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01/21 Fri.-4

 ハルコさんったら。


 夜。


 まだ帰ってこないカイトを待ちながら、彼女はセーターの続きを編んでいた。


 部屋は、一人では勿体ないくらいに暖かく、ソファはやわらかだ。


 そして、メイは今日の昼間を思い出しながら、ちょっと顔を赤らめてしまっていた。


 まさか、ハルコがカイトの口まねをするとは、思ってもみなかったのだ。


 声そのものが似ているワケではないのだが、付き合いが長いせいか、かなり口調が似ていて―― しかし、おかしいと笑うような内容ではなく、思わず彼女は飛び上がってしまった。


『私のこと…好き?』


 そんなことを、聞けと言ったのである。


 とんでもない話だった。


 そんなこと。


 わざわざ、口に出して聞かなくてもいいのではないだろうか。


 結婚したということは、そういう感情が大前提にあるということだし、指輪だって。


 メイは編み棒を止めて、そっと自分の左手に触れた。


 昨日、カイトがはめてくれたままの指輪が、そこにある。


 水仕事の時など、はずそうかとかなり悩んだのだが、結局はずせないままだった。


 せっかく、カイトがはめてくれたのに。


 あんなことは、もう二度とないような気がするので、どうしても勿体なくてはずせなかった。


 これが。


 多分、彼の気持ち。


 物に依存するワケではないが、あの彼が、自分の意思で買ってくれたものなのだ。


 それは、はっきりと今日の昼間に分かった。


 ハルコが、あんなにまで驚いていたのだ。


 ということは、彼女はカイトが指輪を買うということを、知らなかったのである。


 多分、ソウマも。


 そう思うと、ますます落ち着かない。


 彼が苦手な愛の形を、一生懸命表現しているような気がした。


 しかし、その量と言うのが、一体どのくらいなのか分からない。


 でも、そういう気持ちというものは、量を調べてもしょうがないことだ。


 大体、計るためのマスさえないのだから


 ふわ。


 指輪に触れたまま、徒然と考えていたメイだったが、夜の0時を待っていたかのように、あくびがこぼれ落ちた。


 こし、と目をこする。


 身体がだるくて、眠かった。


 今日は、一日中そんなカンジで。


 ちょうどうたた寝しているところを、ハルコに見られてしまって恥ずかしかった。


 理由は、分かっている。


 毎日の夜更かし―― もあったかもしれないが、一番の原因は、いまの体調のせいだ。


 いたた。


 腰に時々走る鈍い痛みに、メイは眉を寄せた。


 そう。


 月に一度の、オトメ・デーが来てしまったのだ。


 ふぅ、とため息をつく。


 すごく違和感があったのは、この家でオトメ・デーが来るのが、初めてだったせいか。


 先月は、別々に暮らしている時だったし、先々月はまだ知り合っていなかった。


 そう思うと、カイトという存在と共有した時間の少なさが、具体的に感じられてしまう。


 何て…言おう。


 メイは、もう一度ため息をつきながらそう思った。


 この身体のことを、カイトにうまく伝えるには、どうしたらいいのか分からないのだ。


 これまで男の人に、そういうことについて語ったことがなかったのである。


 父親にすら、隠し通した。


 初めての時は、近所のお姉さんに助けてもらったのだ。


 わざわざこっちから言うのも恥ずかしいし、かと言って、変なタイミングになって気まずくなったらイヤだし。


 彼女の悩みどころだった。


 ああ、もう。


 そう困りながらも、ホッとしたところもあったのだ。


 来月の結婚式の心配は、その点ではしなくてよくなったのだ。


 14日だから、まず余程のことがない限り、問題はないだろう。


 それ以前に。


 自分の思考に、かぁっと尚更赤くなってしまった。


 カイトと、その、そうなのだから、もしかしたら来なくなったら――とかも、ほんのちょっとだが考えたのである。


 それに関しては、どうやら取り越し苦労だったようだが。


 結婚式とは、自分の身体の事情とも折り合いもつけなければならない行事なのだと、実際自分に降りかかって初めて知った。


 ああ…。


 身体は健康なはずなのに、どうしてこの時だけ、自分の体調がおかしくなるのか、随分前から不思議だった。


 おなかや腰が痛いとかまでなら、何となく理由は分かるのだが、眠いとかだるいというのには困る。


 1年に1回くらいひどい時があるけれども、ほかは割と普通の生活が出来るメイはいい方だ。


 友達など、動けなくなる子もいて。


 もし、そんな風になってしまったら、いろいろカイトに迷惑をかけてしまうだろう。


 今月は、そんなにひどくなさそうだったので、それについても安堵していた。


 でも。


 そして、話題は最初に戻る。


 どうやって伝えよう。


 ただ一緒に眠るだけなら、こんな恥ずかしいことを、わざわざ自分の口から伝える必要はない。


 だが、もし『ただ一緒に眠るだけ』じゃなかったら。


 きゃー!!!!


 メイは、いまよぎった記憶を必死で追い払った。


 そうしている内に、車が入ってくる音がした。


 慌てて、紙袋の中にしまってクローゼットに隠すと、彼女は階下に迎えに行った。


 赤い顔を、一生懸命押さえながら。


「おかえりなさい…」


 照れくささに、うまく顔が見られなかった。


 ※


 夕食が、終わる。


 今、カイトはお風呂に入っている。


 メイは、ソファで。


 まだ、堂々巡りで詰まっていた。


 出迎えの時、ちゃんと顔が見られなかったが、それはカイトに怪訝に思われなかったようだ。


 すぐに、抱きしめられたせいかもしれないが。


 ぎゅっと抱きしめられると、お互いの顔は見られずに済むので。


 その『ぎゅ』は、いつもと違って、ちょっと胸が痛かった。


 心がではなく、物理的に胸が痛かったのだ。


「抱きしめられても痛いなんて…」


 パジャマ姿なのでブラはしていないが、オトメ・デーのせいで胸が張っているのだ。


 そのせいで、彼の胸に押しつけられたのが痛かったのである。


 こんなことも、カイトに伝えられるはずもなかったし、ちょっと痛いくらいでぎゅーがなくなるのもイヤだった。


 早く終わってくれることを、祈るしかないのだが。


 当座の問題は、今夜だ。


 ふわぁ。


 シリアスに悩んでいるつもりなのに、身体はそれを許してくれない。


 また、あくびがこぼれ落ちた。


 どう…しよ……う。


 ぼやっと霞がかかったのは。


 メイの視界にか。



 それとも―― 意識にか。


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