腕の中で安らいでくれるような気がした。
何でもこい!
肩に気合いを入れまくり、カイトは言葉を待った。
メイは。
赤い顔で、何度か言葉に失敗した後。
言った。
「あのね、あの…今……せ…生理なの!!」
勇気のバルブを一気に開けてしまったかのように、メイは大きな声を出した。
「……!?」
何でもこいと身構えていたカイトは、予想外のコンニャク・パンチに―― 当たり所が悪かったらしく、一発KOだった。




