01/22 Sat.-3
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結婚式って……大変。
メイは、ソファでぐったりとしながらそう思った。
夕食が終わったばかりの、静かなお茶の時間である。
後は、お風呂に入って眠る、というカリキュラムを残すだけとなっていた。
夕方には、ソウマとハルコは帰ったのだが、その間中、それはもう数え切れないほどの決定事項が、目の前に山積みにされたのである。
残り3週間という日程のせいで、何もかもがギチギチに詰め込まれたのだ。
様々な予定が、組み込まれる。
平日も週末も関係ないくらいだ。
カイトは納期前で忙しいので、最低限の必要な部分にだけ顔を出すという形になったが、こんなにも細かいことが山積みになるとは思わなかった。
招待客の調整と招待状の発送、引き出物、衣装合わせやリハーサル日程。
幸い、経験者であるハルコやソウマの助言のおかげで、かなり段取りは決まっていたので、まだ楽だった。
みんなこんな大変な思いをして、結婚式を挙げているのだ。
すごいなぁ、とため息をつく。
「どうかしたか?」
向かいから、カイトは視線を投げてきたので、慌てて両手をパタパタと振った。
「ううん、結婚式って大変なんだなぁって…初めてだから、慣れなくて」
自分が、随分おかしなことを言ってしまったのに気づく。
わざわざ『初めてだから』などと、くっつけなくてもよかったのに。
それに、結婚式の段取りに慣れているのは、そういう仕事にしている人くらいだ。
もし、メイが慣れていたら、カイトはきっと不審に思うだろう。
「きついか?」
心配そうな視線に、今度は頭を左右に振る。
どうして、自分はこう心配させるようなことしか言えないのか。
カイトと暮らしていると、楽しいことや幸せなことがいっぱいあるのに、それを全部彼に伝えきれていないような気がした。
それに、カイトがせっかく苦手なことをすると言ってくれたのに、彼女の気分次第で『もう、やめたい』なんてとんでもないことだ。
きっとこんな大変さも、彼と一緒ならいい思い出になるし。
「カイトと一緒に幸せになるのを…私の大事な人たちが見てくれるのは…嬉しいから。ああ…久しぶりに、みんなに会えるんだ」
今日、招待客の名前と住所を書き出したのだ。
招待状を書くためだ。
先日ちょっと近況を書いて、本当に仲のよかった友人とか近所の人には、別途はがきを出した。
きっと、もう届いているだろう。
あのはがきの後に、招待状が届くのだ。
どんな風に、みんな思うだろうか。
「カイトのお父さんやお母さんにも、お会いできるし…」
式場で、初めて会うというのも変な話だろうが。
メイは、想像するとちょっと困った。
気に入ってもらえなかったら、どうしようという気持ちもあるけれども、ちゃんと挨拶もせずに入籍してしまったということが、ちょっと後ろめたかった。
そんなことをしようものなら、きっと彼女の父だったら怒るだろうから。
ガタッ!
いきなり、カイトはマグカップを落としそうになった。
幸い、そんなに持ち上げてなかったので、テーブルにカップの底をぶつけた程度で済んだけれども。
「どうしたの…?」
ただ、落としそうになっただけではない。
カイトが、ハッとした顔をしていたのだ。
しかし、メイの質問には答えず、彼は立ち上がるとコンピュータの方へと向かい―― しかし、手に取ったのはケイタイだった。
ピポパポパポパ。
すごい勢いで、番号を押し始める。
「オレだ…」
相手が出たのだろう。
メイは、瞬きをしながらその様子を見ていた。
「オレだっつってんだろ! ……カイトだ」
あ。
そこまで聞いた時、相手が何となく分かった。
きっと。
カイトの親への電話なのだ。
だって、ちょっと声が違う。
それに気づいて、メイの頬が緩んだ。
子供の頃からの、弱みやみっともないことを知っている相手への、かなり苦手そうな声。
きちんとコミュニケーションを取る言葉を、たくさんは持っていないに違いない。
こっちをチラッと見た目が、『聞くな』と言ってるような気がした。
慌てて目をそらす。
「もう、いいから…親父とかわれ! …ったく」
頭をかきむしりそうな勢いで、カイトがため息をつく。
もう一度、ちらっとこっちを見て―― ついにメイに聞かれるのがイヤになったのか、大股で彼は部屋の外に出ていってしまった。
あ。
そんなに。
恥ずかしがらなくてもいいのに。
残念に思いながら、でもちょっとカイトの可愛いところを垣間見れたような気がして、彼女は嬉しくなってしまった。
が、その直後、ハッとする。
一体何を言うために、カイトは親に電話をしているのだろうか、と。
さっきメイが、両親のことをほのめかしたので、何か思いだしたのだろう。
ソワソワ。
気になる。
けれども、立ち聞きなんていけないし。
彼女は、ドアの外の方へ意識を飛ばしながらも、ソファに座っていなければならなかった。
が、すぐにカイトは帰ってくる。
既に、ケイタイの通話は切れているようで、右手に無造作に握られたままだ。
そのままソファに戻ってくると、マグカップの近くに手の中の小さな電話を、やっぱり無造作に置く。
ドキドキ。
一体、何の電話?
口に出しては聞けないが、無意識に目で訴えていたのだろう。
視線が合うとカイトは眉を顰め、それから顎をそらした。
「明日…出かけるぞ」
言ったのは、そんな言葉。
出かけるって。
ドコに?―― それは、野暮な質問だった。
いま、両親に電話をしたことを併せて考えると、きっとメイを紹介してくれるつもりなのだ。
ちゃんと、考えてくれてるんだ。
そう思うと、胸がじんわりと温かくなった。
「気に入って…もらえるかな」
その温かさを抱えたまま、恥ずかしさもかぶさって、メイはうつむいてしまった。
どんな風に挨拶をしたらいいんだろう、と。
やっぱり、『ふつつかものですが…』を、やらなくちゃいけないだろうか。
「関係ねぇ」
カイトの強い声で、そんな返事がくる。
顔を上げると、ちょっと不機嫌そうな彼の表情。
「アイツらが、何と言おうが関係ねぇ…」
もう一度言われて、彼女は困ってしまった。
カイトはそれでいいかもしれないが、メイとしては、出来れば好かれたいと思うのが本音だ。
それに、彼らとつき合うことで、カイトのことをもっと知ることが出来るかもしれないのに。
「ご両親って、どんな人?」
今夜のカイトは、ちょっとよくしゃべってくれそうな気がして、彼女は聞いてみた。
何だか、この短い間にたくさんの彼の言葉を、聞けたような気がする。
そんなささやかなことでも嬉しい。
しかし、彼女は調子に乗り過ぎたようだ。
彼はなおさら、不機嫌な顔になってしまった。
「フロ、入るぞ」
そして、いきなりソファを立ち上がったのだ。
要するに、この話はもう終わり、と言いたいのだ。
残念、と思ってメイは立ち上がりかけた―― が、慌ててソファに座り直した。
カイトは、いま『フロに、入るぞ』と言ったのである。
自分一人が入るという宣言ではなく、きっといまの言葉には、もっと違う意味が含まれていたのだろう。
だから、自分も無意識に腰を浮かしかけたのだ。
そして、思い出したのである。
一緒になんて入れない!!!!!!
とんでもない話しだった。
ただでさえ、彼と一緒にお風呂に入るなんて、慣れていないどころの話ではないのに。
まだ、死ぬほど恥ずかしいのだ。
ここ毎日、カイトとは夜の時間が噛み合わなくて、そんな恥ずかしい思いはしなくて済んでいたが、今日はお休みで。
カイトは、この時間にすぐ側にいる。
メイは、汗をいっぱいかきながら、彼に言うべき言葉を考え始めた。
「あ、あの! さ、先に入ってて! 私、片づけしてくる!」
ガチャガチャ!!!!!
慌てふためいて、トレイの上にマグカップを乗せると、彼女は部屋を逃げ出してしまったのだ。
追いかけてこないでー!!!
今日ばかりは、それを切に願った。




